表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

29/55

第26話 秘密の飴玉

 そして、週明けの月曜日。


 今日は夕輝くんが明音ちゃんと約束した、来途くんを勧誘する最後のチャンスの日だ。最後とはいっても今日がダメなら一度仕切り直そうというだけで別にこれで終わりというわけではない。


 でも、ここまで連日繰り返し来途くんにアプローチをかけてきたんだから今日がダメならしばらく時間を置くことにはなると思う。

 夕輝くんもそのつもりなのか一日中ずっと授業も聞かずに穴が空くほど自分の作戦ノートを見つめていた。


 かえって気負いすぎているような気がして不安ではあるけど明音ちゃんもついているし冷静さを失っているわけではなさそうだったから大丈夫だと思いたいな……。


 放課後では部活にも委員会にも所属していない来途くんは帰ってしまうんじゃないかと思ったけど、屋上での一件以来来途くんは考え事でもしているのか教室で何をするでもなくぼんやりと外を見つめていてしばらく学校に残っているんだとか。


「それって何時くらいまで残ってるの?」


 しばらく、というのが気になって夕輝くんに尋ねる。


「うーん、いつ帰るかまではわからないけど少なくとも17時くらいまではいるんじゃないかな。俺はそれくらいの時間に話に行くから……。」


 だいたい毎日授業が終わるのは16時を過ぎたくらい。そこから1時間程度。来途くんが連日そんな時間までなぜ帰らずに残っているのかが私にはわかるような気がした。


(来途くん……。)


 とりあえず今日の作戦決行目安は17時。時計を見るともう30分くらいしか残っていなかった。


「私先生に頼まれてることがあるから一旦職員室行かなきゃ。終わったらそのまま3組に向かうね。」


 学級委員だなんて言ってもやることはほとんど先生の雑用のお手伝いくらいのこと。

 みんなの推薦に応じた形で請け負った役割だけどなんだかんだ言ってクラスのみんなとも先生とも関わる機会が増えるから悪い気はしない。

 そんなわけで今日は暮葉先生にノートの回収を頼まれており、回収をすでに終わらせていたノートを抱え一人職員室へ向かった。


「失礼します。2年1組明野です。暮葉先生いらっしゃいますか?」


 職員室の入口から呼び掛けると暮葉先生の低い声が返ってくる。


「ありがとう、明野。悪いんだが机の方まで持ってきてもらってもいいか?」


「あ、はい。失礼します……。」


 疎らに先生が座る職員室をすすすっと早足気味に歩く。なんとなく先生がそれぞれに仕事をしている職員室は緊張して早足になってしまう。


「ありがとう、助かったよ。悪いな、雑用みたいなことさせて。」


 回収したノートの束を先生の指示通り机に置くと先生はそう言いながら引き出しをゴソゴソと漁り何かを見つけると「ほれ」とそのまま手を差し出してきた。

 よくわからないまま両手で受け皿を作ると飴玉が3つ、先生の手から落とされた。


「クラスのみんなには内緒だぞ?」


 先生が少し悪い笑みを浮かべると近くの席の別の先生に「程々にしてくださいよ?」と軽く叱られていた。


「こういうのはあんまりやると今の時代、特定の生徒を贔屓したって問題になるんだと。そういうわけで本当に言いふらしたりしないでくれよ?」


 先生も先生で大変なんだなぁと思いながら返事をしつつ飴を見ていると先生がつけ加えた。


「それな、1人で全部食べてもいいけど一応あとの2人の分だから。最近仲良いだろ?」


 どうやら最近の私は夕輝くんと明音ちゃんと仲がいいと見られているらしい。ただ一緒にいることが多いからだとは思うけど少しだけ2人に近づけた気がして心の中で飛び跳ねた。


「朝凪も暮橋もちょっと前まで1人でいることが多かったのにいつの間にか学年の有名人だもんなぁ……。明野のお陰かな?ほかの先生たちも学年全体の雰囲気が良くなったってさ。」


 暮葉先生は笑いながら冗談めかしてそう言ったけど、私はその言葉を素直には受け入れられなかった。私のお陰なんかじゃなくてそれは全て2人の持つ魅力と頑張りの成果で、私は2人について行くだけで精一杯なのに。


「ってわけで、これはスペシャルなオマケ。少し高いチョコな。こっそり持ってくんだぞ?じゃあ、気をつけて帰れよ。」


 暮葉先生に机の奥の方から辺りをうかがいながら取り出したチョコをこっそり手渡される。

 先生に帰るよう促されて時計を見れば17時を回っていた。もう作戦決行の時間を過ぎている。来途くんのことも夕輝くんのことも心配で私は行き以上に早足で職員室を出るとノートの代わりに貰ったお菓子をポケットに入れて2年3組へ向かった。


*****


 入ってきた時以上に早足で流れるように職員室を出ていく明野を見送る。


 あの急ぎ用、何か用事でもあったのかもしれない。そうだとしたら悪いことをしたなと思いつつ奮発して取っておきを上げたわけだし許してもらえるかな、などとくだらない事を考える。


 明野に運んでもらったノートの山を見て、今さっき目の前で増えた仕事から現実逃避をしようと会話を思い返す。


 最近明野がよくつるんでいる二人。元から目立つ生徒の朝凪とそれとは別の部分で目立つ生徒の暮橋はどちらもほんの1,2ヶ月前までは勝手に周囲が注目を寄せるのとは裏腹に本人たちは人付き合いに消極的で活動的ではない生徒だった。


 ところが、ここしばらくの間に二人とも活発に行動し他人との接触を能動的に行うようになった。特に朝凪は顕著でそれまでとは人が変わったように明るく振る舞いどのクラスに行っても朝凪の名前を聞くようになっていた。


 そして、あの二人に影響されてか影響してか……それは定かではないが明野もまた雰囲気が変わった。以前までは周りに流され半分応えるのが半分といった様子でどちらかといえば受け身な印象だったがここしばらくのクラスや学校生活で見かける明野の様子は以前よりも活動的で積極的になっている。


「若いってのはいいもんだな……。」


 誰ともなく呟くとそれを聞いていた近くの先生から同意とともに「だからといって甘やかしすぎちゃダメですよ」と再び釘を刺された。チョコをあげたのがバレていたのかもしれない。


 苦笑いを浮かべつつ誤魔化すようにノートのチェックを始める。一先ず全員分あるか確認すると暮橋だけノートの様子が違っていた。


 明らかに使い込まれたボロボロのノート。授業中に別のノートを開いていてそのまま提出する方を間違えたのかもしれない。暮橋は成績こそ全生徒の中でも飛び抜けているものの正直なところ授業態度は良いとは言えない生徒だった。


 とはいえ本当に授業ノートの可能性もある。悪いとは思いつつ確認もしなければならない。あまり内容は目に入らないようにパラパラとノートをめくるが授業ノートではないようだった。


「……なるほどね。」


 そう呟いて席を立ち職員室を後にした。17時をすぎているがまだ暮橋は学校に残っているだろうか。無駄足だとしても生徒の大事なノートをできるだけ早く返却してやる為なら重い腰もいくらか動く。


 惜しむらくは早足で飛び出した明野を走って追いかけられるほど若くもないということか。中年にはまだ早いと思っていたが……。


「全く困るな、おじさんってのはさ……。」


 誰もいない廊下に哀愁のこもった37歳の呟きが吸い込まれていった。


*****

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ