第2章 午後の研究室
火曜の朝、水沢は淡々とした手つきで最後のスライドを閉じた。 構成に冗長はなく、内容に空白はない
。
そのとき、机上のスマートフォンが振動した。 液晶に浮かんだ文字列は「佐伯」。
時間はまだ八時を回ったばかり。 彼がこの時間に連絡を越して寄すのは違う例だった。
「はい、水沢です」
数秒の沈黙の後、届いた声は――いつもの彼ではなかった。
『……先生。あの、ちょっと……話が……』
水沢は一度だけ瞬きをし、背筋を直した。
言い淀み。呼吸の不均衡。言葉の切断。情報伝達者としてのが、佐伯がこんな話し方をするのは初めてだった。
「何か、ありましたか」
数拍の沈黙その後――彼の声は、慎重に言葉を選ぶように続いた。
『夏純君が……、昨日病院に行った。CT、それとMRIも。』
「……?」
『脳腫瘍の疑いがあるとのことです。良性か、あるいは悪性か、まだ……』
言葉の途中で、水沢の意識はスライドの内容から、完全に遊離された
。
「症状は?」
『ここ最近、頭痛とふらつきが続いていたらしくて……でも、本人は「問題ない」って言い張ってて』
『おい、水沢だいじょうぶか。」
「まだ確定したわけじゃない。」
「おまえ、明日学会だろう。そっちを片付けてからにしろ』
数秒後、電話が切れた。
水沢は深く、静かに息を吸った。肺の奥まで空気を満たしても、胸の中に残る鈍い圧迫感は消えなかった。
――病気。
その一言は、彼の思考回路を構成する全てのロジックにノイズを生じさせた。
「もし」それが本当だったなら
?