第28話 心の雨雲
「……夕輝、また泣いちゃった。」
教室の外から覗く明音ちゃんが呟いた。
「どうすればいいのかな、これ……。」
私も同意するように呟き頬を搔く。
私が職員室を出てからのことを少し
おさらいしておく。
職員室を出て駆け足で3組まで向かうと教室の傍で明音ちゃんが聞き耳を立てていた。手招きされるまま一緒に中の様子を窺ってみるとはじめは通り過ぎるみたいに凪いでいた会話は次第に熱を持ち始めて、釣られるように来途くんも爆発して……。
夕輝くんと来途くんが喧嘩をしているのに、私は心の奥の方では2人を羨ましく思ってしまった。
2人ともきっとあまり人とぶつかる人ではないしトラブルは避けようとする性格だと思う。それでもどうしても譲れないものや自分の中の苦悩があってぶつかり合っている。
それほどまでに強く何かを羨望している。何かに憧れてその為に努力をして苦しんで……。
2人のそんな姿を見て私は場違いにも心が惹かれていた。2人の思い描くものを、その先にある物語やその道のりを見てみたい。
そう思ったけどこんな状況でいけない考えだと思ってすぐに飲み込んだ。それよりも今はこの状況をどうにか収めないと……。
「お、いたいた。……何してるんだ、そんなとこで?」
私の背後から声がした。
びっくりして振り向くと気だるそうな雰囲気の中年男性、暮葉先生がいた。
「あれ、暮葉先生。どうしてここに?」
「ちょっと暮橋に野暮用でな。明野も朝凪もいるってことは暮橋もここか?」
「え?あ、はい……。夕輝くんなら中に……。」
先生に尋ねられたので反射的に普通に答えてしまった。今の中の状況を考えると先生を足止めするか遠ざけるべきだったかも。
「そうか、ならよかった。おーい、入るぞ。」
そう思う間に暮葉先生はさっさと教室の中へと入っていってしまう。どうしよう……。
「暮橋、お前提出するノート間違えて……ってどうしたんだお前たち?」
暮葉先生が教室の入口の辺りでギョッとする。その後ろから私と明音ちゃんで中を覗き込む。教室の中では夕輝くんが座っている来途くんの席に両手を置いて前のめりの形で詰め寄っている。そして、その目から外に振る雨の雫みたいにポロポロと涙が溢れていた。
来途くんは夕輝くんから距離をとるようにひとつ後ろの席まで椅子と体を引いている。夕輝くんの顔は見ないで俯いていた。だけどよく見れば来途くんの目にも、暗い教室の中僅かにキラキラと光を反射する雫が揺れている。
暮葉先生に気づくと夕輝くんは体を起こして平静を装う。来途くんはその後ろにいる私と一瞬目が合うと服の袖で目を擦ってから席を立ち教室を出ようとする。それを暮葉先生が引き留める。
「まぁ待て物部。……うん、そうだなぁ。」
暮葉先生はわずかに思考すると、よしっと言って手を叩く。
「事情はわからんがここは先生が引き取ろう。2人ともちょっと話があるから着いて来い。」
暮葉先生の提案に来途くんは嫌そうな顔をしていたけど、夕輝くんが同意すると来途くんも渋々といった様子でそれについて行く。そのまま2人は会話もなく私たちのいる出入口まで暮葉先生に連れられてやってくる。
「じゃあそういうことだから、明野と朝凪は今日は帰りなさい。……まぁ、帰らなくてもいいけどこの二人30分くらい借りるからな。」
そう言い付けると先生と二人は廊下を曲がって見えなくなった。方向から考えると多分、進路指導室に行くんだと思う。
「夕輝ー!また明日〜!」
明音ちゃんが夕輝くんの背に声をかけて手を振る。夕輝くんが振り向かずに軽く手を挙げて応える。こうして颯爽と訪れた先生が二人を連れて行って教室の前に私と明音ちゃんだけが取り残された。
「じゃあ、私たちはどうする?」
明音ちゃんが私に尋ねる。
「そうだね、えっと……。」
明音ちゃんはただ二人を待つか先に帰るか、それだけのことを聞いている。だけど私はその簡単なことに答えるのに言葉が詰まってしまった。
「紡ちゃんはどうしたい?」
明音ちゃんが言葉を変える。
どうしたいか、それなら答えは決まっている。決まっているけど迷ってしまう。
私は来途くんを待ちたい。待って来途くんと話したい。けど、来途くんを待ってもう一度会って……それで私はどんな顔をすればいいのかな。来途くんはどうしてほしいのかな。
来途くんはきっと夕輝くんと明音ちゃんの手を取って舞台の上へ上がっていく。舞台へ上がろうとする来途くんに舞台の下にいる私は何ができるの?
そうやって私が答えを出せずにいると明音ちゃんが「よし!」と言って私の手を握る。
「屋上行こう、今から!」
明音ちゃんの言っていることが全然わからなかった。
今から……?でも今は外は雨が降っていて、屋根のない屋上はとても出られる状態ではない。
でも明音ちゃんは制止する間もなく私の手を引いてぐんぐんと走り出した。明音ちゃんに導かれるままに私も走っていく。
曇り空の薄暗い光が窓から照らして物陰に遮られて、連続するフィルムのように続く明音ちゃんの横顔が映画のワンシーンみたいで素敵だった。
だけど、やがて限界が来る。
「ま、待って……!待って、明音ちゃん!」
私は何とか声を絞り出して明音ちゃんを止める。どうしても止まってもらわなくてはいけなかった。
「あ、明音ちゃん……私……。」
明音ちゃんが不思議そうに私の顔を見ている。
「私、そんなに、走れないよっ……!」
そう、単純に明音ちゃんと私では体力が違いすぎた。運動能力の高い明音ちゃんと違いインドアな私は廊下も階段もノンストップで走り続ける明音ちゃんについて行くには体力がなさすぎる。私はもう息が上がって死にそうになつていた。
「ご、ごめんね……。私気づかなくて……!」
私の顔を見て明音ちゃんが慌てる。そ、そんなに酷い顔してるかな……?
「ううん、大丈夫だよ……。」
私は深呼吸をして息を整えながら、繋いだままの明音ちゃんの手を引いて歩き始める。
「歩いていこ、明音ちゃん。」
こうして私と明音ちゃんはあと少しの屋上までの道をゆっくり歩いて向かった。
もう時間がないので一気に更新するしか……(無計画)




