活動拠点
「よし、これならなんとか形になったかな。」
夜中なのに煌々と電気の点る部屋でペンを置き座ったまま天井を目指して体を伸ばす。
いつの間にかカーテンの外に覗く景色も明けて部屋の中と大差ない明るさに変わっている。
いろいろなメモ書きや書き散らし、資料が開かれているPCをスリープにしてノートに目を落とす。いくらか前までは白紙だったページは今は予定でいっぱい。毎度のことだが白紙を自らの手で埋めたあとの感覚は少しの高揚感と上回る不安でどうにも落ち着かない。
「お風呂、入ろう。」
もう何時間もすれば学校に向かわなければならない。正直このまま丸一日だって眠ってしまいたいしこれまでは時々本当にそうすることもあったが今はそうしようとは思わなかった。
時間は流れて放課後。
今日も屋上かなと思っていたが昨日の先生のように乱入者がいても困る。何が困るかといえば自分が寝る間も惜しんで(読んで字のごとく)練り上げた計画上これからは極力誰かに計画を知られたくない。
だから場所を変えなくてはいけない。それにこれから先、夏は暑く冬は寒い吹きさらしの屋上というのはやはりロケーションが良くない。
場所の候補ならある。
ピッタリの場所がある。
あるけど……二人になんと言ったものか。先の想像をしてため息が漏れる。背に腹が変えられればとっくに背と腹を変えていたところだ。
屋上のドアを開くといつもの2人が待っていた。
「夕輝、大丈夫?」
こちらを認識するのとほぼ同時に明音が詰め寄って声をかけてくる。さすがに一日で完成させると言ったんだから明音が本当にできたか心配するのも無理はない。
「もちろんだよ、ちゃんと形にしたし適当には作ってない。万全のものを仕上げられたと思う。でもやっぱり細かいところは二人と相談しながら修正と調整が必要かな。」
自信を持って答えるけど明音の顔は何か言いたげだ。でも完成したものを見せればもう少し納得はしてくれるはず。
「……大丈夫ならいいけど、無理しないでね?」
そういう明音の表情は少し曇って見えた。紡ちゃんも少し不安そうな顔をしている。
明音と紡ちゃん、二人の顔を見て改めて今回の計画は自分だけのものじゃなくて二人の分まで背負ったものだと意識させられる。だから、躊躇っている場合じゃない。
意を決して二人に向き直る。
「二人とも、今から俺の家に来てほしい。」
自分の正直な言葉はどうしてこうも事態を迷走させてしまうのか。案の定二人に誤解を生み、弁明するのに少々時間がかかってしまった。過程を飛ばして伝えたいことだけ伝えてしまうのは自分の悪癖だなと深く反省をした。
*****
夕輝に連れられて学校をあとにして普段とは違う道を進む。どうやら夕輝は思い詰めたり覚悟を決めるとひとりで突き抜けて単刀直入しすぎてしまうみたい。
落ち着いて話を聞いてみれば、「計画を遂行する上で人目を避けられた方が良くて屋上はこの前先生が巡回に来たみたいにいつ誰が入ってくるかもわからないし聴こうと思えば歌を聴けてしまうから場所を替えたい」らしい。
活動するならむしろいろんな人に知ってもらった方がいいんじゃないかな……と思うけど夕輝はそうは思わないみたい。
計画の説明と相談、あとは場所の紹介のために家に来てほしいんだとか。
私も(多分)紡ちゃんも男の人の部屋に入ったことはないから不安だけど、あの日見た夕輝と行く未来をもっと見たいから信じてみようと思う。
それに、夕輝なら紡ちゃんと二人がかりなら倒せる……?どうだろう、危ない橋かな。
道中、そんなことを考えていると先導する夕輝の足が止まる。立ち止まった場所はかなり新しい雰囲気の綺麗な外装のマンション。あまり、学生の一人暮らしと聞いて想像するような建物ではないかも。
夕輝ってもしかしてお金持ち……?
「うちの親が心配して知り合いに話つけてくれただけだから……。」
まだ何も言っていないけど夕輝が先手を打って否定する。あんまり否定になってない気がするけど。
夕輝についてオートロックの自動ドアと広めのエントランスを抜けて階段を上がり部屋に辿り着く。低階層の角部屋、でも1階層あたりの部屋数は多分少なめ?
廊下を歩くだけでも緊張してしまう。ドアを開けた先には一人暮らしにはそこそこに部屋。というか普通に3,4人の家族ならここで暮らせると思う。
入口から見る感じでは広い間取りに対して寂しく感じるくらい最低限のものしかなくてより部屋が大きく感じた。
「特に見られて困るものもないし、これから活動拠点にしたいから自由に見て回っていいよ。」
てっきりあまり見るなと言われると思っていたけど夕輝からはオールオッケーが出る。
お言葉に甘えて……と言いたいところだけどさすがにそこまで図々しくはなれないから紡ちゃんと夕輝に説明してもらいながら各部屋を回る。
「わ……すごい、紙……?」
玄関からは入口しか見えないその部屋は本とか紙とか沢山の資料?レポート?が整然と並べられて山積みになっていた。
夕輝いわくここは資料室で考え事をしたり何かまとめたり勉強するときに使う部屋らしい。難しそうな本……はあまり並んでいないけど夕輝の重ねてきた努力と挫折が可視化されたような部屋で胸が詰まる思いがした。
もうひとつ、夕輝に通された部屋は他の部屋とは毛色が違って後から手を加えられたような加工がされている部屋。それほど広くはない部屋だけど周りには何も置かれていなくてある程度なら身動きができそう。
「ここ、なんの部屋?」
「……明音、1人で入ってここで歌ってみて。」
そう言うと夕輝は紡ちゃんと一緒に部屋を出てドアをしっかりと閉めてしまう。
(歌ってみてって、さすがに私も近所迷惑とか気にするよ……?本当にいいのかな。…………夕輝がそうしろって言ったんだから知らないよ?)
躊躇いつつもここ数日あんまりしっかり歌ってなかったな、と思って全力で声を出す。
なんだか変な感覚がする。声が響かない……?
歌い終わってしばらくすると夕輝と紡ちゃんがドアを開けて入ってくる。紡ちゃんがなんだか目をキラキラさせている。
「ゆ、夕輝くん……ここってもしかして防音室!?全然明音ちゃんの声聴こえてこなかったよ!!」
夕輝はこともなさげにそうだよと返したけど、防音室ってマンションの一室にあるものなの……?というかなんでそんなものが用意してあるんだろう。
夕輝って、やっぱりお金持ちでしょ……。
訝しげな目で夕輝を見つめると視線に気づいて困ったような苦笑いを浮かべていた。