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第3話 おはよう


 屋上でのほぼ一方的な出会いから一夜明けて、春すぎの心地よい気温にこみ上げる欠伸をして教室に入る。


 実は昨日の女子生徒の目星はついている。というか探すまでもない。彼女は有名人だから。


 入口付近の前の方の席、彼女はそこでイヤホンを耳に挿して座っていた。

 不自然にならないように意識していない素振りを装いつつ横目で彼女を見て通り過ぎ、教室中程窓際の自分の席で改めて件の女子生徒を視界の端に収める。


 彼女は朝凪明音(あさなぎあかね)。自分と同じ2年3組の生徒だ。

 特に交流はないし話したことも多分ない。何もせず座っていても目立つくらい際立った容姿だけど、教室もある程度賑わって次々と生徒がやってくるにも関わらず朝凪さんに声をかける人はおらず席の周りにも誰も近寄らない。イヤホンをしているのもあってクラス中の誰とでも打ち解けているような社交的な生徒さえも声をかけることはない。


 学年が上がって友人の入れ替え時期になる4月春先、記憶の中の朝凪さんの周りにはそこそこの人が集まっていた。何もしなくても目を引く存在、打算なしでに友達になれるならなっておこうとかクラス特権で声をかけてみたいとか思うのも自然なことだ。


 でも、そこから1ヶ月経つ今。たった1ヶ月で彼女は声をかけるクラスメイトを排し、どのグループにも属さず親しいといえる友人もいない状況を作り出した。

 決して素行に問題があるとか危険人物だとかいうわけではなく嫌われているわけでもない。それでも積極的に朝凪さんの元へ向かう人物はいない。


 その理由は簡単で、朝凪さん自身があまり人とコミュニケーションを取ろうとしないからだった。


 ……とはいっても、話しかけても無視するだとか反応がないというわけではなく声をかければ返事は返ってくるし必要があれば向こうからも会話を投げかけてくる。ただし朝凪さんとの雑談や会話となると広がらずにすぐに終わってしまう。正に昨日のように会話のようでいて会話にならない。

 仲良くなろうとして話を振ってもあれこれと尋ねても会話は広がらず端的に回答を返して踏み込んでくることはなく、話題はすぐ途切れてしまうし微妙な雰囲気のまま無言の時間が続く。

 空気は重くなるし加えて持ち前のオーラでなんとなく威圧感すら感じる。朝凪さんが無視をするわけでもなく飽くまで自然と会話が途切れて気まずい空気感が漂う。

その結果、誰も悪者はいないけどゆるやかに朝凪さんとの交流を周りが避けていく。そうして今の状況が作り上げられていった。


 昨日まではわざとそう仕向けているのか朝凪さんが天然だったりして自然とそうなってしまったのか判断がついていなかったけど今はわかる。彼女がそうなるように場を整えたんだ。

 理由は分からないけどあまり人付き合いを望んでいないのかも知れない。だったらどうして昨日の歌はあんなにも苦しそうだったんだろう。


 ともあれ、それでも朝凪さんが注目の的であることには変わらない。無愛想で平凡な容姿ならともかく、朝凪さんは華やぐ花弁であり誰1人近づけないことがかえってその価値を高めている、正に高嶺の花だ。


 そんな朝凪さんにさり気なく近づくのは至難の技。朝凪さんと距離を詰めてなんとしても計画に協力してもらいたいところだけど、来訪者の少ない朝凪さんに近付くだけでどう足掻いても目立ってしまう。計画のためならそれもやぶさかではないけど注目を浴びずに済むのであればそのほうが行動しやすい。

 やっぱり屋上にいるときに接触するしかないか……と今後の方針を決めようとしていると堂々と朝凪さんの元へ歩み寄る人物がひとり。


 小さめの背丈で、あまりに朝凪さんが華々しいので地味に映ってしまうが十分に整った容姿に健気な姿の愛らしいその少女は明野紡あけのつむぎ。このクラスの学級委員だ。

 もしもこのクラスで人気投票をすれば一番人気は朝凪さんではなく明野さんになるだろう。


 彼女はあまり自分から輪の中心にいくような人物ではないものの誰にでも優しく分け隔てがなく非常に人気が高い。それでいて隔絶した近寄りづらい美貌というより親しみを覚えるような、言葉を選ばず言えば手の届きそうなかわいらしさで朗らかに接してくる。明野さんに密かに恋心を抱える生徒は少なくないだろう。明野さんに向けられる視線を見ればなんとなく察しが付く。


 そうこうしているうちに明野さんは果敢にもイヤホン挿して周りから情報を遮断する朝凪さんに声をかける。

 明野さんに気づいた朝凪さんが片耳だけイヤホンを外して昨日屋上で見たような笑顔を向ける。声は聞こえないけど明野さんはいろいろと話題を持ちかけて会話を試みるものの朝凪さんはニコニコとしながら短く返して会話が途切れ、明野さんが新しい話題を……というのを繰り返しているようだ。

 

 ようだ、というか実際に繰り返している。教室の一角で繰り広げられるこの光景は初めてではなく何度も繰り返された光景で、明野さんはクラスで謎めいた存在の朝凪さんとも仲良くなりたいらしくめげることなく時折話しかけては中々会話が広がらずに終わる、という流れを繰り返している。

 最早クラスでは見慣れた光景になっており一部ではあれこそが彼女たちのコミュニケーションの形なのでは……と噂になっている。


 そんなわけで、振り分けから1ヶ月ほどが経ったこのクラスでは朝凪さんはみんなが遠巻きに眺めはするけど近づきもしない唯一のポジションを取っていた。


 昨日の時点で彼女に計画に協力してもらうのは随分と難しそうだとは想像できていたけど、改めて教室での様子を見ると心が折れそうになる。明野さんでも懐に潜り込めない彼女に切り込まなくてはいけないのだから。


 机に忍ばせたボロボロのノートをチラリと引き出して視界に入れて、ふぅと大きくため息を吐き出して気合いを入れる。

 気が重い。気は重いけどそんなのはいつものことで行動しても変わらないとしても行動しなければそれ以前の問題だと知っている。


 昨日、あれから屋上で巡回の先生が来るまで策は練っていたからもうやることは決まっている。

 何気ない素振りで椅子を引いて立ち上がり朝の喧騒に紛れて教室の出入口に向かう。前後にある出入口の前の方、つまり朝凪さんの目の前。全く何も気負わず何気なさげに、細心の注意を払い自身の動きを自然体に見えるように振る舞う。

 朝凪さんの机の前に差しかかる。さっき明野さんが撃沈して自分の席に戻ったばかりなので朝凪さんはまだ片耳からイヤホンが外れたままだ。もちろんこのタイミングを狙った。

 朝凪さんの席の目の前で少し足を止めてなんでもないように笑顔を作り、


「おはよう、朝凪さん」


「……おはよう、暮橋(くらはし)くん。」


 爽やかに挨拶をする。ただそれだけ。

 そのまま何事も無かったかのように教室を出る。本当に何事もないけど、クラスでは特に目立つ存在ではない自分が全く交流もない朝凪さんと友人のように軽く朝の挨拶をした。


 教室を後にした背筋に何となく視線を感じる。騒ぐほどではないもののちょっとした印象に残る出来事くらいにはなっただろうか。

もはや恒例となりつつある撃沈する明野さんの直後を狙ったから相対的に友好な関係に見えただろうか。

 実際には朝凪さんは意図的に会話を続かないようにしているだけだから誰でも声をかければ少しは応えてくれる。表層だけだろうと笑顔も作ってくれる。それを利用しただけ。


 でも重要なのは実際の関係じゃなくてこうしてそれを見た周りの印象だ。赤の他人から挨拶をし合うくらいの相手に周りの印象から少しずつ変えて、軽い会話ができるくらいに徐々に距離を詰める。朝凪さんと直接的に交流を試みるのではなく、そのために彼女に近付いても浮かない程度に外堀から埋める。そうして彼女との接触回数を増やしつつ時折屋上に赴きダイレクトアタックも仕掛ける。

 ジリジリと間合いを詰める分、朝凪さんもいつものように短く会話を終わらせて人を遠ざける手段も使いづらいはずだ。

 かと言って挨拶を無視したり朝凪さんの方から冷たくすればこれまでわざわざクラスメイトの方から朝凪さんに近付かないように立ち回った朝凪さんのこれまでの行動から外れてしまう。


 実際にうまくいくかはわからないし、彼女が機嫌を損ねてみんなの前で自分を無視したり嫌がる素振りを見せればすべて終わり。博打もいいところだけど、それでも何もしなかったりノートに向かって一人で策を弄するするよりもずっといい。久しぶりに感じる緊張感や策を弄する感覚に心が騒がしくなる。

 勝算といえるほどではないが、一応行動に移せるだけの判断材料も自分の中にある。

 さて、ここから彼女相手にどう立ち回ろうか……。


 大きな計画も小さな一歩から。

 大したことをしたわけではないけど何かが動き始めたような気がして、特に込み上げない尿意を抱えて向かう男子トイレへの足取りは少し軽かった。暮橋(くれはし)

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