瞼の裏の青写真
そう言われると可能性がある……のかな?
やっぱり少し自信がないかも。なにしろ私が人前で歌った経験といえば夕輝と紡ちゃんの前くらいなものでどれだけやれるかもわからない。
それに今のところでは歌う曲もない。さすがにカバー曲で……というのは私もそれはないでしょと思う。
「じゃあさじゃあさ、私たちにとっても……"世界を変える"には文化祭のステージは足りないんじゃないの?」
そう訪ねると夕輝が悪い顔をする。
「そうかもね。何もしなければ……。」
含みのある言い方に紡ちゃんが恐る恐るという様子で訪ねる。
「ゆ、夕輝くん……何か、悪いことするつもりなの?」
「さすがに悪いことはしないよ。ちゃんと正面から戦うつもりだし簡単な目標だとも思ってないからね。……でも、脚色と演出は当然するよ。ただの踏み台じゃなくて少し弾みがつきやすくするだけ。跳び箱と同じだよ。」
答える夕輝はとても、とても楽しそうでこうやって困難に立ち向かったり計画すること自体は好きなんだろうなと思った。
「ちょうどその辺りのことが屋上から場所を変えてもらった理由にもなってるから今説明しておこうかな。」
夕輝が口の前に人差し指を立てて、いわゆる静かにさせる時のポーズをとる。
「これからの活動はできるだけ誰にも明かさないようにする。活動をしていることを誰にも知られずにブルームアウェイを目指す。」
夕輝の示した方針は私にとっても紡ちゃんにとってもハテナの浮かぶものだった。
「え、どうして?ブルームアウェイを目指すなら大々的に活動して人気と知名度を高めた方がいいんじゃないの?わざわざ秘密にする理由なんて……。」
「普通ならね。だけどよりインパクトを与える為に演出をするんだよ、今から。」
夕輝は手際よく最後のライブまでの構想を話し始める。
「これからは活動する時はできるだけ誰にもバレないようにしたいから俺の家を使ってほしい。2人もいつでも入れるようにしておくから俺がいない時も好きに使っていいよ。どうせ一人暮らしだから。」
夕輝はスマホを取り出すと私と紡ちゃんにアプリ形式の鍵の権利を付与する。
「それで、実際にライブをしたり人前に出てパフォーマンスをするときは明音は顔を隠そう。半分だけ顔の隠れる仮面をつけたり普段の明音とは振る舞いも変えるようにする。」
「でもそれって本当にバレないのかな。髪の色とか声とか……。」
実際には仮面をつけた知り合いと会ったことがないからわからないけど。
「髪の色はこの学園なら髪色は自由だし明音の地毛は特別目立つ程の色でもないから大丈夫。声も歌声と地声のどっちかしか知らなければ看破するのは難しいと思う。活動するときは最低限歌う以外しないでクールに振る舞えば、普段の明音の印象が明るくなればなるほど結びつかないと思う。」
まだ同意しきれない私たちを見て夕輝が付け足す。
「それに、やってみないとわからないよ。まずはやってみてダメそうならその時考えよう。」
頼りなくてむしろ不安になるような言葉なのに自信満々に堂々と言っているのがおかしくて笑ってしまう。でもそれが逆に妙な説得力を持っていて、不安よりもおもしろいと思う気持ちが強くなった。
「でも、どうして活動を秘密にするの?さっき演出だとは言ってたけど……」
紡ちゃんが尋ねる。
「そう、そこが大事なんだ。」
一息置いてから夕輝は計画をまるで物語を語るように話し始める。
「普段からは一切活動の様子がない正体不明の仮面をつけた生徒が突如現れて素性を明かさずに歌で周りを魅力していく。神出鬼没に現れては評判と知名度を上げるけど一向に正体は分からない。きっとその謎はより話題性を強くしてみんなの注目を集めるようになる。」
夕輝の構想を頭の中で思い浮かべる。顔の半分におかしなお面をつけた自分がみんなの前で歌っているおかしな光景に笑いが漏れてしまう。本当に大丈夫かな……?
「あの仮面の生徒は誰?そんな噂が学園中に広まって誰もが次はいつどこでと気にし始めたところで文化祭の時期がやってくる。」
やっぱり紡ちゃんはこういうシナリオが好きみたいで夕輝の話に食い入るように耳を傾け目を輝かせている。
「知っての通り、文化祭のメインステージのブルームアウェイには厳しい審査がある。だけど学校側としてもメインステージは目玉でサプライズにしたいから選考の様子や結果は当日まで開示されることはない。」
でも、私にはやっぱり現実味を帯びては感じられない。子供が見る夢みたいで、何よりその中心にいてその舞台に立つのが私だという想像ができない。
「でも噂は生まれる。生徒たちは確信もなく今年のブルームアウェイに立つのはあの仮面の生徒じゃないかと噂し始めて例年以上にあの舞台に注目が集まる。」
青写真を語る夕輝と目が合った。私の胸中を知ってか知らずか不敵に笑っている。
目を閉じて、想像してみて。
夕輝の言葉が際立って聞こえた。
耳元で囁かれているように錯覚するほど。
「夕陽の舞台。誰もが期待を寄せてグラウンドから見上げる。なにか考え事をする時や未来を創造するときのように空を見詰めて。」
目を閉じると……瞼の裏側、暗い世界に夕輝の描く青写真が見える。
「舞台に"君"が上がる。みんなの期待を背負い太陽の熱を帯びて。沸き立つ歓声。熱気に満ちた空気。全てが君を歓迎している。」
私は、いつもの屋上からグラウンドを見下ろしている。
「そして、君は仮面を脱ぎ捨て歌い始める。みんなが君を見ている。君の正体に驚き、歓喜し、その歌に耳を傾けている。音楽はどこまでも響いて明日を生きる勇気に、夢を追う活力に、みんなの未来になる。」
夕輝の言葉が本当に見ている瞬間のように目に浮かぶ。こんな夢みたいで信じられないお話が、もしも……。もしも有り得たら、それはとても素敵なことだと思う。
目を開くと夕輝がこちらを見つめて笑っている。
「これから夢を追うんだから、ゴールの場所は大きい方が目立つしわかりやすい。そう思わない?」
夢を思い描いた私にはもうその言葉を否定する言葉は浮かばなかった。