16. 薄汚れたところ
■ 17.16.1
そこは少し薄汚れた感じのある、ヒトが十人も入れば窮屈さを感じる程の大きさの小さな白い部屋だった。
天井は壁よりも幾分汚れが少なく、所々光を発する部分があり、部屋全体を無機的な白い光で満たしている。
床はなんの材質か分からないが、元々そうだったのか或いは全体的に汚れたのか、白と言うよりライトグレイと言った色だった。
俺はその部屋のほぼ中央に置かれている、座り心地の余り良くない古びた椅子に座っている。
部屋の中にあるのは、それだけだった。
壁には一枚の張り紙も無く、窓も無く、唯一出入口のドアが俺の正面の壁に存在するのみだ。
それさえもドアは壁とほとんど一体化しており、ドアと壁の汚れの濃さの違いで浮き上がる境界線が見えるだけで凹凸も無く、ほぼ何も無いに等しかった。
ハバ・ダマナン軍警察の輸送車に押し込まれ、警察署と思しきところで輸送車から降ろされた後、まずは医療施設らしき場所に連れて行かれた。
病院と言うよりは、警察署と同じ建物の一角にある医療部という感じの場所で、失った右腕が元々突いていた部分に簡単な応急治療を受け、多分麻酔薬か、或いは化膿止めか何かの薬を傷口にスプレーされると、身体の芯を常に這いずり回っているようだった激しい痛みもかなり治まり、忘れることは出来ないが我慢するために顔を顰める必要は無いほどの弱く鈍い痛みに変わった。
ルナが貼ってくれたプラスタは治療の時に取り除かれたので、新たなプラスタをベタベタと張り付けられて、治療の時に着替えさせられた貫頭衣の様な服装のままこの部屋に連れて来られて、そしていまに至る。
警察署に着いてからこっち、移動用ベッドや車椅子に乗せられるわけでも無く、全て自分の足で歩かされ引きずり回された。
どうやらここの警察にはけが人をいたわるという発想は無いらしかった。
自分の足で歩ける限りは自分で歩け、という事らしい。
そして、少し明るめのチャコールグレイの軍警察の制服を着けた警官にこの椅子に座って待機するよう言われ、その警官が部屋から出て行ってからもうかなりの時間が経つ。
まさか、この超絶殺風景な部屋の中に一人で長時間放置することで容疑者の精神的安定性を失わせようと意図している訳でも無いだろうが、それにしても暇すぎた。
どうにも俺は警察の取調室という場所に縁がありすぎる。
もしかしたらこの部屋は留置所の個室なのかも知れないが、それにしては部屋の中にトイレや寝台が存在しない。
やはり取調室なのだろうと思う。
警察に捕まると同時に首に嵌められた首輪によって、ネットワークへの接続も切断されているので、一緒に捕まってしまったルナや、相当心配しているであろうレジーナ達に連絡を取ることも出来ない。
勿論暇つぶしにネット上のニュースやエンターテイメントに接続することも出来ない。
多分その気になればこの首輪を通して脳内のチップに指示を出し、俺の身体の自由を奪うことも可能なのだろうと思う。
もしかすると思考も奪い、指示されたままにありとあらゆる事を喋るようにすることも出来るのかも知れないが、流石にただの連行された容疑者にそこまでやると人権無視で問題になるのじゃ無いかと思う。
いや、銀河種族ならその程度のこと当然のようにやりかねないし、善人から悪人、善良な国家から悪辣な国家まで様々なヒトや種族、国家がひしめくこの銀河で、開かれた自由貿易港という立場を維持し続けることが出来るハバ・ダマナンの、ここは軍と一体化した警察権力なのだ。
犯罪の容疑者に対して容赦無しに苛烈な対応を取る可能性も否定は出来ないだろう。
「お前の名前は?」
などとどうでも良い様な事を暇に任せてぐるぐると考えていると、突然天井から声が降ってきた。
どうやら取調官が入室するわけでは無く、姿を見せない警官から遠隔で質問されるスタイルらしい。
人が入ってこないなら、当然カツ丼が出てきたりもしないのだろう。
・・・そう言えば当分何も食っていない。腹が減ったな。
「マサシ・キリタニ。」
答える対象が居ないので、仕方なく天井を眺めながら答える。
聞かれたことだけ最低限を答えるか、或いは聞かれていないことまでべらべら延々と喋り続けてウンザリさせてやるか、どっちの嫌がらせをしてやろうかと迷ったが、ガキじゃあるまいし無意味に抵抗しても面倒な事になるだけだ。
前者のスタイルを採用した。
「国籍、職業、本星での滞在先は?」
「地球人。輸送船船長。滞在先は自分の船だ。」
「船の名前は?」
「レジーナ・メンシスⅡ。」
「今その船はどこに居る?」
「ビスニステ港。」
その後身元確認のための質問が幾つも続く。
首輪からチップのIDを読み取れば話が早かろうに、なぜこんな伝統的な尋問スタイルなんだ。
もしかするとこうやって「お前は今警察署にいて、尋問をされている容疑者なのだ」という精神的な圧力を掛けているのかも知れないが。
「グロードレリ運送業ギルドから受諾した依頼の内容は?」
「依頼人の少女を一人、ハバ・ダマナンからエワソッド星系第三惑星ヒルデルまで送り届けることと、その道中の依頼人の安全確保だ。」
「その依頼は違法なものではないのか。」
「は? 十七歳のガキを一人運ぶだけだぞ。なんの違法性がある。銀河系内で一般市民の移動の自由は保証されているだろう。」
何を言っているんだこの警官は。アホか。
「その依頼が違法なものでないことをグロードレリ運送業ギルドに確認したか?」
「いちいちそんな事しねえよ。グロードレリも依頼人の詳細な身元確認はしてないって話だった。」
裏稼業や闇ギルドの類じゃないんだ、まともな運送組合なら初見の運び屋に違法な依頼と分かっていて仲介するわけが無い。
アレマドの紹介だ。おかしな組合では無い筈だ。
この調子でいささかイライラさせられる尋問が続く。
「レテトアーケアパートメントの十四階で乱闘事件を起こしたのはお前達で間違いないか?」
「レテトアーケがどのビルのことか知らないが、アパートメントになっているビルで襲われたな。」
「その時の状況を話せ。」
「こっちは依頼人の安全を確保するために追っ手から逃げ回っていた。そのレテトアーケとか云うビルの十四階にある隣のビルとの連絡通路で十五人くらいの男達に待ち伏せされて、前後を挟まれて逃げ場をなくした上で襲撃された。依頼人の安全を確保するために応戦した。」
「事件を起こしたことを認めるか。」
「人の話ちゃんと聞いてるか? 襲われたから仕方なく応戦した、と言っている。」
「状況はどうあれ、事件を起こしたこと自体は認めるか?」
「耳が悪いのか? それとも悪いのは頭か? 襲われたから仕方なく応戦した、と言っているだろう。暴力事件を起こそうとしたのは待ち伏せしていた奴らだ。俺達じゃない。」
「質問を変える。襲われたから応戦したのだな?」
「そうだと言っている。」
「その後、バルティルクールナ通り二段の地下道で発生した乱闘事件を起こしたのもお前達か?」
「その通りがどこなのか知らんが。地下道でも別のグループに襲われて応戦したのは確かだ。」
「その時の状況を話せ。」
まるでマニュアルでも読んでいるかのように、似た様な質問の仕方をしてくる奴だ。
実際、マニュアルがあるのだろうな。
「さっき話に出たアパートメントビルから隣のビルに移り、地下に移動した。依頼者を守りながら船に戻るためのビークルを拾うため、最寄りのビークル停車場に向かった。その地下道を移動している時に、前からやって来た十一人だったか、チンピラのグループに呼び止められていきなり銃を向けられた。同じく依頼人の安全を確保するために応戦した。依頼人の安全確保は依頼の条件のひとつだし、先に武器を向けてきたのは向こうだ。」
「そうか。死傷者の発生している二件の乱闘事件に主に関与しているが、いずれも依頼の条件だった、と。正しいか?」
・・・ちょっと待てよ?
「おい、ふざけるなよ。何が主に関与、だ。こっちは暴れるつもりなど毛頭無かった。どっちも相手が襲いかかってきたから仕方なく対応しただけだと言ってるだろう。まるで俺達が好き好んで暴れたかのような言い方をするんじゃねえよ。」
「些末な差異だ、では次に・・・」
「ちょっと待て。何が些末な差異だ。人の話を聞け。俺達が起こしたのと、嫌々応戦したのでは話が全く違うだろうが。調書は正確に取れよ。テメエそれでも警官か。」
と言った具合で取り調べは続き、結局長時間椅子に座らされた俺が大量の失血のせいで急速に調子を悪くし、それが理由で取り調べは中断となった。
声だけで次々と質問を飛ばしてくる警官の取り調べは、このような感じで終始俺の受け答えを微妙に曲解するような調子で続いた。
自由貿易港と言えば聞こえは良いが、実のところ銀河中から後ろ暗い奴等が逃げ込んできて身を隠して生きていくのに好都合で、お世辞にも治安が宜しいとは言い切れないこの街では、裏社会の住人がそれなりに力を持ち街全体に根を張り影響力を持っている。
もしかしなくても警察権力はそのような裏の組織とそれなりに繋がりがあり、色々と問題になりそうな地元のヤクザどもを立件してややこしい面倒事を起こすくらいならば、田舎者で新興国家の国籍を持つ個人輸送業の船長に全てをおっ被せて始末することで、すっぱりと事件の解決を図ろうという意図があるのかも知れなかった。
朦朧とした意識の中、回らない頭で俺はそのようなヤバそうな状況に気付いてしまった。
が、ネットからも切り離され、スタンドアロンのマイ頭脳もまともに働かない状態の俺に何が出来るはずもなかった。
俺の身体にはナノボットが仕込んであり、体調を最適に保とうとするナノボットは俺の体内の血液が不足しているのならば、造血して体調を戻そうと動くはずなのだが、俺の首に付けられた首輪のせいで制御するニュクスと通信が出来ず指示を受け取れないからか、体調管理機能は上手く働いていないようだった。
いずれにしても俺はその薄汚れた白い取調室から引きずり出され、今度こそは狭い部屋の中に寝台と簡易トイレが強引に設置された、こちらもとても清潔とは言い難い程に薄汚れた留置所らしき独房に放り込まれた。
しかし気分を悪くし殆ど頭が回らなくなった俺はそのような部屋の状態に文句を言う余裕さえ無く、妙な臭いのする薄汚れたベッドに乱暴に投げ込まれたそのままの姿勢で意識を失った。
「マサシ・キリタニ。起きろ。部屋から出るんだ。」
体調不良で気を失ったのか、或いは疲れのせいで泥のように眠りこけたのか、いずれにしても翌日まで一度も目を覚ますこと無くベッドに横になっていた俺は、狭く薄汚れた部屋に入ってきた警官が雑にベッドを蹴り飛ばす衝撃と、不快なダミ声のモーニングコールで強引に眼を覚めさせられることとなった。
眼が覚めると体調は多少ましになっており、頭もそれなりに回るようになった。
物理的にも組織的にも薄汚れて悪臭の湧き立つこの警察署から、どうやって脱出するかを俺は考え始めていた。
このまま素直に取り調べを受け続けていたのでは、一人悪者にされて始末されて終わりになる可能性もある。
いかなレジーナとて、ハバ・ダマナン軍警察に正面切って喧嘩を売るわけにも行かないだろうし、アデールやニュクスが暴れたのでは外交問題に発展する可能性が大きく、流石に彼女達でもそんな危ない橋を渡ろうとはしないだろう。
まあもっとも、ブラソンのチームが本気でこの警察署を落としに掛かり、それと呼応して彼女達が本気で動けば割となんとかなりそうな気もしないでも無いのだが。
とは言え、連携も取れていない、なんの打ち合わせもしていない状態で外部からの助けを期待するのも希望的観測が過ぎるというものだ。
独力で何とかしたいが、かと言って右腕を失い走ることもままならない状態でここから逃げ出すのは至難の業だろう。
さてどうしたものかと思案しながら、先導する警官の後に付いて歩いて行くと、昨日の薄汚れた取調室とは違う部屋につれて入られた。
小さな会議室のようなその部屋の壁際に寄せられてテーブルが置いてあり、テーブルの上には見慣れた俺の濃紺のレジーナスカジャンを始めとして、俺が着ていた服や装備品が並べてあった。
「お前の服だ。着替えろ。もたもたするな。」
少々面食らって立ち止まっていると、俺の方を向いて立っていた警官に小突かれてテーブルの方に追い遣られる。
着替えろと言っているのだから、着替えた。
もとより俺の服と装備品だ。返ってくるなら文句があろう筈も無い。
驚いたことに、返却される装備品の中には取り上げられたハンドガンやナイフもちゃんと含まれており、あろうことか右腕の千切れたスカジャンや破れたパンツ、血だらけで真っ赤に染まっていたシャツなど全てが新品となっていた。
つまり釈放されるという事なのか? と、思わず期待してしまう。
片腕で悪戦苦闘しながらシャツを着てパンツを履き、ショルダホルスタを捲いてスカジャンを羽織ると警官が入ってきたドアの脇に立ってドアを開けた。
「着替え終わったなら付いて来い。」
そう言って再び廊下に出た警官は、顎をしゃくって俺に付いてくるように命じて歩き始めた。
どうもこのまま釈放されるという雰囲気でも無い。
一体何がどうなっているのか。
狐につままれたような気分の俺は、しかし成り行き上仕方なく後ろを振り返りもせずに歩き続ける警官の後を慌てて追いかけた。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
今週はちょっと掛ける時間が取れました。
しかしスペースオペラを書いているはずなのに、なんか主人公が肉体労働する場面が多いような気がします。
脳筋テランだから仕方ないとは言え。
うん、次はちゃんと宇宙な話を書こう。




