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色づく日

明音視点の番外編です

 私の世界は灰色だった。

 色がわからないとか判別ができないってことじゃなくて、流れる景色も風景も空気も人も、自分自身も……すべてがどうでも良くて退屈で何もかもが同じに見えた。


 みんな興味ない。なんだっていいしどうだっていいよ。


 そう思うようになったのだって大したことではない、よくあるちょっとした子供の頃の出来事。誰にでもあることで少し嫌なことがあった。それだけ。嫌なことがあって心を閉ざした。そして世界は色褪せた。


 だけど興味がなくてどうだっていいはずなのに毎日が息苦しくてわけもなく泣きたくなる。


 どうでもいいなら、どうなったっていいよね。子供ながらにそんなことを考えていた中学生くらいの頃のこと、私は歌と出会った。


 私は昔から何もしていなくても不思議と人が集まる何かがあるみたいでいつでも人に囲まれていた。それは存外煩わしいもので無理に追い払えば角が立つから私は少しずつ波風を立たせず孤立する術すべを学んだ。


 誰とも仲良くせず、かといって敵対もしない。必要なら力を借りられるけど積極的には関わらない。そんな生き方をしていたからそれなりに流行の話題は耳に入った。


「ブッシュドノエル解散って─」


「何聞いてるの?」「これ知らない?ブッシュドノエルの─」


 中学校に上がりたての頃、私たちの少し上の世代はそんな話題をしていたようで私たちの世代でも軽く噂になっていた。

 だから気まぐれについ最近解散したと噂のブッシュドノエルの動画を見た。


 世界が変わる音がした。ブッシュドノエルだけが色付いていた。その音だけが音でそれ以外はただすり抜けた。


 それから私は歌うようになった。人目を忍び歌っている時灰色の世界から唯一抜け出せる瞬間だった。退屈にとけて何もなくなってしまいそうな空っぽの心を満たす時間。歌うときは本当の私でいられた。


 だけど、それも長くは続かなかった。はじめは楽しくてそれだけが生きる意味で私の世界だったのに色づくことを知ったから日々の灰色はより強調され退屈が私を蝕んだ。


 私は次第に歌うことすら楽しいとは思えなくなっていた。歌うことが苦しい日々の息継ぎになっていた。


誰か、助けて……。


 周りに誰も近寄らせずに生きてきた私を助ける人なんていないのに。


 そうして歌うことだってもう苦しくなり始めた高校2年の春のこと、夕陽が輝き私を照らした。


 はじめは鬱陶しくて癇に障る存在だった。何がしたいのか毎日毎日飽きもせず声を掛けてくる。声をかけたと思えばすぐにいなくなって突き放す隙もない。

 それでいて突き放してしまえば危うい均衡で成り立つ私が整えた付かず離れずの立場は崩れ去る。それはそれで面倒くさい。ジワジワと苛立ちが募り始めた。

 灰色の世界に最初に湧き出た色は怒りの色だったんだ。


 苛立ちを覚えつつも突き放すこともできずいつも通り向こうに距離を取らせることもできない。

 しかも、良いように利用されているところで更に追い討ち。せっかくみんなを適度に遠ざけるように場を整えたのに毎日毎日アイツが気安く声をかけるから私から距離をとっていた周りまで私に声をかけるようになった。


 灰色だった世界はイライラで随分と赤く染まり始めていた。そんなイライラを逃がすように屋上で歌っている日のこと、屋上を隔てるドアの向こうで騒ぐ声がした。


 もう限界寸前だった私の怒りは限界を超えてドアを押し開けた。避けたければ避ければいい。多少の不都合も知らない。突き放してやる。


 そう思って扉を開けて、そこにいた純粋でキラキラした目をする明野さんに毒気を抜かれた。素直な目に怒る気持ちも霧散した。


怒りはしないけど……関わりたくもない。


 私の心が閉じるみたいに屋上のドアから手を離した。もういいよ、どうだっていい。どうせみんな灰色、同じなんだからみんな拒絶しちゃえばいい。疲れたよ。


 でも夕輝はそれを許さなかった。


 世界を変えるんだって宣言して、昔話だって語る姿はどう見たって私よりボロボロで必死そうで苦しそうなのに、なんでそんなに頑張れるの?


 あなたについて行けば、私もこの灰色から抜け出せるの?


「世界を変えるなんて……」


 思わずそんなつぶやきが漏れてしまった。できるはずない。世界は変わらない。


 でも、もしも変わるなら私はこんな灰色の世界ぶち壊したい。色づき溢れる世界が見たい。


 それで私は思い出した。ブッシュドノエルな歌を初めて聞いた時世界が色づいたことを。

 忘れていたんだ。苦しみから逃れたくて、歌うことの意味を忘れてた。


 もしも、もし私があなたについていけば……傷ついて絶望してボロボロになっても、それでも極彩色の素敵な世界を私も見られるのかな。


 そう思うと不思議と口角が上がった。いつもみたいにわざと口角を上げて笑顔を作るのとは違う。心の底から自然に笑えた。


 その日見た夕陽はとても眩しく綺麗で、世界はもう灰色をしてはいなかった。


 ねぇ、夕輝。あなたの見る世界を見せて。私はもっと綺麗で色に溢れた世界を知りたい。


 だから、あなたと共に夢を見させて。

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