暴君のお食事タイム
夜の静けさも潜まり、小鳥達の歌声が森を包み込む。生い茂った木の枝葉の間からは朗らかな陽射しが差し込む。ユガタは太陽の元習慣である神への祈りをしていた。オレガは目覚めの大欠伸をしてその姿を不遜な視線で見つめている。
「神に祈るなんてやっぱりシスターじゃねえか」
「神に祈るのに性別は関係ないですよ」
「神なんかいやしねぇよ、アホが」
「おお、可哀想な子羊にも神の慈悲あらんことを〜」
「俺のどこが子羊だって? あーん?」
オレガはこれみよがしに自分の筋骨隆々な身体をポージングしながらユガタに見せつけてくる。ユガタは呆れとやや嫉妬の混じった視線を向けていた。
「ともかく神は申してます。汝隣人を愛し助けよと。だから僕も誰かの為に何かなせればと日々心がけてます」
「はいはい殊勝な事だ。死んだらきっと天国行きだろうな。アーメン」
「僕が死んだらオレガも天国来ちゃいますよ? 死なせないでください!」
「オレが死んだら地獄だよ」
「……何か……罪があると」
「プライベートな質問は却下、そんな仲じゃねぇだろ」
「魂繋がってる仲ですよ!」
ぶつくさしょげるユガタだか、ふと何かを閃いたのか両手をポンッと合わせて自信満々にオレガに顔を寄せる。
「なら僕のプライベートを教えてきます! だからその内オレガのプライベートも教えてくださいね!」
「拒否する」
「拒否するのを拒否します!」
「意外と押し強いんだなてめぇ」
「ま! 自己紹介がてら! 歩きながら話しますよ! 旅の暇潰しにでも!」
ユガタは意気揚々元気いっぱい歩き出そうとしていましたが、オレガが猫の首根っこを摘むようにユガタを片手で持ち上げた。
「うわっ、何するんですか!」
「行先はきまってんのかよ」
「あ」
ユガタはその辺に落ちてた真っ直ぐな枝切れを拾い、何やらまじないの言葉を唱え始める。すると言葉が具現化し持っていた枝切れにまとわりつく。オレガは、ほぅ、とやや感心してそのまじないをかけるユガタを眺める。まじないの言葉を唱え終わり、枝切れがうっすら発光すると、持っていたその枝切れの切っ先を、はぁっ!と、勢いよく地面に突き刺した。暫く垂直に立っていた枝切れだか、一瞬強く発光すると共に、行き先を示すように倒れた。
「あっちの方に呪現獣の気配がある! はずです! どれくらい先にあるかは分かりませんけど!」
「思ってた以上にアバウトな道案内だな。大丈夫か?」
「これでもモノ探しのまじないは得意なんですよ! その要領でやってるので! 大丈夫です! たぶん!」
「最後の一言」
オレガはやれやれと呆れながらもユガタのまじないの指し示す方へ歩き始める。ユガタもオレガの大きな歩幅のスピードに合わせてやや歩調を速めてついて行く。
「いざ! 旅立ちですね!」
「ったく……賑やかな旅になりそうだぜ」
二人の歩く先は木々が生い茂り視界を埋めつくしている。辛うじてあるけもの道をズカズカ横暴に歩き進むオレガに、懸命に後を追うユガタ。ハァハァ息を切らしながらも置いていかれないように歩みを止めない。オレガはチラッと後ろのユガタを見やり、はぁ、とため息をつき足を止めた。
「俺が担いでった方が楽なんじゃねぇか?」
「い、いえ、そこまでお世話になるつもりはありません!」
「いや、俺が楽したいからだよ。てめぇを気にしながら歩くのはめんどくせぇ」
「それは……すみません……でも! 僕は自分の足で歩きたいです!」
「けっ! ならちゃんとついてこいよ」
「むしろ追い抜きます!」
そういうとユガタは息を整えてから駆け出しオレガの先を駆け出した。オレガはまたもや呆れ顔をしながら変わらぬ歩調でユガタの後を追う。
ユガタは駆けながら、時折オレガが後ろにいることを確認し、また走り出す。その繰り返しをしている内に次第に木々の隙間が空き、視界が開けてきた。
「オレガ! 森を出ますよ! 何があるんだろ!」
「世間を知らねぇガキンチョがテンション上げやがって、あんま離れんなよ。てめぇになんかあったら……」
オレガの歩みが一瞬止まる。そして何かを察知したように険しい顔に。ユガタはその様子を小走りしながら振り返り見ていた。前方に気を向けていなかった。
突如ユガタの進む先から、狼ほどの大きさの黒い影を具現化した生物、呪現獣が一匹、ユガタの顔に喰いかかろうと飛びついてきた。ユガタはまだ気づいていない。気づいたのはオレガ。
「なんかあったら俺が死ぬんだからよぉ!」
刹那のオレガのセリフと拳がユガタの顔スレスレを通り過ぎた。その拳は狼の様な呪現獣の顔にめり込み、遥か彼方へ吹っ飛ばした。
「うわっ! びっくりした!」
「びっくりした! じゃねぇよ! だから俺が担いでた方が安全なんだ! 俺がな!」
「うぅ……でも! 僕のまじない当たってましたよね! ほら! 呪現獣がいたって!」
「小物だがな……ああくそっ! しまった喰いそびれた!」
オレガに吹っ飛ばされた呪現獣は次第にその形を失い霧散していった。霧散した黒い瘴気は空へと上って行った。
「あ、呪現獣が消えてく……あれ、オレガ! よく見て! 平原の先! あっち!」
ユガタが何かに気づいたようで指を指した。オレガもユガタの指し示す方へ視線を向ける。今二人のいる所からでは豆粒程の大きさしか見えないが、白いもくもくの群れ、羊の群れと、おそらく羊飼い、そしてその周りを囲む、黒い瘴気を放つ先程の狼のような呪現獣の群れが見えた。
「オレガ! あの人と羊さんが呪現獣に襲われてます! 助けないと!」
「ほほぅ、さしずめ、酒のつまみが転がってるてなっ!」
オレガは呪いの紋様刻まれた舌をペロリと舐め出した。
「くっ来るな!」
羊飼いは等身大の杖を振り払いながら羊達と自分を狙う狼のような呪現獣を遠ざけようとする。しかし呪現獣達は怯むことなくジリジリと牙を剥き、瘴気を漂わせながら近づいてくる。そして一匹が羊飼いに飛びつこうと跳躍をした。
「う、うわぁぁぁ!」
「いっただきまぁ〜す!」
その瞬間オレガが羊飼いに飛びついた呪現獣に猛突進し、片手でその頭を鷲掴みにする。何が起こったのか把握しきれていない羊飼いを他所に、オレガは手の中で悶え暴れる呪現獣を頭から大きな口でがぶり、と一口。そして一気に酒を飲むかのように飲み込んだ。
「ぷはぁ、まあ小物だから喉越しはイマイチだな」
そうして口元を軽く拭い、残りの呪現獣達を見据え、ニヤリと笑う。呪現獣達はオレガに対して警戒心を強め、より臨戦態勢をとった。
「ま、数がいりゃあ多少は食べ応えがあるってもんよ!」
そうして嬉々揚々、血気盛んに呪現獣達に襲いかかるオレガ。襲い来る呪現獣を鷲掴みにしては大口で噛みつき、飲み込み、また鷲掴みにし、を繰り返す。
「はぁ、はぁ、オレガ! うわ凄い……」
遠方より息を切らせながら駆け足で羊飼いとオレガの元へと向かうユガタ。
「羊飼いさんは無事ですか! 羊さんも!」
「知るか! 今食事タイムだ! 邪魔すんな!」
オレガは厳つい笑顔を浮かべながら呪現獣を喰らい暴れ狂う。その姿はまさに暴君というのが相応しい姿であった。
ユガタは気づいた。オレガが大勢の呪現獣達を相手取っている場所から少し離れた、羊達が逃げ固まっている少し後方の大地から、黒い瘴気が湧き出し、獣の姿になるのを見た。その一匹の呪現獣が群れから少しはぐれた子羊に狙いを定め、駆け出した。
「羊さん! 危ない!」
ユガタは子羊を庇おうと呪現獣と子羊の間に割って入る。呪現獣はその猛進を止めずそのままユガタに牙を剥く。ユガタは恐怖に怯えながらも子羊を身を呈して庇おうとする。
すると、ユガタの目の前の呪現獣が何かにぶつかり横に大きく吹き飛んだ。ユガタは驚きつつも、飛んで行った呪現獣に目を向けた。そこには二匹の呪現獣が横たわっていた。その身体は次第に霧散していった。
「てめぇ……」
その消えた呪現獣の一匹はオレガが投げたものだった。オレガの周りを囲んでいた呪現獣はもう既に喰い尽くされていた。オレガはズカズカとユガタに歩み寄り、その胸ぐらを掴み持ち上げる。
「てめぇが死んだら俺が死ぬこと忘れてんのか! 余計な真似すんじゃねぇ!」
「それはごめんなさい! でも余計な真似とは酷いです!」
「てめぇはてめぇの命だけ護ってろ! 俺を死なせん為だけに!」
「メェ〜、メェ〜〜!」
ユガタに庇われた子羊がオレガの丸太の様な脚に体当たりする。その光景に呆れ、脱力し、雑にユガタから手を離す。尻もちをついたユガタに子羊は近づいてそのもふもふな身体を擦りつけてくる。
「あ、もふもふ、よしよし。お礼ならこの人に言いな」
「メェ〜!」
「何だかなぁ……はぁ、先が思いやられるぜ」