15. ハバ・ダマナン軍警察
■ 17.15.1
爆風が収まり、辺りに飛び散り空中を漂っていた様々な物がバラバラと地面に落ちる。
ペデストリアンデッキの下に取り付けてあった何かの配管が、少し遅れて地上に落ちて転がる。
辺りにはもうもうと、爆発の煙か、或いは埃かが渦を巻いて流れていた。
ビルの谷間で起こった爆発に、爆発音が辺りに反響して耳がやられている。
今俺の周りが無音の筈は無いが、街の音が一切聞こえない。
だが、チップから直接聴覚野に信号が送られるネットワーク越しの音声は全く問題無く聞こえる。
「メイエラ。混乱している今が逃げ時だろう。視界も悪化している。どっちに行けば良い?」
交差点周りで元気に銃撃戦をおっ始めたマフィアのチンピラどもが、まさかこの爆発で全滅したとまでは思わないが、しかし今の俺と同じ様に音も聞こえず煙で見えず、混乱した状態であるのは間違いないだろう。
なら、間違いなく逃げるなら今だ。
「駄目。アンタ今自分が走れないの忘れたの? LASも居るのよ。見つかったら一発で追い付かれるわよ。ロクな武器も持ってないのに。絶対駄目。そこに居て。」
と、メイエラからは強い拒絶が返ってきた。
中腰になって交差点の方を確認していたルナが一瞬後ろを振り返って俺の方を見る。
「と言っても、ずっとここに居るんじゃジリ貧になるぞ。」
「分かってるわよ! 良いから黙って待ってて! 爆発で辺りのカメラがどれもこれもやられて状況が見えないの!」
・・・メイエラがキレた。
確かに、視界が悪く耳も聞こえていない俺が判断するよりも、彼女の指示に従う方がマシだろう。
カメラが壊れて視界が不良だろうが、IDは追跡出来る筈だ。
「軍警が動いたわ。大丈夫。想定内。あとは・・・」
立ちこめる煙の中、デッキからまだ落下物が地上に落ちてくる影がぼんやりと見える。
その影がゆっくりとこちらに近付いてくる。
「逃げろ! LASだ!」
白濁した視野の中、黒い影がより黒さを纏って明確に人の形となる。
それがLASであると認識した瞬間、反射的に叫んでいた。
交差点を窺っていたルナが後ろ向きに地を蹴り、空中で宙返りをする。
うずくまっていたエリエットが恐怖に目を見開き、慌てて立ち上がろうとする。
一瞬痛みなど忘れて、俺も地面を蹴ってその場を離れる。
LASはこちらを向いて明らかに俺達を捉えている。
駄目だ。
全然間に合わない。
せめてエリエットを。
こちらに向けて上げたLASの右手が持っている銃の銃口が丸く見える。
エリエットの上着を右手で掴み、力一杯引き戻して地面に押し付ける。
その反動で俺の身体が浮いて前に出た。
右肩に衝撃を受けて持っていかれ、空中で身体が回転する。
回る視野が、派手に飛び散る血煙を捉える。
ルナの黒刀が一閃、LASを斬るのが見えた。
僅かな滞空時間の後、俺の身体が地面に落ちた。
無理な体勢でエリエットを引き倒したので、受け身も取れずにもろに肩から地面に激突した。
その肩が激痛を発する。
思わず身体を丸めて絶え間ない激痛を伝える右肩に手をやる。
が、ぬるりとした嫌な感触が指先に伝わり、慣れた形とは違う物が手に当たる。
反射的に右肩を見やった視界に入る、地面の上の赤い液体。
驚くような量が血溜まりを作っているが、もしかして全部俺から出た血か?
視線をずらし右肩を見るが、そこに見えたのは血で真っ赤に染まり右袖がズタズタに千切れたスカジャンと、本来そこにあるはずの右腕がどこかに消えている俺の右肩だった。
右腕が、無い?
そりゃ肩口から腕を切り飛ばせば、地面には相当大きな血溜まりが出来るだろう。
などと妙に冷めた頭で考えた。
腕が無いことを自覚したからか、更に激しい痛みが首筋を駆け上がってくる。
吹き飛ばされた右腕の傷口から地面に叩き付けられた事か、或いは露出した骨が直に地面に擦りつけられた事に依る激痛か。
声も出ず、その場に身体を丸めて肩を押さえる。
「マサシ!」
すぐ近くでルナの声が聞こえる。
メイエラの声も聞こえた気がする。
LASはどうなった。
激しい痛みでまともにものが考えられない。
「応急処置を行います。手を放して。」
視野に地面に突いたルナの膝が見えるが、その声はどこか彼方から聞こえてくる様で。
ルナが俺の左手を掴み、押さえている右肩から離す。
激痛が僅かずつ弱くなっていく気がする。
いや、実際に弱くなっているのだろう。
多分、ルナがナノボットを操作して傷口を処置している。
永遠にも思える時間激痛が続いていたが、それが少しずつ弱くなって少し落ち着いてきた。
大きく息を吐き見上げると、こちらを覗き込むルナと眼が合った。
相変わらず無表情なのだが、随分心配してくれているというのは分かる。
痛みが多少落ち着き、俺はルナの助けを借りながら左手を地面に突いて身体を起こした。
「LASは、どうした?」
痛みに歯を食いしばりながら、歯の隙間から絞り出すように言葉を吐き出す。
「斬りました。もう脅威ではありません。」
その言葉にルナの向こうを見ると、両腕を飛ばされ、胴体も上下に真っ二つにされたLASが無惨に地面に転がって大きな血溜まりを作っている。
確かに。
もう脅威では無さそうだ。
ほぼ単分子の刃線を高周波震動させてHASの装甲さえ切り裂くルナの刀だ。
LASなどひとたまりも無いだろう。
「複数、居るかも、知れない。」
「はい。現れ次第対処します。」
「エリエット?」
「ここよ。ちょっと擦り剥いたけど、大丈夫。」
「そうか。良かった。」
右腕を犠牲にしてまで庇った甲斐があったといいうものだ。
遠くに警察のサイレンが聞こえてくる。
交差点の方からは相変わらず銃撃戦の爆発音が絶え間なく聞こえる。
「マサシ、立てる? 今が逃げ時。というか、今逃げないとマズい。LASからリドの連中に情報が行った筈。少なくともバックアップには絶対行ってる。その場所はバレてる。銃撃戦の隙を突いて誰かが必ず突入してくる。そうしたら他のグループも気付く。」
メイエラが切羽詰まった口調で言った。
「立てるも何も、逃げなきゃ拙いんだろう?」
ルナの行った応急治療のお陰で何とか我慢できる程まで痛みは引いた。
先ほどまでは痛みで何も考えられなかったが、痛みがマシになって話をする余裕も出てきた。
多分俺の体内に仕込まれているというナノボットを使って応急処置をした後、大量のプラスタを右腕の千切れた傷口に貼り付けてルナが少しだけ俺から離れた。
痛みはマシになったが、ある筈の腕が無いというのはどうにも違和感が大きくて気持ち悪い。
「止血はしました。あくまで応急処置です。船に戻ったら調整槽で再生治療を行う必要があります。」
「さっきは十分かかると言ってなかったか?」
「それは動かして問題無いレベルまで組織を修復する場合です。右腕を失っているので動かすことを考える必要がありません。失った腕は、強引な治療をした組織を一度取り除いてから再生することになります。」
俺が立ち上がるのを支えながらルナが言った。
「急いで。軍警がもうすぐ到着する。爆発の煙も晴れる。」
言われて気付けば、ビルの谷間に反響するサイレンの音が幾つも遠くから近付いて来る。
確かにさっきよりも煙が薄くなり、見通しが良くなってきている。
満身創痍だが、依頼人は無事だ。
今の混乱に乗じてこの場から逃げ出しさえすれば、何とかなる。
レジーナに乗ってしまえばこっちのものだ。
ルナに肩を貸してもらった状態で歩き始める。
一歩踏み出す毎に右肩と左脚から発した痛みが身体中を駆け巡る様に感じる。
黄色い誘導線が、今まで隠れていたビルの向こう側でまがり、細い裏通りに消えている。
本来であれば、ルナに先行して貰って安全を確保するのだが、今の俺はルナに支えて貰って無理矢理歩かされないと、痛みですぐに立ち止まってしまうだろう。
幾つものサイレンが近づいて来て、空中から地上に降りる。
こればかりは万国共通なのか、警察車両に取り付けられた赤色のフラッシュライトが辺りを埋め尽くす。
銀河人類が棲息している恒星系はG2型を中心にF8からG8のスペクトル構成を持つ主星に属していることが多く、受光器と映像処理機能が似通っている。
ヒューマノイド型人類の多くは、根源的には同じ種から派生しているらしいという事もあり、大概の銀河人類にとって赤色は目立つ色なのだ。
数人乗りの小型車両が四台地上に突っ込む様に降下してきて急停止し、停止するや否やドアが開いて中から武装した警官がわらわらと飛び出して来て、車体を盾にライフルを構える。
警察車両の側面で光っている、警察車両を示すディスプレイから飛ぶ光りが周囲のビルに反射して随分賑やかなことになる。
続いて輸送車タイプの大型車両が三台降下してくる。
こちらも大型車両とは思えない乱暴な着地で急停止し、横と後ろのハッチが開くと、中から一台当たり十人ほどのLASで武装した警官が駆け下りてきた。
LASで武装した警官は、先に着地していた小型車両の前面に出て横一列のニーリング姿勢で警戒を開始する。
そのまま突っ込んで行くのかと思ったが、多分他の通りに展開した部隊と連携をとるのだろう。
この通りだけで数十名もの警官が投入されているが、まあ、あれだけ派手に銃撃戦を行った上に大爆発を起こしたのだから納得だ。
他の通りにも似たような人数が投入されているだろう。
と、余所見をしていると、肩を貸してくれているルナに身体を押される。
「急ぎましょう。もうすぐ完全に封鎖されてしまいます。」
俺達は黄色い誘導線が示す、ビルとビルの間の狭い路地に飛び込んで身を隠すようにして曲がり込んだ。
俺と、俺の左肩を支えるルナが先行して歩き、その後ろをエリエットがついてくる。
あと少しで裏通りに出るというところで、正面の路地の入口辺りに人影が現れた。
路地を移動する俺達に気付いたらしく、身体をこちらに向け、右手もこちらに向けて上げた。
「止まれ! 武器を捨て、両手を前に出してゆっくりと歩いて出てこい! 妙な動きをしたら撃つ!」
どうやら俺達の前に立ち塞がったのは警官で、こちらに銃を向けているようだった。
ルナの身体が強張る。
俺の身体を支えることを優先しているが、俺が指示を出せば一瞬であの警官の命を刈り取りに行くだろう。
「ルナ、駄目だ。相手は警官だ。面倒なことになる。従おう。」
「諒解。」
これで依頼は失敗かな。
ヤクザ共に追い回されるよりは安全だろうが、エリエットが追い回されている理由が何らかの犯罪であるなら、彼女が釈放されることはあり得ない。
まあ、お互い死ぬよりはまし、と思うことにする。
「早くしろ! 抵抗の意志有りと見なして撃つぞ!」
ルナが手に持っていたレーザーガンを捨てる。
「待ってくれ! 巻き込まれただけだ! 今そっちに行く!」
声を張り上げると右肩に激痛が走る。
クソ。船に戻ったら、次からはもっと麻酔効果の強いプラスタを用意しておこう。
俺達は警官の指示通り、両手を上げてゆっくりと路地から出た。
棒立ちの俺達に警官が走り寄ってきて身体検査を行う。
ホルスタのハンドガンとナイフが取り上げられる。
「勘弁してくれ。俺達は巻き込まれただけだ。このザマだ。病院に行かせてくれ。」
俺が右腕を失くして血だらけなのは眼に入っているはずだが、警官はそれを気にも留めない。
血を流したままぶっ倒れて呻いていれば、多少は扱いも違ったのかも知れない。
「巻き込まれただけの一般人は、レーザーガンで武装していない。」
警官の一人が、ルナが路地に捨てたレーザーガンを拾って出てきた。
ダマナンカス市内では、ハンドガンなどの小型の火器での武装は認められているが、アサルトライフルなどの大型の携行火器は違法となる。
勿論、レーザーガンも違法だ。
「拾ったんだ。多分奴等が使ってた。」
身体検査と武装解除を受けながら答える。
拾ったのは本当だ。
「話は署で聞いてやる。乗れ。」
そう言って警官は俺の無事な方の腕を掴み、輸送車に連れて行った。
勿論、ルナとエリエットも一緒だ。
ハバ・ダマナン軍警の徽章が描かれた黒い輸送車の後部ハッチが開き、押し込まれる。
中は案外に清潔で、両脇に四脚ずつのシートが設えてあった。
警官が俺をそこに座らせ、シートベルトのような拘束ベルトを締めた。
「もう少し優しく扱っててくれねえかな。このザマだぞ。」
と、俺は右腕の無い肩と、血で真っ赤に染まった右半身を視線で示す。
「意識があって、しっかり立って受け答えしている。緊急重篤な状態ではない。」
片腕を吹き飛ばされ血だらけなのは充分に緊急重篤な状態だと思うのだが、そこは人の命が安い銀河人類達だ。
巻き添えを食った一般人が一人くらい死んでも仕方が無い、程度の認識なのだろう。
俺達をシートに括り付けた三人の警官が車外に出ていき、ハッチを閉めた。
すぐに浮遊感が訪れ、輸送用ビークルが浮上したことが分かる。
次に後ろのハッチが開くときは警察署だろう。
面倒なことになった。
思わず溜息が漏れた。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
今回も土日で一気書きです。w
途中、マサシの右腕を止血する応急処置をナノボットを使って行う際に、前に応急処置に十分間以上の安静が必要と言っていたのと矛盾するじゃ無いか、と思われたかも知れません。
作中でルナが言っているとおり、左脚を動かしても問題無いレベルまで回復させるための応急処置は、対象の部位を動かしてはならず、時間もそれなりに掛かります。
とにかく傷口を処置して止血するだけの右肩に対する処置とは異なります。
トイワケで、必要な条件が異なる、というわけです。




