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フラワーロック

 高嶺の花、近寄るもののない孤高の存在の朝凪さんに接触する作戦を決行して一週間ほどが経った。


 作戦の経過は順調と言っていい。

 ただ挨拶をするだけという至ってシンプルな作戦は期待通りの結果をもたらし朝凪さんに挨拶をしても周りから視線を集めることはなくなった。まずは朝凪さんと交友があるように見せかける第一段階は成功したと言える。


 さらにこの一週間の間に徐々に挨拶以外にも軽く話を交わすようにして距離を詰めている。

 挨拶のついでに今日の天気とか気温とか、話の内容自体はなんでもよくて挨拶以外に1分にも満たず会話ですらない程度の軽い話をしてすぐに会話を終える。


 朝凪さんの対応自体はほとんど変わっていないけど重苦しい間ができたり会話が打ち切られたような印象を与えないことで周囲が受ける印象を変えている。実際のところはほとんど会話はしていないし朝凪さんもほとんど相槌を打っているだけだ。


 ただ、これは彼女と距離を詰める前段階でしかない。本番はここからで、小手先の印象操作が通じるのもここまで。

 彼女に近付くのが不自然でなくなったところで彼女が良好な関係を築こうとしてくれているわけでも実際に仲良くなったわけでもない。距離を詰めるためにはさらに踏み込んでリスクを冒す必要がある。


 そういえば、自分の行動によって少しクラスにも変化が起こった。

 まずひとつ目、朝凪さんに声をかける人が増えた。とはいっても朝凪さんの様子は今までと変わらない。声をかけられたらいつも通りの笑顔で短く返答をする。挨拶をすれば、ある意味分け隔てなく挨拶を返す。それ以上でも以下でもなく、以前変わりなく。

 それでも遠巻きに朝凪さんを窺うばかりのクラスメイトは朝には彼女に挨拶をするし会話とまではいかなくても自分の真似をするように一言二言、


「朝凪さんおはよう、元気?」「うん、元気だよ。」


 なんて中身のない応酬をするようになった。ただそれだけなのになんとなく朝凪さんの周囲に立ち込めていた近寄りがたい空気は薄れクラスの雰囲気が以前よりも明るくなったような気がする。


 ふたつ目、自分も声を掛けられる頻度が増えた。別に対話を拒否していたりとか愛想を悪くしたりしていたわけではないし必要とあればクラスメイトとも交流をしてはいたけど、悪く言えば必要以上には交流はせずいつも俯いて深刻な表情でいつもノートと向き合っていた。


 ただ、ここ最近は朝凪さんと交流するためにさりげなく観察しようと顔を上げることが多かったり仲良さげな演出のために明るい表情を作ることが多かったり、朝凪さんにどう切り込むか策を考えるのが楽しくて口角が上がっていることが多い気がする。

 つまり自分の雰囲気も明るく見えるんだとか。そんなわけで、クラスメイト曰く自分もまた話しかけやすくなった……らしい。

 自分では全く意識していなかったので言われて初めて自分が”華のない朝凪さん”のように思われていたことに気づいた。


 しかし、今の状況は……ちょっと良くないかもしれない。たしかに今のクラスの雰囲気は傍目に見ればいいことだ。みんなが避けていた朝凪さんをみんながあまり避けなくなった。クラスみんな仲良くて担任の先生も気が楽だろう。

 でもそれは朝凪さんか1ヶ月で構築した朝凪さんに都合のいい状況を壊し始めているということ。今朝も相変わらず朝凪さんは分け隔てない華やかな笑顔だったけど、その内情は推し量れない。


 そんな最近のクラスの変化を振り返りながら一週間ぶりにすっかり人気の失せた黄昏時の校舎を歩く。向かう先も一週間前と同じ場所。地味に体力の奪われる階段移動を終えて登りきったところで息を整える。


 耳を澄ませばこの先から微かに声が聞こえる。屋上に向かう踊り場に向かう廊下の前の曲がり角で足を止めて深く息を吐く。


 これまでは騙し騙しで仲良さげに装ってきたけどこれ以上踏み込むには装うのではなく本当に朝凪さんに心を開いてもらわなくてはならない。難攻不落の彼女の心に挑まなくては……。


 果たしてできるだろうか、ここまでの周囲へのアピールとはわけが違う。


 でも、だからと言って立ち止まる理由にはならない。込み上げてくる心に住み着いた臆病を気合いを入れて押しつぶす。

 ここまで来たらもう引き返すことはできないし、自分にも譲れないものがある。あとはもう策もなく正面からぶつかるだけだ。


 大きく息を吸って覚悟を決めて角を曲がる。


 ……曲がると、愉快な先客がいた。


 小柄な人影はご機嫌な様子で扉の奥から漏れ聞こえる歌に合わせて揺れながらフンフンと鼻歌を口ずさんでいる。

 その小動物のような少女はしばらく愉快に揺れていたがこちらに気付くと言葉通り絶句した様子で大きく目を向き口を開いたまま息を詰まらせ固まってしまう。とても彼女に想いを寄せるクラスメイトには見せられないような顔をしている。


「……明野さん?」


 数秒の後、明野さんは助走を付けるように短く音を何度か発したあと大きく伸びやかに声をあげた。わーっともきゃーっともつかないような悲鳴を。


「ま、待って!何も見てないから、落ち着いて明野さん!静かに……!静かにして……!!」


 何もしていないのに自分がまずいことをしたような気分になってとりあえず明野さんを落ち着かせる。叫びはすでに止んでいるがアワアワとしどろもどろになりながら続け様に次から次へと言葉を投げ掛けてくる。


「ち、違うの!これは誤解なの!!忘れて!忘れてー!!」


「大丈夫、聞いてないよ。何も見てないし聞いてないから……ね、落ち着いて?静かにしないと……。」


 慌てふためく明野さんを小さい子に言い聞かせるように落ち着いた態度を意識しながら深呼吸を促す。

 顔を真っ赤に染め上げながらも呼吸を整えてひとまず我に返った様子の明野さんは乱れた髪を整えながら取り乱したことを詫びる。


 大丈夫だと返しつつも内心に冷や汗を垂らし意識の外にいっていた扉の向こう側へふたたび意識を向ける。


「……まずいかも。」


 気づけば、向こう側から聞こえていた歌は止んでいた。背中を冷たい汗が伝う。


 たしかに今日の目的は一週間ぶりに朝凪さんに接触することで向こうから来てくれるなら話は早い。しかしそれは好意的に迎えてくれるならという条件がつく。

 それは無理だろうと思っていたから彼女の歌を邪魔しないように歌に耳を傾けて歌を取っ掛りに地道に距離を詰めようというのが計画だった。

 計画と呼べるほどの計画ではないけど屋上なら教室よりずっと話しやすいし黙って歌を聴いているだけでもよかった。時間をかけて朝凪さんの性格や抱えているものを探りながら近づくつもりだった。

 単純ではあるものの、朝凪さんの歌を聴いた結論がそれだった。

 朝凪さんの歌は激しく心を揺さぶるもので人の心に届く力がある。だけどそれとは別にどこか苦しそうに助けを求めるような想いが込められていると感じていた。

 そこにこそチャンスがあるはずだった。歌を起点にアプローチを掛ければ光明が見えるはず……。そう考えていた矢先の今。


 いつの間にか歌は止んで、耳をすませば足音が近付いている。やっぱりそうなるよね……。


 ドアノブがひとりでに回り、油の切れた音を響かせて古ぼけた扉が開かれる。


 開かれたドアから射し込む目がくらむような眩しい西陽をスポットライトのように背負って朝凪さんの姿が見える。

 逆光で影が差した朝凪さんの表情はいつもより温度を感じた。触れれば切れそうな凍てつく薄氷の笑顔の下に不快感を表す色が透けている。


 緊急事態を告げる頭を全力回転させてかける言葉を探していると……


「朝凪さん……?なんで!?」


 明野さんが再び叫び声をあげる。


 なんでじゃないが。

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