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共感覚のまじない

「あ、あんたら、何者か知らんが助かった! ありがとう!」


呪現獣がいなくなり、落ち着きを取り戻した羊飼いがオレガとユガタに歩み寄る。


「いえいえ、オレガのおかげですよ」


「俺は小腹を満たしただけだ。人助けなんか興味ねぇ」


「でも、結果的に助けてもらったんだ! よかったらウチの村に来てくれよ! 大したおもてなしもできんがさせてくれ!」


「そんな! おもてなしなんて!」


「遠慮なんかすんなって! ウチのとろーりとけたチーズを乗せたパンなんて美味いんだから」


「お邪魔しましょうオレガ。ご厚意を無下にするのも良くないですから……」


「俺はそんなもの食わねぇ」


ユガタのお腹がまたもや唸る。育ち盛りの少年は食べ物を欲するのだった。


羊飼いが羊を先導しながら村に向かって行くのについて行く二人。もう呪現獣は現れてこなかった。ふと気になってユガタはオレガに聞いた。


「でもどうしてあんなに呪現獣が現れたんでしょう。死した思念が土地などに宿り具現化するんですけど……」


「簡単な事だろ、この辺で大量に獣が死んだってことだろ」


「はい……その通りです」


羊飼いは二人の方を振り返ることなく話し始めた。


「去年の冬、異常な程の寒波がやってきまして、村では作物も育たず、家畜も弱り数が減る中、森に生きる野生の動物達を狩りました。それは私たちが生きるには仕方の無いことですが、その狩られた動物達の怨念がきっと呪現獣になって、私達に復讐しに来たのでしょう」


「そう……ですか……」


「弱肉強食、強いものが喰い、生きるそれだけの事だ。それに対して怨念なんか抱かれちゃ堪んねぇな」


オレガはつまらなそうにそうセリフを吐き捨てた。ユガタは先程襲ってきた呪現獣達が霧散していった地を振り返り、静かに黙祷した。


「呪いなんざに情けをかけるなぁ、ほんとあまちゃんだな」


「あまちゃん結構です。全ての命に、かつての命に尊敬の念を抱くのは僕のセオリーなんです」


「自分の命はそこに入ってねぇみたいだがな」


そう言われたユガタは動じることなく黙祷を終え、羊飼いを追いかけた。オレガも面倒くさそうにその後を追う。ふともうひとつ、ユガタは気になったことがあったのでオレガに尋ねた。


「オレガ、その、呪現獣ってどんな味なんですか?」


「あぁ? 味なんかしねぇよ」


「え、でもあんな嬉しそうに食べてたじゃないですか」


「呪現獣は唯一俺の腹に溜まるもんなんだよ。味はしねぇが喉越しがいいぜ! ピリピリきたり熱さが刺してきたり、まさに刺激の塊よ!」


「それ本当は食べちゃまずい合図なんじゃないですか?」


羊飼いの家まで案内された二人。お上品に椅子に腰掛けるユガタと大股を開いてどっしり座るオレガ。


「ささ! 遠慮せず掛けててくれ! 今チーズ乗せたパンを用意するからよ!」


「お言葉に甘えて……失礼します」


「けっ、俺には得のない話だ」


羊飼いは火を起こし、フライパンにチーズの塊を乗せ温めていく。次第にその形は溶け崩れ、芳醇なチーズの匂いを漂わせ始めた。


「うゎ〜。チーズ……孤児院時代には手の届かなかった食べ物……うわぁ〜!」


「腹にたまればいいさ食い物なんて」


「美味しいに超したことはないですって言ってるでしょ! ……そうだ! オレガ! オレガにひとつまじないを掛けてもいいてすか?」


「拒否する」


「のを拒否します!」


「だから案外押しが強いな。なんのまじないだよ」


「ふふふ、それはですねぇ〜」


ユガタは何やら神に捧げるかのようにまじないの言葉を口ずさむ。そうしてオレガの口元に自分の口元を息がかかる程近づける。オレガは美形の少年の顔が間近にきても全く動じない。ユガタとオレガはまさにキスをするかのような距離感にいる。チーズを温めていた羊飼いはチラッとその様子を見て頬を赤らめていた。


「汝、我と同じ想いを感じよ。オレガ、口開けて」


ユガタの詠唱が終わり、口の中に溜まっていたまじないの言葉が具現化した宙を漂う紋様を、ふぅ、と吐息と共にオレガの渋々開けた口の中に吹き届ける。ユガタのまじないはオレガの舌に刻まれた悪食の呪いを更に覆うように、獣の紋様を包むように刻まれる。


「よし! これでいいはず!」


「なにがいいはずなんだよ」


「あの〜お邪魔してしまいすみません……チーズ乗せパンができあがりましたよ」


「邪魔じゃないナイスだ。この小僧に食わせてやれ」


「オレガもたべるんですよ! 僕と一緒に!」


「あぁ? 呪い以外腹にたまらんし、味もしねぇもんなんか……」


「いいから! たべる! 一緒に!」


ユガタとオレガは目の前のテーブルの上に差し出されたとろーり溶けたチーズがたっぷり乗ったパンを摘み、ユガタはよだれが垂れそうな小さな大口で、オレガは渋々開いた口で一緒のタイミングでパンを頬張った。


「ん〜〜〜! とっても美味しいです!」


「……」


ユガタは落っこちそうなほっぺたを片手で押さえながら適度に塩気と旨みが満ちた口の中を味わう。オレガは予想外の事に驚きながらも、口を動かし無言で咀嚼する。


「どういうことだ……腹にはたまらんが……」


「へへーん! 味がしますか?」


「いや、味がするというより……美味いって感じを俺の舌が知覚しているな……てめぇのまじないか?」


「通称! 共感覚のまじないです! 僕の知覚した感覚をオレガも感じ取れる! はずなまじないです!」


ユガタのセリフを聞き、オレガはもう一口パンとチーズを齧る。しかし舌触りはするものの味はしなかった。


「あ! 食べるなら僕と同じタイミングでないと!」


「……めんどくせぇまじないしやがって……オラ、俺が食うのに合わせろ」


「はいっ!」


一口、二口、そして三口と、一口毎に豪快に食べ進める。


「「美味い!」」

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