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第29話 歩き、紡ぐ

 明音ちゃんと手を繋いだまま屋上の手前、踊り場までやってきた。相変わらず外は雨模様でドアの隙間から抜けてくる空気はややひんやりとしてジメジメと湿気が多い。やっぱり屋上には出られそうにもなかった。


 だけど明音ちゃんは躊躇することも悩みもせずドアを開けて1歩先、ひさしになっていてギリギリ雨のかからないところまで踏み出した。


「雨ってさ、夕陽は見れなくなるし湿気が多くて髪は跳ねちゃうし声も響かなくていやになっちゃうよね。」


 明音ちゃんはむっと頬を膨らませると湿気でゆるくカーブした毛先を弄びながらやれやれと笑う。それから、弄んでいた毛先をピンと弾いてその場でくるりと回りこっちを向いた。


「でもさ、雨の後の夕陽って凄く綺麗なんだよ。雨が降ったら虹もかかるしね。雨が降ってる間はできないことも多いけど雨がやんだらどうしようかなって考える時間が私は好きなんだ。」


 暗い踊り場の廊下には曇り空でも外の光は明るく見えて、屋上に背を向ける明音ちゃんの瞳はキラキラと雨降りの景色を閉じ込めた琥珀のように綺麗だ。


「この雨が止んだら、どうしたい?」


明音ちゃんは私に問い掛ける。


「私ね、さっき夕輝もライトくんもどうして泣いてたのかあんまり分からないんだ。わかってはいるんだけど、心から理解はできない……みたいな?」


 その言葉は少し意外だった。明音ちゃんは夕輝くんと同じものを見て同じように走っているのだと思っていたから。


「今は楽しいし夕輝の言ってることも思ってることも何となくわかるようになってきた。だけどまだ夕輝の見てるものや思い描いている未来は見られてないし見せてもらってない。」


明音ちゃんがドアの向こうから私に手を伸ばす。


「だから私はもっと夕輝と話をしたい。もっと歌いたい。夕輝だってこんなことで折れたりしないし諦めもしないって信じてる。紡ちゃんはどう?」


 明音ちゃんはやっぱり主人公なんだと思う。明音ちゃんの心の中に夢が生まれて明音ちゃんが走り出せばみんなが変わっていく。私は明音ちゃんとは違う。やっぱり私は明音ちゃんについて走っていくのは大変で難しい。


 だけど……。

差し伸ばされた明音ちゃんの手を取り強く握る。強く引っ張られはしなかった。だけどしっかりと握り返されるのを感じて、一歩ずつ私は歩き始める。


「私はね、やっぱりみんなと同じように走るのは大変かな。明音ちゃんも夕輝くんも、来途くんも、みんな私にはないものを持っていて……みんなと並んで行くのは難しいかな。」


 でも、それはみんなについて行かないってことじゃなくて……


「だからね、私は歩いていくよ。みんなの進む先を1番近くで見守りながら、その後ろをついて行きたい。」


 もしかしたら、みんなもずっと走り続けたら疲れて走れなくなる時が来るかもしれない。


「もし、みんなの中の誰かが疲れちゃったらその時は私が一緒に歩いてあげたい。ひと休みしていっぱいお話をして、それでまた元気になったらまた走り出せばいいと思うの。」


 気づくと私は明音ちゃんの隣にいて、私が境界のように思っていたドアとの境は私の後ろにいた。


「……どうかな?」


私の横で明音ちゃんが笑う。


「うん、とってもいい!凄くいいと思うよ!」


 私がずっと辿り着けないと思っていた舞台はなんてことのない歩き続ければいつか辿り着ける場所だった。明音ちゃんは凄いけどこうして今手を繋いでいる。雨が降っていても屋上はここに広がっているし変わらず空も頭の上にあって雲の向こうには太陽がある。ただそれだけのことだった。


 ……きっとそれは私以外にとってもそうで、何かきっかけがあれば軽く超えてしまえるものだと思う。だとしたら、私のやることは決まっていた。


「明音ちゃん、戻ろっか。」


「もういいの?」


「うん。もう大丈夫。」


「そっか。」


「それに……。」


「それに?」


明音ちゃんが不思議そうに頭を傾げる。


「私、来途くんのこと待たなきゃ。傘持ってないかもしれないから。」


「そっか、そうだね。」


 雨はまだ降り続いているけど来た時よりも弱まって薄くなった雲から漏れだした明かりが濡れた屋上を照らしていた。


「ねぇ、明音ちゃん。」


「なぁに?」


「帰りはさ、歩いていこう?」


「うん、いいよ。」


「ゆっくり行こう、1歩ずつ。」


 こうして私は歩き出した。

歩いて教室まで戻ると夕輝くんと来途くんが連れられて行ってから20分ほどが経っていた。


「じゃあ、私は帰ろっかな。」


明音ちゃんは荷物をまとめるとそう言った。


「夕輝くん待たなくていいの?」


「うん。夕輝は大丈夫だと思う。なんとなくだけどね」


「そっか。うん、じゃあもし夕輝くんにあったら先に帰ったって伝えとくね。」


「ありがとう。じゃあよろしく!」


「あ、待って明音ちゃん。えーっと……はい、これ。」


明音ちゃんにポケットから取りだした飴を渡す。


「ん〜、飴?嬉しいけど、なんで?」


明音ちゃんに職員室でのやり取りを話した。


「ふーん、暮葉先生って変な人だよね。まぁいいか。飴ありがと!じゃあ帰るね。」


 そう言って明音ちゃんは軽快に教室の出入口へと向かった。そのまま教室を出ようとしたところで「あっ」と振り返る。


「そうそう。夕輝にさ、明日またおはようって言おうねって伝えてくれる?」


「わかった。またね。」


「また明日!」


 明音ちゃんを見送るとちょうどいい頃合いだった。進路指導室へ向かおう。私も来途くんにまた明日って言いたいから。明日に向かうその背中めがけて頑張れって言いたい。


私はそんなことを思いながら進路指導室へ向かった。その途中で進路指導室だと思い込んでいたけど特に誰もそうだと言っていないことに気づいて不安になりながら……。

この話めっちゃ好きです。

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