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相対性の世界にて②

前々回、前回の続きの番外編です。多分読まなくても本編は繋がるはずです。多分ね……。

 ──……


 ユゼルの存在がユスティリオたちを思慮深くさせた。ユスティリオの存在がユゼルに命の輝きを魅せた。2人が影響し合うことで下級人類は少しだけ変わった。


 しかし、革命は起こる。賛同するものは減りユスティリオは参加せず、規模が小さくなり犠牲も減った。それでも回避できなかったことにユゼルは哀しいと思えた。


 ユスティリオは革命を若き日よりも冷静に捉えていた。かつての自分なら義憤に駆られていたかもしれない。ユスティリオが革命を降りたのはユゼルの存在が為だけではない。そもそもユゼルもある程度の同調を見せつつも本質は異なる人類。その姿勢はユスティリオにして見れば非常に淡白に思えた。

 ただユスティリオは少しだけ先を見ることができるようになった。革命の先に何があるのか少しだけ想像してみることができた。これは今を生き、生きた証を遺す為に燃え尽きていく下級人類にしてみれば大きな進歩だ。その進歩でユスティリオは革命をした後、成功したとして……という未来を僅かに考えられたから革命を降りたのだ。


 革命が終わる頃にはユスティリオは次の世代の親になっていた。となれば、その次の世代が生まれる頃にはもう自分はいないかもしれない。


「ユゼル、これまでありがとう。随分無理をしただろう。君に会えてよかった。」


「まぁ、少しだけ疲れたよ。それに……君に会う前より思考が下手になった。そろそろ僕は僕の生活に戻ろうかな。また会おう。」


「……そうだな。また会おう。」


 相変わらず気の長い友人にユスティリオは複雑な表情をしてからその背を見送った。自分より小さな背ではあったがその背は少し大きくなっていた。


 それから時が経った。幾許(いくばく)かの時が。


「そうだ、ユスティリオはどうしているだろうか。会いに行こう。」


 ユゼルはふと思い立ちふたたび壁の外、下級人類の世界へと向かった。やや久方ぶりの下級人類の街は様変わりしていた。

 それもそのはず、ユゼルは好奇心が強く他の上級人類より活発といえども上級人類であることには変わらない。生活のサイクルは長く身の回りのことはシステムに任せているし退屈に感じながらも思考に身を委ね揺蕩うように生きている。

 だから様変わりした街並みを見てようやくユゼルは思い出した。ユスティリオと自分の時間が同じではないことを。

 ユスティリオと別れてどれほどの時間が経っただろうか。上級人類は時間の感覚が希薄だ。時間に追われることもなければ気にすることもない。


 幸いにも少し前にユスティリオと歩いた道は辺りの建物や様子は変わっていても同じように続いていた。壁の中にいる時には感じたことのない血の気が引いてガンガンと頭が白むような痛みを感じながら道を急いだ。

 息を荒くするユゼルとは裏腹にユスティリオの家は変わらず同じようにそこにあった。


「ユスティリオ、いるかい?」


ドアの前から呼び掛けるとひょっこりと出てきたのは出会った時と変わらない姿のユスティリオだった。


「そっちは孫だよユゼル。随分と久しぶりだな、また会えるとは思わなかった。」


 呼び掛ける嗄れた声は目の前のユスティリオからではなく、その後ろから聞こえてきた。

声のする方へ目をやると家の奥からゆっくりと老人が歩いてきた。弱々しく痩せ細り今にも命が燃え尽きようとしているのが目に取れる姿ではあるが確かに若き日のユスティリオの面影があった。


「ユスティリオ、ごめん。本当に……。」


「なぜ泣くんだユゼル。こうして最期に君に再び会えただけでこれより嬉しいことはないよ。謝ることなんてない。」


「ぼくは忘れていたんだ。君たちの持つ時間の短さを……。」


俯くユゼルをユスティリオは子供をあやす様に頭を撫でて慰めた。


「なぁ、ユゼル驚いただろう。この町も随分と変わった。俺たちは短い時間の中でも時に立ち止まり少しだけ考えるようになったんだ。少しだけ先を見るようになった。それだけのことだけど俺たちは少しずつ豊かになって生きる時間も伸び始めている。壁の中の君たちとは比ぶべくもないがな。」


ユスティリオはユゼルの手を取り力を込めた。


「ユゼル、君が俺たちを変えてくれたんだ。」


 前に会った時はユゼルよりも大きく逞しかった手は枯れ枝のように細くなり握る力もずっと弱々しい。

ユスティリオは深くしわの刻まれた目を細めどこか遠くを見つめて言う。


「この後の世代はもう革命を起こさないかもしれないし、また革命を望むようになるかもしれない。それはもう誰にも分からない。」


 初めて向き合う別れの予兆に戸惑うユゼルを優しく抱き留めるように語りかける。


「でも未来がどうなったって君といた時間や共にした事が無駄だったなんて思わない。そうだろう、ユゼル。」


「そうだね、ユスティリオ。ぼくは一生涯君といたことを忘れることはない。君の想いをぼくは遥か未来まで連れて行くよ。」


 ユスティリオはユゼルの言葉を聞いて大きく目を見開き、そして満足そうに笑った。


 そのまま半年ほどが経った。ユスティリオにとっては満ち足りるに充分な時間だったが、ユゼルにとっては寝て起きる間もないほど短い時間だ。日に日に衰え動くこともままならなくなるユスティリオの姿はその傍らで見るユゼルの心にとって随分と印象的なものだった。


 そして別れの時はやってくる。ユスティリオは病床に伏したまま、自分が死んでしまうのではないかと思わせるほど深刻で酷い顔をしたユゼルと最期の会話を交わす。


「ユゼル、俺たちが出会った時尋ねたことを覚えているか?」


「……名前と、その意味?」


「そうさ。俺たち壁の外側の人類は一生をかけて自分の名の意味を探すんだ。」


「名前の意味?でも昔君は祖先の人生だと……。」


「それも正しい。でもそれは与えられた元の名の意味なんだ。与えられた名から作られた自分の名の意味を見つけることが生きた証なんだよ。そうして見付けた意味を次の子らに繋いでいく。その為なら……。」


 ユスティリオがユゼルの瞳を覗き込む。ユスティリオの瞳には最期の生命の灯火が揺らめいていた。


「その為なら生命を早めることも厭わない。恐れることもない。」


 その言葉を受けてユゼルの脳裏にはこれまで幾度となく見た外側の人々の姿が駆け巡った。外側の世界の至る所で見た鬼気迫るほどの凄みを持った人々、死してなお名を残す文化や芸術の偉人たちとその逸話に功績。革命に臨むユスティリオもまたそうだった。


「ユスティリオ、君も見付けられたの?」


「ああ、半年前……君と再会した時にね。」


 ユスティリオは人生を回顧する。


「俺は生まれてからずっと、自分は革命の為に生まれたんだと思っていた。祖父母や親の世代からの願いだったし周りもみんなそうだった。勇敢に戦い……例えそれが無謀だとしても一族の為に拳を振るうんだと。」


 だけど、転機が訪れた。


「でも、君と出会った。君を知り壁の中の人のことを知って、刹那的な行動のその先を想像することを覚えた。自分がいなくなった未来、革命が討ち果たされたとして何が起こるのか……。それからは革命を止めることが意味なんだと思った。きっと壁の外の人類が一度も考えたことのない、それほどまでに大きな変化だったんだよ?」


 これまでの下級人類が革命を望まない期間とは返り討ちに合い恐ろしさを知ったとかこれ以上数が減れば滅びてしまうだとか失敗した結果としての必然性に駆られた理由が故。未然に革命をうち辞めようという考えは理解を得るのに随分と苦労をした。異端だとまで言われ迫害も受けた。


「結局、革命は起こってしまった。だけど革命の規模は縮小した。被害も過去一番少ないし、革命のその先を見られるようになったことで多くの人が自分の人生のその後に続く子孫の未来を想像できるようになった。それを果たせたことが自分の名の意味なんだと、そう思っていた。」


「……今は違うの?」


「ああ、本当の意味は……。」


 ユスティリオは慈しむように隣に座り込む親友の頭を撫でた。


「ユゼル、君は随分と変わった。初めて会った時よりもずっと感情豊かになった。今だってこうして深く悲しんでくれている。……君はやさしい。自分の生命を犠牲にしてまで人生に付き合ってくれた。もう、壁の中の人たちと同じだけは生きられない……。そうだろう?」


「やっぱりバレていたんだね。……うん、きっともう彼らの半分も生きられないだろうね。でもね、そのことを少しだって後悔したことはないんだ。本当だよ、本当なんだユスティリオ。」


 ユスティリオに人生の最期に後悔をしてほしくない。そんな親友の優しい気遣いが伝わってくる。元来死を恐れず哀しむこともないはずの壁の中の人とは思えない。


「君は共にすごしたわずかな時間の中で生命の煌めきを知った。例え生命を燃やしても何も得られなくても名前の意味を探さずにはいられない。生きることの意味を知らずにはいられない……。あの強い輝きが君の目にも、心にも焼き付いている。」


「そうだろう?」


……──

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