ユガタ体を張る
ーーこいつ、変態なうえに狂人だ……!
ユガタから嫌な冷や汗が一筋垂れる。これはまずいと。他の女の子達も先程より目に見えて怯えてしまっていた。
「さあ、誰から可愛がってあげようか? 食してあげようか? ふふふははは!」
クルイトはオーバーな動きで振り返り、自身の露出した身体を女の子達に見せびらかしながら舌なめずりをし、選り好みしていた。ユガタはその様子にどす黒い怒りの感情が腹に溜まってくる感覚を覚えた。そしてこの状況を何とかしなければと、唯一の男である自分に出来ることを考えた。
ーー僕がオレガみたいに屈強なら……でもそれを今願っても仕方がない……なら!
「さぁどの娘からいただこうかなぁ?」
「あの……クルイト……様……ぜひ私からにしてください……」
「おやおや〜自分から立候補するとは、なかなか積極的だねぇ」
「どうせいただかれるなら、はじめに食していただきたくて……」
「ふふふ、他の娘を庇っての自己犠牲精神かなぁ? 嫌いじゃないねぇ……」
ユガタは孤児院時代に培った、大人の男を魅力し誘惑する扇情的な動きで自分の上半身の服を脱いでいく。その様子にクルイトは釘付けになり、他の女の子達への関心が薄まる。
「恥ずかしいですが……いかがでしょうか?」
「ほう、どうやらお胸は育ってないようだか、かえってそそられるねぇ」
ユガタは上半身の服を脱いで、わざと恥ずかしがる乙女の様な声色を使い、無い胸を意図的に手で隠す様にポージングをする。その様子にクルイトはまんまとはまり、息荒く興奮している。そして急激にユガタに近寄ってきて、細長い指でユガタの頬を撫で、その流れで身体をなぞってきた。ドン引きの鳥肌が立ちそうな行為だったが、ユガタは過去の孤児院時代の司祭の可愛がりによって耐性が出来ていたので、冷静さを失わず、似非スマイルを浮かべている。まだ、動くのは今ではないと、この変態に一矢報いるチャンスをうかがっている。
「ふふふははは、可愛いねぇ、さて、下の方も楽しませてもらおうかなぁ? ふふふははは!」
男がハァハァ顔を赤らめながら自分に夢中になっている事が明確にユガタに伝わる。チャンスの時が来たのだと。
「ふふふははは! ……? この感触……まさか!」
「まさかだ! 僕は男だ!」
「なっ! ガッ!」
クルイトは予想外の驚愕の事実に戸惑い隙が生まれたのをユガタは見逃さず、全裸で露になっている男の急所をユガタは渾身の力で蹴りあげる。その耐え難い激痛に急所をおさえながら悶え苦しむクルイト。クルイトの集中が途切れたからか、洞窟の出口を覆っていた黒い靄も消えていった。
「今だよみんな! 早く逃げて!」
「っ! は、はい!」
ユガタの呼び掛けにすぐさま反応出来た女の子が、他の女の子を引っ張りあげて、出口に向かって駆け出す。
「がっ、くそが! 逃がすか!」
「そうはさせるか!」
「がはっ!」
まだ蹲って股間を抑えていたクルイトに、またもやユガタの渾身の力で顔面を蹴り飛ばす。その隙に捕らえられていた女の子達は薄くなった黒い靄の壁を何とか通り抜け出口に向かっていった。
「よし……みんな逃げれたかな……僕も……うわっ!」
「このクソガキがぁ!」
クルイトは照らされたカンテラの光で出来た自分の影からおぞましい獣の姿をした呪現獣を具現化してきた。その呪現獣の剛腕に片足を捕まれ、宙吊りにされるユガタ。
「顔はいいのに残念だ! 私は男は喰わない主義でね!」
「くっ!」
「だか、その可愛い顔が苦痛に歪む姿を見るのは楽しみだ! 女達はまたあとで捕まえればいい! 今はキミで遊んであげよう!」
「は、なせ! うわっ! がはっ!」
ユガタは呪現獣の腕にぶん回されて壁に激突する。その衝撃で背中には激痛が走り、口の中を噛んでしまい血の味がした。
「私の大事な所を痛めつけた後悔!思い知るがいい!」
「てめぇが思い知れ」
「は?」
クルイトは背後から聞こえてきた低い声色に反応したかと思うと、振り返る間もなく、洞窟の壁にめり込むほどの衝撃を受けた。その衝撃はひとりの大男の拳から繰り出されたものであった。
「オレガ!」
「……たく」
オレガは深くため息を吐き、壁にめり込んでいるクルイトに迫りよった。
「あの手の呪法はそう遠くまで働かねぇ。それに急に切羽詰まった女共の気配が一箇所から現れた。その内の一人が教えてくれたよ。中にまだ一人いると」
拳をゴキゴキ鳴らしながらクルイトに近づく。クルイト自身は既に気を失っていたがその影からなる呪現獣は牙を剥き、オレガに向かってくる。
「てめぇは不味そうだか喰ってやるよ」
オレガは向かってくる呪現獣を片手で鷲掴みし、クルイトから引き剥がし、大口を開けて飲み込む。ごくごくとみるみる飲み込まれるクルイトに宿っていた呪現獣。
「ぷはぁ。腹にはたまるが、喉越しは最悪だったな」
「オレガ……ありがとう」
「たくっ、俺の命がかかってんだ。無謀なことはすんじゃねぇって説教したいところだが」
オレガは呪現獣が剥がれ落ち、みるみる皮と骨だけと言ってもいいほどに痩せ老けていくクルイトを一瞥する。
「おら、さっさと服着ろ。てめぇに礼を言いたいヤツらがいるぞ」
「この変態は……」
「呪現獣をその身に宿す契約をしてたみてぇだがな、その対価だ。もう長くねぇ。ほっとけ」
「はい……でも……」
「こんな奴にも情けをかけるようじゃ、こいつに襲われたヤツらに失礼だぜ?」
「……そうですね」
洞窟を出ると先程捕まっていた女の子達が心配そうに集まっていた。
「良かった……ありがとうございます! えと……」
「ユガタです。皆さんも無事でよかった!」
「本当に良かった……なんとお礼を言ったら……」
「お礼ならオレガに! 僕の力ではその場しのぎしか出来ませんでしたから……」
「おふたりのお陰ですよ! 本当にありがとうございます!」
ユガタと、ユガタを囲う女の子達を少し遠くから見守るオレガ。オレガは口の中に染みてくる、ユガタが感じた血の味を味わっていた。
ーー懐かしいな。血の味か。あの頃以来だな。
「それにしても、男、見せたじゃねえか」
独り言として呟いたその言葉はユガタには届かなかった。しかしその時、ユガタとオレガの手の甲にある魂繋ぎの紋様が僅かに発光した。それに二人は気が付かなかったが。