第22話 find the mono-Novel writer
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今の心模様みたいにすっきりとしない澱んだ曇り空。それが今日の天気だった。
夏を迎える前の落ち込み湿った憂鬱な季節。
そんな季節の屋上を私は見てみたかった。私にとってはいつでも眩しく明るく輝く舞台は役者がいない時どんな顔をするのだろう。
私が屋上のドアを開くとそこには空を埋める灰色の雲と心做しか沈んだように暗い街並みが広がっていた。
もしもこれが絶景スポットなら少しがっかりしていたかもしれないけど、私にとって輝き光あたる場所の舞台の異なる様子に舞台裏に入り込めたような気がして内心すこし興奮していた。
でも、今気になっているのはそんな屋上の様子ではなくこの場にいるもう1人の生徒のことだった。私がドアを開けるとそこにはもう1人、男の子がドアに背を向けて街を見下ろしていた。
その男の子はドアをひらく音に気づいてこちらを振り返ってすぐに元のように向き直り空を見上げた。
(他の学年の人かな?)
この学年の生徒は夕輝くんや明音ちゃんとほとんど見て回ったから話したことはなくても大体の人の顔を知っているけどその男の子の顔には見覚えがなかった。
(特に用もないし、こんな人気のない場所に1人でいるんだからそっとしておいてほしいのかも。)
そう思って声はかけないでいた。
これまでの私だったら。
だけどこれからの私はそれじゃダメだと思う。
夕輝くんと明音ちゃんの力になりたい。例え2人と私では立つ場所が違っていたとしても私が何もしないでただ物語を見つめるだけでいる理由にはならない。
いつもは踏み出せないでいるあと一歩分の勇気を踏み出した。
夕輝くんと明音ちゃんがすでに私の世界を変えられているって、2人にはその力があるんだよってこの一歩を踏み出せば伝えられる気がしたから。
できるだけ不自然にならないように、私は自然体を精一杯装いながら曇る空を見上げる男の子に近づいた。ドアから男の子までの短い距離が長く感じてやっぱり引き返そうと頭の中で思ったけど私の中の明音ちゃんが私の背中を押してくれた。
頭の中の夕輝くんが足下を見てと言った。足下を見ると学年ごとに色の違うスリッパは私たちと同じ色をしていた。相手が同学年とわかって少しだけ緊張がゆるんだ。ありがとう、夕輝くん……。
そして男の子のそばまで辿り着いていつも見ている明るくて元気なあの子を真似ようとして、それは自分には無理だと思って控えめに声をかけた。
「空、見てるの?」
知らない人に声をかけるのは難しい。私は声のかけ方がわからずようやく絞り出した言葉がこんな言葉だった。助けて明音ちゃん……。
「え?」
男の子は突然声をかけられたことに驚いている様子だった。戸惑いが顔に出ている。そうだよね、いきなり知らない人に意味わからないこと聞かれたらね……。
「ご、ごめんね。ここ時々来るんだけどあんまり人がいないから珍しいと思って……。」
でも無視をされたわけではない。ここは勢い任せに押し切りを狙っちゃおう。明音ちゃんの推進力を借して!
「この場所ね、晴れてるとすごく綺麗なんだ。特に夕方の景色が1番好きで……。」
話しながら男の子の反応を伺う。とりあえず聞いてはいてくれてるみたいだ。このまま質問を投げかけて巻き込んじゃおう……。
「私はね、夕方のこの場所が1番綺麗なのはこの場所を目指すみんなの気持ちが夕日に照らされてキラキラするからかなって。あなたは夕方の屋上、見たことある?」
もう自分でも何を言っているのかあまりわからなくなってきた。お願い、応えて……。
私の悲痛な祈りが届いたのか、男の子はゆっくり口を開いた。
「……いや、最近ここを知ったから。でもここのところいつも曇ってるか雨だから晴れてるとこ知らないんだ。」
男の子が見つめる視線の先の空は今日も雲に覆われていて太陽は顔を覗かせない。
「ひとつ聞いてもいい?」
男の子はふと思いついたように目線をこっちへ向けた。男の子が私と会話をしようと思ってくれたのが嬉しくてもちろんと返して続く言葉を待った。
「その晴れた日の屋上は君にとってどんな場所?」
もっと名前とか学年とかを聞かれると思ったけど聞かれたのは予想外の質問だった。
屋上がどんな場所か。その質問の意図はなんだろう。夕輝くんみたいに考えてみても結局よくわからなくて私にできることは私のままの言葉を伝えることだった。
この屋上は私にとって……
「演劇の舞台の上みたいな場所かな。キラキラしてて暖かくて物語に出会える場所。物語が始まる場所で……」
私が自然と頭の中に描く屋上には夕輝くんと明音ちゃんがいた。まだ会ったばかりだけど私にとってはもう素敵なお話の始まりの場所になっていた。そんな2人との思い出を思い浮かべているうちにその先の景色も浮かんできた。
夕陽の当たる舞台で歌う明音ちゃん、それを見守る夕輝くんと私。見下ろすグラウンドには明音ちゃんの歌を待つたくさんの人たち。
「それから、夢が叶う場所……かな。」
そこまで言って私は我に返った。初対面の相手に私はなにを熱く語っているんだろう……。冷静になると途端に私をジッと真剣に見つめる男の子の視線が痛い。絶対なんだこいつって思われてる……。
「……俺も見てみたいな。」
男の子がポツリと呟いた。
そんなに晴れた屋上が見たいのかな?もう少し待てば夏が来ていやというほど晴れが続くと思うけど……。
もう失敗を繰り返して恥じる気持ちも突き抜けてしまった私には逃げるか突き抜けるかしか残っていなかった。だから私は突き抜けることにした。勢いが大事だと頭の中の明音ちゃんが応援してる。
「それなら、一緒に見ない?明日も明後日も、見られるまで。」
明音ちゃんならもっと押し切っちゃうような勢いで引き込めたのかもしれないけど私にはこれくらいのお誘いが精一杯だった。
「だから私とお友達になってほしいの。どう……かな?」
恐る恐る返答を伺うように男の子の顔を見つめる。男の子は呆気にとられたような顔をしていたけど少しするとくすりと笑った。
「うん、こちらこそ是非。えっと、名前……。」
男の子にそう言われてまだ自己紹介もしていないことに気がついた。慌てて名乗る。恥ずかしさで熱い顔を誤魔化すように笑顔を向けて。
「私は明野紡。2年A組だよ。」
「俺はC組の物部来途。よろしくね、明野さん。」
「うん、よろしく。ライトくん!」
挨拶をし終えると少し屋上が明るくなった。空を見上げると雲はまだ晴れていないけど初めより薄くなって太陽は見えないけどぼんやりと明るい曇り空が浮かんでいた。
それから私たちは空が晴れるのを待ちながら日が暮れる頃まで話をしていた。結局空は晴れなかったけど私の心の曇り空からはとっくに雲は消え去っていた。
こうして私は私のお友達大作戦を踏み出し大切なお友達がまた1人増えたのだった。
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物語には観客が必要だ。
誰かが見ていなくては物語は始まらず語られることもない。
物語は、いつも誰かに見つけられたがっている。




