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第35話 想い、紡ぎ、舞台

 「……ユゼル。名前に意味はない。」


 紡ちゃんが始めたのは一人だけの舞台。世界を形づくる装置も小道具もない、音も光も天然物の素舞台で、きっと誰も知らない世界の誰も知らない物語を断片的に紡ぎ始めた。


 そんな紡ちゃんが一人で作る世界を自分は知っていて、そして知らなかった。


 どんな世界観でどんなお話なのか、モノローグもナレーションもないしメタ的な説明も存在しない。これだけを見せられたって誰一人理解することはできない。

 でも、自分にはそのどれもが必要なかった。説明されるまでもなくその全てを自分は知っていた。自分だけが知っていた。


 ──この世界はあらゆる生物に初めから一定のエネルギーが与えられている。生まれつき持つエネルギーを使い切った時生物は活動を終え、即ち死を迎える。


 そんな世界の中で人間は次第に二種類に別れていった。エネルギーの消耗を抑え大半の時を思考の海に沈み過ごし悠久の時を生きる上級人類とエネルギーを燃やすように閃光のように煌めき一瞬を生きる短命の下級人類。

 かつては同じ人類として手を取り合い人類の為に役割を分けたが今となってはその目的は忘れられ最早異なる存在として暮らしている。


 同じだけ与えられたはずのエネルギーも立場や環境が変わればまるで違う時を生きる。


 この世界は…… ──


「『相対性の世界にて』……。」


 思わず呟くと一人劇を続ける紡ちゃんが僅かに微笑んだ気がした。


 今眼前で繰り広げられている物語を知らないはずがない。これは『相対性の世界にて』。相対性をニュアンス的に題名に使っているこの物語の作者はHiKaRi novel、他でもない自分だった。


「そうか、ユゼル!それなら君がその名の意味だ。君からその名は始まるんだ。」


 開幕からしばらく淡々と無機質で無味乾燥に演じていた紡ちゃんは一転、溌剌として活発に振る舞い始める。


「俺はユスティリオ!偉大なるエリオと深きティリアが息子だ!」


「へぇ、意味は?」


「我が名の意味は気高き祖父母の人生を宿している。」


「うーん、よくわかんないや。」


 紡ちゃんは右へ左へと動きながら調子や声、動きを変えながら場面を演じている。

ひとり舞台だからこそ、コロコロと変わる様子が面白く映る。そして同じ役者の演じ分けによってユゼルとユスティリオの対比が強調され立場も環境も似ても似つかない二人の関係性はより印象的になる。


 だけどこの場面を自分は知らない。書いた記憶のない原作には無い会話だ。

今、目の前で見ているのは間違いなく『相対性の世界にてだけど『"小説版"相対性の世界にて』じゃなくいわば『"舞台版"相対性の世界にて』だ。元になっている自分の書いた小説から流れや意図を損なわないように自然に補完しつつ舞台として効果的に働くように手が加えられている。


 紡ちゃんはこんなに器用なことも出来たのかとも思ったけどなんとなく紡ちゃんの仕業ではない気がした。そしておそらく、というか間違いなくそうだろうという台本を脚色した犯人の顔が浮かぶ。


 そう言っている間にも劇は進む。最初から順番に進んでいくのではなく断片的に物語の中の場面をいくつも切り取り次々と続く。


 他の誰かに見せることなんて少しも考えていない。この舞台は紛れもなくただ一人、自分の為だけに作られた舞台だ。


 そんな特定の誰かに向けた、舞台としては有り得ないような無法な舞台。それを前に自分は込み上げる感情を堪えるように無意識に強く握り締める。ジンジンと痛む右手の手のひらは爪がくい込み赤くなっていた。


 誰にも見向きもされなかった。それで終わるはずの話だった。自分でさえ、もう忘れてしまえればいいのにと何度も思った。誰か見せようとすることさえ諦めたような下書きの山ばかりが増えていった。そんな小説が今自分の手を離れて自分に届いている。


 だから、これだけでもう十分。

そう思っているはずなのに……。まったく、人間というのはどうしようもなく欲深い生き物だ。

 これ以上ないことなのにもっと……、もっと広い世界を見たい。次を知りたい。そう思わずにはいられない。


 握りしめた右手が打ち震えるのはなぜなのか。今目の前にある光景に感動しているのか、幻視した未来を想像して興奮しているのか。この舞台が終わるまではまだ分からないふりをしていたい。


「ユゼル、随分久しぶりだな。……君は変わらないね。」


「この前会ったばかりじゃないか。だけどユスティリオ、確かに君こそ随分大きくなったみたいだ。」


「もう、大人だからね。……やっぱり、俺と君は違うんだ。ユゼル、君はもうここへは来ない方がいい。」


 ──ふたたびユスティリオの元をユゼルが訪れるとユスティリオはもう子供のままではなかった。悠久の時を生きるユゼルと刹那を生きるユスティリオの時間感覚は大きく異なる。

 それに人類が二つに分かれて長い時が経った。上級人類にさえ長い時が。人類はそれぞれの時間に適応するように、与えられた時間をより有用に使えるようにその生態も変わっていた。上級人類の成長は緩やかで最低限に、下級人類の成長は急速に早く最高率の働きができるように劇的に進む。──


 純粋な2人が分かり合えたのも束の間、どうしようもない差があることを表現したかったシーンだ。


「やっぱり、君たちもまた先人のように繰り返すのかい?」


──下級人類は過去何度も上級人類を打ち倒し自由を得ようと反乱を起こす。

だけどまるで相手にもならず大きく数を減らし、身に知らされる差を次の世代に語り継ぎ数世代は大人しく過ごし、そして記憶が歴史になる頃にふたたび新たな世代は反乱を起こす。その繰り返しをしていた。──


「……きっとそうなる。俺たちは君たちが瞬きするような僅かな時間を生きるからいつだって急いでいるのさ。例え歴史を繰り返すように見え透いた結末でも何かが変わる可能性に賭けずにはいられない。何もしなくても終わる命だから何かせずにはいられない。」


 このセリフは自分で書いたものだ。小説の中にある、一言一句そのままの言葉。自分の中から出た言葉なのに紡ちゃんが改めて音にした響きが強く胸を打った。


 この舞台には意図がある。ここまで繋いできたシーンはただ紡ちゃんの好きな場面というわけではない。この舞台の意味がそこにある。身を委ねるように続きを見守る。


「そうか、それは……面白いね。」


「どういうことだ、ユゼル。俺たちの命を笑うのか?」


「違うさユスティリオ。僕には、僕たちには分からない。僕たちはいつも死を受け入れているし急ぐこともない。まるで想像もつかない。だから、面白いと思うんだ。僕たち壁の向こうの人類は生まれながらの研究者。知らないものを知るために生まれてくる。そして知識の塊になって円環へと還る。」


 ──ユゼルは楽しそうに眠たげな顔で笑う。上級人類は笑わない。楽しいともつらいとも思わない。思考し続けることが生きることで呼吸することに感情を持たないのとおなじだから。

 でも、ユゼルは異端児だ。当たり前に息を吸い息を吐くだけのことがつまらないと思ってしまうような奇人だから、下級人類にも僅かな理解を示した。──


 ……すごいと思った。純粋に。


 元の文章にはセリフはあっても丁寧な説明はあまりない。元々漫画に憧れたからどうにか文章でそれを表せないかとあまり説明を入れていない。それも誰にも読まれなかった一因だと思いつつも気づいた時にはもう遅かったし、今さら自分の作った世界を破壊したくはなかった。破壊するだけの気力だってない。正解かもわからない。

 でも、これまでの紡ちゃんの演技は正確に意図したものを汲み取ってくれている。自分の気持ちを誰かに理解されることが、わかってもらえることがこんなに嬉しいとは思わなかった。


「どういうことだ?」


「ぼくも賭けよう。君たちのいう可能性を。ぼくはしばらく君たちと過ごすよ。」


「そんなことをすればユゼル、君は……」



「大丈夫さ。大したことじゃない。」


 揺れてぼやける視界の中でバチリと紡ちゃんと目が合う。


──ここからだよ。


 そう言われた気がした。

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