第3章 午後の病室
翌日。
白を抱いた病院のロビーに、水沢の古びたコートがあった。
受付に名前を告げると、案内されたのは窓際の個室。
ノック。
扉の向こうから、小さな声が戻ってきた。
「……どうぞ」
夏純は窓辺に立っていた。
白いカーテン越しに差し込む朝の光が、彼女の髪を、輪郭を、そして不自然なほど整った表情を、柔らかく照らしていた。
「来るとは思わなかった」
「先生。今日大阪で学会なんでしょう?」
声だけ聞けば、いつもの夏純と何も変わらなかった。 彼女は、普段通りであろうとしていた――それが嘘であっても。
「君、なんとも言わなかった」
「佐伯から聞いた」
「……最初は、嘘だと思った」
「私自身が、本当だって思わないから」
間を置いて、彼女は続けた。
「検査の結果は、来週出るって。でも……何か違うって、自分でもわかるの。身体って、嘘つけないものだね」
水沢は何も言わず、彼女の前の椅子に腰をおろした。
しばらくの沈黙のち、
夏純がふと、視点を外したままつぶやいた。
「・・・」
「私が、なくなるかもしれないって、思うと」
夏純の瞳が、ほんの濡れた。
その感情は、混濁した「本物」だった。
水沢は無言のまま彼女の手をとった。
初めて彼は額に唇をよせた。
彼にとって言葉に変換されることを拒否した感情の、唯一の発露だった。
――愛は、論理の外側で確認される。
そして、その不確定性を肯定することが、彼なりの「答え」だった。
夏純は、驚いた。そしてそれは極上の喜びを伴っていた。
どんな思考実験でも計測できない何かが起きるのだ