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春過ぎて夏越えにけり中年の

なんとここに来て視点は暮葉先生です。

 最近寝ても疲れが抜け切らない。そもそも寝つきが悪くなったし寝るのもだるく感じる。何もしていないのに節々が痛い。立ったり座ったりの度にひと息入れてしまう。


 噂には聞いていたがこれがそうかと、慢性的な体調不良に悩まされる37歳には目の前で沈黙する2人の若さが羨ましく思える。

 2人とも普段は目立つ方ではない大人しい生徒なだけに何がどうなればあんな状況になるのか分からない。最も暮橋の方は目立つ方ではなかったのは以前の話だ。最近は活動的になり一際目を引く朝凪と優等生で先生からの人気者の明野とつるんで忙しくしている。あの学年では教師側からも生徒側からもあの3人が1番の有名人グループに違いない。


「……まぁ、そう警戒するな。ってのも無理か。別に怒るわけじゃないから安心しろって。」


 2人は突然割って入って進路指導室に連行したこのおっさんを明らかに警戒していた。それもそうだろう。自分も学生時代は教師なんてできるだけ関わり合いたくはなかった。


「別に事情を説明しろとも言わん。先生に言いたくないことなんて年頃の若い奴らにはいくつだってあるわな。危ないことしてなきゃそれでいいんだよこっちとしては。」


 2人の事情は知らない。知らないが、想像はついている。というのも暮橋の間違えて提出したノートの中を軽く覗いたから。暮橋の最近の動向やノートから推測するに青春の衝突と言ったところか。

 夢があるのはいいことだ。いくつになったって何もないよりずっといい。歳を取れば夢があっても現実がチラつくこともあるし時間も体力もそう簡単には行動を起こさせてはくれない。若者特権は使えるうちに使うべきだろう。


「ただな、蟠りをそのままにするのは良くない。人間関係ってのは面倒なもんだ。どうやったって拗れるもんは拗れるし分かり合えないやつだっている。皆仲良くなんて大人には言えた言葉じゃないもんだ。」


 2人が何を言いたいんだ?という目を向けてくる。生徒は平然とこういう目をするから困る。大人だって実はこっそり傷つくものだ。少しくらいは建前ってものを備えて優しい目で見てほしいといつも思っている。まぁ建前でガチガチのガキがかわいいとも思えないが。


「だからこそ、少しの努力や話し合いで何とかなるならその程度の努力はした方がいい。」


 つまり、ちゃんと話し合いなさい。そう言いたいのを察したようで物部は一層表情を曇らせた。逆に暮橋は少し顔が明るくなった。表情が分かりやすくて面白いなこいつら、と思ったのは口が裂けても言えない。


「まぁそう嫌そうな顔をするな物部。何も仲良くしろって言うんじゃない。ただ拗れっぱなし言いっ放しで放置するのも良くはない。反りが合うにしても合わないにしてもどうせできた縁なら切るなら切る、繋がるなら繋がるでハッキリしとけって話だ。」


 自分で言っておいて我ながら強引でずるい物言いだと自嘲する。実際のところは話し合いなんてできない相手は沢山いるし擦れ違ったならそのまま忘れた方がいいことも沢山ある。

 それでもあのノートを見て暮橋に肩入れしたくなった。物部はいつも1人で暗い顔をしているのも知っている。その物部が涙を溜めるほど感情を出せる相手というのも少ない。

 普段の様子から2人とも理性的でうまく人と折り合えると思った。若い芽も守られるばかりでは強くはならない。見極めた上でぶつかることでお互いの為になるなら時にぶつけてやるのも大人の役目だろう。エゴかもしれないが個人的にあの場を放置して見過ごしたくはなかった。


「……俺は嫌です。」


 物部がはっきりと断る。ここで流されない自分の強さがあるのは良いことだ。トラブルの種にもなりそうではあるが……。


「まぁ、そうだろうな。」


「俺は是非、そうしたいです。」


 負けじと暮橋は前向きな姿勢を見せる。どっちも大人しそうに見えてよっぽど自分の軸がしっかりしている。


「まぁ先生ってのは意外と立場は弱いもんだ。無理にとは言わん。ただ出来ることなら機会は与えたい。1週間後の今日と同じ時間に話し合う時間を作るのはどうだ?別に先生はこれ以上確認もしないし結果も聞かない。見にも行かない。どうしても嫌なら行かなくてもいいし都合が悪いならお互いに接触するなり伝言してもらうなり変えればいい。それでもいいか、暮橋?」


 暮橋に話を回す。この条件で損をするとしたら暮橋が待ちぼうけることだろう。逆に暮橋がそれを呑むなら物部は無視したければすればいいしその気があるなら出向けばいい。


「はい。俺は必ず行きます。」


 暮橋がはっきりと宣言する。顔はこちらに向けているがその言葉を向けたのが俺にではないのは明らかだった。


「よし、じゃあ後はすきにしろ。生徒の間のことに先生が首突っ込んで悪かったな。もう帰っていいぞ。」


物部は顔を俯かせたまま沈黙を守っている。暮橋は「ご迷惑をおかけしました。」と言ってから教室のドアに向かった。律儀な奴だ。生徒同士のやり取りに首を突っ込んで指導室に連行すして予定を入れさせる教師の方がよっぽど迷惑だろうに。


「……俺は待ってるから。同じ時間、屋上で。」


 暮橋はドアを開けて去り際に振り向かずにそう言い残した。場所を指定したのは偉いと思うが雨が降ったらどうするつもりだろうかというのは言わないでおく。おじさんは余計なことばかり考えて水を差しがちだから気をつけねば。


「悪いな、暮橋の肩ばっかり持って。」


「いえ……。別に。」


物部は顔を背けたまま無愛想に答える。


「……まぁ、暮橋の手前言わなかったがな相手に言われっぱなしってのも癪なもんだろ。痛いとこ突かれて泣かれて、じゃあ自分の事情はどうだ気持ちはどうだって思うんならたまにはガツンと言い返してやりゃいいんだ。言いたいこと言える状況ってのは案外ないもんだ。」


実を言うと最後の方のやり取りは聞こえていた。当然だ。開けっ放しの教室ででかい声を出せば廊下には筒抜けになる。例えば今さっき教室を出てすぐのところでどこかの誰かと暮橋が話していたのも筒抜けだ。


「……。俺も、帰ります。」


「そうか。気をつけて帰れよ、雨降ってるからな。」


「……失礼します。」


 そう言って教室を物部が教室を出る。すぐにさっきの暮橋と話していた誰かと物部が話すのが聞こえた。聞き耳を立てるのは悪趣味だと思いつつも教室の前で話しているすぐ後ろでドアを閉めるのも聞いていますと宣言するようなものだ。昔のことを思い出して意識を逸らし会話が耳を通り抜けるようにする。


「夢ねぇ……。」


 小さく呟きながら肩を回す。以前に比べて随分と肩の回りが悪くなったものだ。


「……俺も泣ければ何か変わったかなぁ。」


 意識を逸らすために思い出していた過去に思わずポロリと呟きが漏れる。大人の建前や外ヅラなんて忘れて泣いてでも引き留めれば……。そこまで考えて30も過ぎた男が自分より一回り若い子供相手に泣き落とすのを想像して思わず苦笑してしまう。


「そりゃ無理ってもんか。若いってのはいいな。」


ひとり取り残された雨音の響く教室でため息が漏れる。窓の外はまだ雨が降り続いているが朝に比べれば随分と雲は薄くぼんやりと明るい空が広がっていた。

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