お友達大作戦
投稿ペースあげます!!!ちょっとお急ぎなので!
明けて翌日、若干の眠気を押し殺しながら教室へ入る。
季節は夏めいてきたものの梅雨を迎える前の春と夏の間の今はちょうどエアコンをつけるには早く、かといって登校という軽い有酸素運動にうっすら汗がにじむ程度には熱気と湿気が顔を覗かせている。
教室特有の大きなガラス窓は全開で風を通すように教室のドアも開け放たれている。
教室に入ってすぐに入口側最前列に陣取った明音にいつも通り挨拶をされる。
「おはよう。」
「おはよ、今日はちょっと暑いね。」
二、三言の明音と他愛もない朝の会話を交わし、その傍で柔らかな微笑みを浮かべる紡ちゃんとも挨拶を交わして自分の席へ向かう。
教室の後列、明音のほぼ対角に位置する自分の席に座って早めに学校へ到着している何人かの生徒とすれ違いざまにおはようと交わして荷物を降ろし、すぐ横の窓から吹き流れるそよ風に乗せるように少し溜息をこぼす。
昨日明音が命名した自分たちの最初の作戦”お友達大作戦”はさっそく実行に移っている。大作戦とは言ったもののその実態はただできるだけ多く学校中の人と交友関係を広げようというもの。
二人の方を見れば明音の周りにはいつも通りクラスの女子が数人集まっていてワイワイと談笑している。その中に今まではグループに混ざっていなかった顔ぶれの女子生徒が何人か混ざっていることに気づく。
ややぎこちなさそうな様子だが明音が話のところどころで何か声をかけるたびに緊張がゆるみ馴染み始めていく。
ある程度の話をして彼女たちが輪の中に馴染むと明音は思い出したように立ち上がり紡ちゃんを引き連れて他のグループに川の流れのようによどみなくスルスルと混ざるとあっという間に馴染み、楽しげな雰囲気を作ってまた自然に動き出して別の場所へ混じり同じように会話をする。
明音が通ったあとには明るい空気が残り朝から教室の中は活気にあふれていた。
ついていく紡ちゃんには少し疲れが滲み顔がやや引きつって見えるけど明音に食らいついていく。
どうやら二人の滑り出しは順調なようで作戦実行初日の朝にしてすでにクラスの中の女子とはもう全員友達と言えるほどに親しくなっているらしい。
そんな様子を見れば見るほどに相反して自分の心は暗く胃がキリキリと痛む。
作戦の発案者ながら想像通りこの課題にもっとも苦しめられているのは自分だった。
その理由は単純明快に、僕は友達が少ない……からだ。
思い返してみれば小学校の間はずっと夢中になって追いかけているものがあったから学校の友人は人並みにいたものの放課後に友達と遊んだりということはあまりしてこなかった。
暗黒期の中学時代から去年まではひたすらに自分の中に活路を見出そうとひとりで暗中模索していた。
友達がいなかったわけではないけど精々学校の中で会話を交わすだけでそこまで親しいと言えるほどではなく……。
要するに友達の作り方というものがよくわからない。社交的でないというほどではないが社交的でもなく、いざ意識して必要に駆られ交友関係を築こうと思うとどう動けばいいのやらまるで見当もつかない。
参考にしようにも明音のメソッドは見ていても何がどうなればそうなるのか全く分からない。
明音だって数週間ほど前までは誰も寄せ付けず高嶺の花、高嶺の明音だったはずなのにどうしてこんなにもいとも容易く味方を増やし人の間に交わっていけるのだろう。天性の才能だろうか。
いや、冷静になって考えてみれば明音は周りに心を閉ざし交流を最小限に絞っていたけど、持ち前の圧倒的なルックスは注目の的だった。
だからクラスが決まってすぐの頃は彼女に歩み寄ろうと果敢にトライするものは紡ちゃんを始め男女問わず後を絶たなかった。みんなが無謀を悟ったあとでさえ常に遠巻きに視線を向けられていた。
それだけではなく明音はなびきはしないもののするりするりと会話を交わして不快感を与えたりはせず、指の間を潜り抜けるように自然と距離を置いていたのだから話術も人の心を汲むのも元々高いセンスを持っていて、自分の外側に向けていたものを自分の方向に向けることはお手の物なのかもしれない。
これは自分の中の思い込みかもしれないけど、あれほどまでに人を惹きつける歌声を持つ明音なんだから歌がなくても人を惹きつけ笑顔にさせることができたってなにも不思議には思わない。むしろ腑に落ちてしまうくらいだ。
紡ちゃんも覚醒した明音の陰に隠れがちだけど、そもそも人当たりが良く真面目で健気な彼女はもともとこのクラスで明音を差し置いて一番慕われている中心人物だ。
明音ほどに天衣無縫に動き回り繋ぎ合わせずとも最初からこのクラスの全員と友好関係を持つという条件はクリアしているといっても過言ではない。
ともすれば、やっぱり一番苦しい状況にいるのは自分だ。
つい最近までろくにクラスメイトとの交流もない。明音のようなカリスマも紡ちゃんのような人望も人徳もない。かといって先導する自分がふがいない結果でいるのは二人に合わせる顔がないし何より自分で自分を許せない。
「おはよ、どうした?朝からそんな暗い顔して。」
いつの間にか自分の前の席に座っていた前田がこちらをのぞき込んでくる。
前田は自分のひとつ前の席の男子だ。席がすぐそばなのもあって元々ある程度会話をしたことはあったが明音に挨拶によるアプローチを仕掛けたときから会話をすることが増えた。
「ああ、前田か。おはよ……。ちょっと、悩んでて。」
「ふーん、何を。」
「その、俺って友達が……」
「うん。」
「……友達が、少ないなって。」
途中でなんとも恥晒しな告白をしようとしているものの、気づきつつも話し始めてしまい止まるに止まれないまま絞り出すように苦悶の告白をするとそれを聞いた前田が耐えきれず吹き出す。
「お、おま……ぷふっ、それは面白すぎるだろ、くくっ」
笑い転げながら前田が机をバンバン叩き、音を聞きつけたクラスの男子が前田の様子を見て何事かと自分の机の周りと取り囲み始める。
なぜ朝から自分はこんな辱めを受けているのだろうか。