第27話 激情の雨漏り
夕輝とこっそり3組を覗くと夕輝の言うとおりライトくんは誰もいない教室で雨の降る窓の向こうを見ていた。かと思えば机に置かれたスマホを持ち何かを打ち込み……、という行動を繰り返していた。
中にいるライトくんに悟られないように息を潜め教室から少し話した廊下の陰に隠れてこの後の話をする。
「ライトくん、やっぱり今日もいたね。」
「うん。」
「やっぱり行くの?」
「うん。」
返事は上の空で珍しく余裕がないのか、夕輝からは単調な返しだけが繰り返される。かと言って止めても聞かないだろうし約束もしてしまった。
紡ちゃんに任せてと言っておきながら今のわたしにできることなんて成り行きを見守ることだけだった。
「……何かあるの?作戦とか。」
「……ない。」
「えっ!?あっ……。」
夕輝のことだし作戦は考えてあるものだと思っていたから思わず声が出てしまい慌てて口を塞ぐ。それほど大きい声が出たわけじゃないから大丈夫だと思いたいな。
「じゃあ、どうするの?」
「……話してみるしかない。話さえしてくれたら、何かあるかも。」
小さく答える夕輝は今までになく自信なさげで余裕もなさそうだった。
そんな夕輝を見てなんとなく私は夕輝の手を取った。特にどうしようとか考えてたわけじゃなくてそうしたいと思ったからギュッと手を握った。
「夕輝がいいと思ったんならさ、それを伝えればいいと思う。私も。……それでもダメそうだったら、その時は紡ちゃんと一緒に考えよ?」
「うん、そうだね。」
夕輝の顔がさっきより少しだけ明るくなったのを見て衝動的な行動だったけどやって良かったと思った。
私には正直噂のライトくんが夕輝や紡ちゃんの言うように凄い人なのかはわからない。彼の小説を読んでみてもあまりピンとこなかった。果たしてライトくんが詞を書いたとして、それが私にどんな世界を見せてくれるのかわからない。
だけど、私は夕輝のことなら信じられる。世界を変えたいと言った夕輝の言葉に嘘はなくて私は夕輝が見ている未来を見てみたい。だからその夕輝が見る私の見たい世界を見るためにライトくんの力が必要なら私も夕輝を助けたい。
「明音、時間だから……。」
夕輝の手が私の手の中で身動ぎするのに気付いてパッと手を離す。時計はもう17時を指していた。
「紡ちゃんまだ帰ってこないね。」
「うん。戻ってきたらよろしく。」
夕輝はもう止まる気はないみたいだった。
「わかった。頑張ってね。」
「ありがと、明音。」
教室へ向かう夕輝の背中を押して見送った。この雨が止むことを信じて。
*****
今日も雨は降り続いている。
いつもなら時に嘘をつく天気予報はこの頃は正確で、今日も予報通りならこの雨は日が沈む頃まで降り続く。明日も一日雨の予報で空がこの頃降らすのを忘れていた分の雨を慌てて降らせているかのようだった。
予報も窓の向こうの空も雨が降り止む兆しなんてないのに今日もまた誰もいなくなった教室に居座り雨が止むのを待っている。
心の表層付近までこんなことをしたって無駄だとわかっているのにもしも雨が止んだらと考えるとなかなか動き出すことができない。
もしも今雨が止んで、約束通り彼女は屋上にいて、その時自分は屋上にいなかったら……。そんな未来を想像すると自分を許せる気はしなかった。
止む気配のない雨を見ながら最早習慣や癖として染み付いた作業を続けていると時計は17時頃を指していた。早く帰らないと憂鬱の種がまた増える。
「物部、話があるんだ。」
ほら、やっぱり来た。
「……話すことなんてない。」
話したくなんてない。
「俺にはあるよ。今日も俺は話したいことがある。」
何度も何度も、何度追い返しても諦めず同じことを繰り返す。
「君の力を貸してほしい。君にしかできないことなんだ。」
「そんなものない。もう何回も言っただろ……。俺には貸せるような力もないし俺にできてお前にできないことはない。」
これだって何回も伝えた。そして、伝える度に自分が嫌になる。
「俺もさ、昔小説書いてたんだ。今は作詞をしていて、……でもやっぱり何回やってもダメなんだ。
何回書いても何回やり直しても朝から晩まで考え続けてそれ以外のことは何も考えられないくらい考え続けて、それでもやっぱり上手く言葉が出てこない。物部みたいに心を打つ言葉が書けない。」
暮橋は勝手に語り始める。語るとおりに寝る間も惜しみ考え続けて試行を繰り返しているのがわかるくらい日に日に暮橋の顔は疲れが滲んでいた。その顔を見る度に腐る自分の現状を意識させられるようで自分自身に腹が立つ。
「その度にサイトを開くんだ。HiKaRi novelの文章を読む。いつもそこには自分では思いつけないくらい綺麗な言葉や表現が並んでいて目の前に本当に空想の世界があるみたいで……」
暮橋の真っ直ぐな言葉が癪に障る。そのままの言葉を受け入れられない自分自身と飢えていた掛け値なし自分に向けられた称賛に悪い気がしていない自分自身にも。
「やっぱり俺じゃダメなんだ。物部来途の言葉が必要なんだ。明音の歌にも負けない心に届く言葉が必要なんだよ。」
やめてくれ。
必要だなんて言わないでくれ。誰かの心に届くなんて言うな。これ以上俺を認めるな。
「なぁ、物部。」
俺を正面から真っ直ぐに見据えるそいつは嫌な目をしていた。ついて行きたくなる嫌な目だ。
「君にしか、できないことが……」
「もう、やめてくれ……!!」
机を叩き立ち上がってそれ以上の言葉を制止する。暮橋の言葉をこれ以上聞きたくなかった。
「もう、うんざりなんだよ。何度も何度も……。俺にはできないって無理だって言ってるのに……。」
心の中で抑えていた言葉が溢れ出して歯止めが効かない。
「お前が来る度に惨めになるんだ。お前の言葉を素直に受け取れない自分もお前の言葉に喜ぶ自分も……。情けなくて嫌になる。」
暮橋の顔を見られない。手を伸ばしてくれた相手の手を払い除けて自分勝手な言葉を止められない自分が嫌になる。
「自分の才能なんてものを信じてたあの頃みたいに浮かれそうになる。勘違いしそうになるんだよ。本当は才能なんてなくて夢は叶うわけなくて無理だって気付いてるのに、お前の言葉を信じたくなる……。」
こんなのは八つ当たりでなんの正当性もない。そうだと分かっていても壊れた水門は溢れ出る感情の濁流を塞き止められない。
「何度も何度も来やがって、癪に障るんだよ。自分でも何かできるんじゃないかって勘違いしそうになる。……なぁ、暮橋。」
こんなことを問い詰める権利は自分にはない。それでも隠し続けた自分の本心を叩きつけずにはいられなかった。
「お前を信じて、もう一度頑張って、もう一度立ち上がって走り出して……それでもダメなら、俺はどう立ち直ればいい?」
結局のところ、自分が再び立ち上がれずにいるのは怖いからだ。
また傷つくのが怖い。信じた先に何もなかったら……その時自分はどうなるのかわからない。
「諦めの悪いお前なら知ってるだろ……。信じてたものが、時間をかけて、魂を削っても報われない痛みも苦しみも。……もう、嫌なんだよ。」
静まり返った教室に雨音がうるさかった。教室にいる俺の零れそうな涙って隠せないなら、今だけは静かにしていてほしかった。
暮橋が強く拳を握り締める。強く食い込んだ爪が暮橋の中に眠る傷を表すように赤く赤く痕を残していた。
「……知ってるよ。」
震える声で暮橋が呟く。
真っ直ぐにこちらを見据えていた瞳は大きく揺れて水面に揺れる瞳の光が夕陽のように滲んでいた。
「知ってるけど、だからって諦められないから……だから頑張ってるんだろ!!痛くても苦しくても、止まれないから走るんだろ!!そうするしかないから……!!」
暮橋の瞳がさらに大きく揺れる。
「お前だってそうだから……まだ諦められないからあの時あの小説の続きをかいてたんだろ!!」
これだからいやなんだ。
これだから、同じ痛みがわかるこいつとは話したくなかった。気付いていても目を逸らしていた本心まで暴かれてしまうから。
何度突き返しても諦めない。何度転んでも立ち上がる。途方もない夢を叶えられると本気で信じている。
こいつと深く語り合わなくたってすぐにわかる。こいつが何度も何度も挫折を繰り返してその度にいつも立ち上がってきたことくらい想像がつくから……こいつを受け入れたくない。
近くに諦めの悪いやつがいると自分まで諦めたくなくなる。諦めないことの苦しみを知っているのに立ち向かいたくなる。
「そうだよ……。だから、いやなんだよ……。」
だから、暮橋となんて話したくなかったのに。
「……なんで、お前が泣くんだよ。」
暮橋の瞳から堪え切れなくなった激情が溢れ出してポロポロと落ちて床を濡らす。教室の中だというのに雨が降っているみたいだった。
も、もう少し推敲したかったかも……。サブタイもこれでいいかしら……。でもクライマックスが近いよ




