100人できるかな
「それで、目標はわかったけどこれからはどうするの?」
話が一段落したところで明音が切り替えるように尋ねる。
「やっぱりここで歌の練習と作戦会議?でも練習するにしてもまだ私たちの歌がない
よね。」
明音の指摘の通り、それが現状の一番の問題だった。念のために二人に聞いてみる。
「一応聞くけど、二人とも作曲か作詞できたりはする?」
「……歌うのは得意だよ!」
それは知ってるし聞いてない。
「えーっと、教えてもらえるなら私も頑張るよ!」
とてもありがたい申し出だけどとりあえず今はまだどちらもお願いできそうにはない。想像はしていたけどやっぱり大きな課題だと改めて認識した。
「二人ともありがとう。まあ、そんなにうまくはいかないよね。」
実はアテはある。あるにはあるが……あてにできないくらいのアテだ。
しかし、手段を選んでいられないのが現状で時間も全く足りない。やらないまま終わるよりダメで元々やるべきだろうと腹を括る。
「とりあえずやれることは全部やろう。……とりあえず今のところは最悪の場合、つまり曲が用意できない場合を回避するために一旦は俺がどっちもやってみる。明音と紡ちゃんにも基礎的なところは教えるからできるとこまでやってみてほしい。」
ふたりは少し緊張を滲ませながら黙って頷く。
「でも、それは本当の最終手段。本命は別にあって明日からやってほしいことがあるんだ。」
「やってほしいこと?」
明音がちょっと嬉しそうに食い気味に反応する。
「そう。明音と紡ちゃん、もちろん俺も。俺たち三人は明日から……」
ふたりの視線が刺すように自分に集まる。
「明日から、友達をたくさん作りましょう!」
集まった視線が痛い。言葉には出さずに何を言っているんだと訴えるような冷ややかな視線が針で突くようにチクチクと刺さる。
「……違うんだ。」
何が違うんだろう。無意識に滑り出た言葉に自分でツッコミを入れてしまう。
「ちゃんとこれも立派な作戦なんだよ。友達を作る。やること自体はそれだけだけど本当の目的は人探しとコネ作りにあるんだ。」
この作戦の本命。
それはある人物の捜索とコネ作りにある。
とはいっても探している人物は自分の知り合いではない。でもこの学園にいることはたしかで自分の中の直感が必ずその人物を仲間に引き入れなければならないと騒いでいる。
もう一つの目的のコネ作りというのもそう大したことではない。そもそも最後の舞台のために活動は包み隠さなくてはならないから、友達や知り合いをいくら増やしたところで観客が増えるわけでも知名度が上がるわけでもない。
それでも人脈というものはバカにできない。ただ友達がたくさんいる、顔が広いというだけのことでも思わぬところで役に立つ、はずだ。
実際には自分は物心がついたときから夢中になっていたことがあったしあまり同世代と遊んでこなかったからそれほど友人は多くなかった。
もしかしたら、こうやって何かと理由をつけて友達作りをしようとしているのはこれまでできなかったものをつかみ取ろうとしている自分の浅ましさが故かもしれない、と思わないわけではない。
だけど、どうせ人探しをするのならその過程で得られるものはできるだけ多く得ておこうと思うのは間違いではないと思う。
それに、こんなうまくいくのかわからない自分勝手な賭けに二人の高校生という残り時間を捧げさせてしまうことに何も思わないではいられない。
ならばたとえ失敗に終わったとしても二人に何か残したい。この道の過程で少しでも得られるものが多くあるように、せめて人とのつながりがこの先の二人を支えてくれるように……。
そんな罪悪感に対する自己満足の贖罪かもしれない。
なんて少しセンチな考えを巡らせながら、用意してあった作戦意図を二人に伝える。
「人探し?」
紡ちゃんが疑問を口にする。
「うん、実は作詞ができそうな人に心当たりがあるんだ。その人をみんなで手分けして探してほしい。」
「え、心当たりがあるのに探してるの?」
「えっと、心当たりはあるんだけど……誰かはわからない、っていうか。」
話せば話すほど紡ちゃんの目がグルグルと深淵のように困惑の色を深め思考の闇に沈んでいく。わけのわからないいってごめんね……。
これ以上紡ちゃんが深みにハマって返ってこられなくなる前に事情を説明する。
今回自分が探しているのは明音の返事を聞いたあの日、屋上に向かう前に廊下でぶつかった男子生徒。
ぶつかったときに足元に滑り込んできたスマホの画面を意図せず見てしまった。
画面に表示されていたのは誰でも投稿することができる小説投稿サイトの制作者用のページのこれまでに投稿された話の一覧ページ。
今や誰もが創作をして公開できる時代。学校の中に何かしら創作をしている人がいることだって珍しいことではないかもしれない。
その男子生徒が特別だったのはそこではなく、投稿していた作品。
その作品は自分にとって特別で、筆を盛大にへし折られた思い出の作品。
あまりにも鮮烈に記憶に焼き付いて繰り返し読み返していたから話ごとのタイトルだけでその話数の一言一句を思い出せるほど記憶に残っている。
詳しく二人のその男子生徒のことを話そうと思ったところで窓から射し込んだ西日が直射日光を浴びた視覚を強く刺激する。
部屋で浴びる夕陽は苦手だ。カーテンを引いてその眩しさから目を逸らすように遮る。
「あれ、気づいたらもうこんな時間だね。今日は終わりにしようか。」
二人もスマホを取り出して時間を確認して帰る支度を始める。
「明日もまた夕輝の家?」
荷物をまとめながら明音が尋ねる。
自分からそういう状況に持って行っておきながら、同級生の女の子に自分の家に行く予定を聞かれる状況はなんだか妙にそわそわする。
「使いたかったら使ってくれてもいいけど明日はとりあえず学校にしよう。コネ作りから始めたいし探してる生徒の説明もしたいから……。」
「ねぇ、そのコネ作りってやつ何か違う言い方にしない?」
明音が提案する。
「まぁ確かになんとなくいい響きではないかも。言い方ってじゃあ作戦名、みたいな?」
明音はそうそう、と頷き空を見つめて考え始めしばらくすると名案が浮かんだのかパッと顔を明るくする。
「よし、お友達大作戦にしよう!」
なんて直接的なんだろう。
正直意義を唱えたかったけどかといってほかに案も浮かばないし、明音は意気揚々としているのでやめておく。まぁ、コネ作りよりはマシかもしれない。
「あれ。」
そんな一幕を終えて明音と紡ちゃんを玄関まで見送ろうと部屋から出ようとしたところで明音が声を上げる。
「これって、ギター?」
明音が、自室の隅に置かれた年季の入ったアコースティックギターを見つけてしまう。いつかは見つかってしまうとは思っていたけど思ったよりも早くきたその時に、少しだけ胸が詰まる思いがした。