14. 狙撃
■ 17.14.1
痛む足を引き摺りながら歩く数百mは、まるで地平線の彼方まで果てなく続いている道を進んでいるような気がした。
先ほど地下で戦闘を行ったとは言え、ここは地上。
今俺達が居るのは空中に造られた歩行者用通路であり、遙か足元で行われた戦いなど誰も知らない日常の空間がゆっくりと流れている。
左脚のパンツを灼き切られ、灼けて引き攣るような痛みに脚を引き摺って歩く俺はいかにもその空間にそぐわない。
今の世の中、余程金に困っている奴でもなければ身体に障害など持っていることはなく、つまり左脚を引き摺って陽の光の下を歩く俺は酷く目立っていた。
とは言え、プラスタの麻酔効果を与えてなお我慢できないほどに痛む脚で真っ直ぐに歩行することなど出来ず、かといってルナに肩を借りて歩けばなおのこと目立ってしまう。
「北側から大型ビークル接近。デンベグタの実行部隊八人が乗ってる。南からブルキャルの追跡。徒歩で十八人。さっきの連中ね。地上を移動中。後方250m。東方からリドの追加部隊。十二人。これも地上を徒歩で移動中。距離350m。囲まれるわね。他にも、どこかその辺の建物のベランダにさっきのLASが潜んでるはず。」
「クッソ。なんで、こっちの位置が、バレてんだ、よ。IDにマスク掛けて、光学カメラも、無効化してるんじゃ、なかったのかよ。」
ネットワーク越しの音声通話だが、左脚を踏み出す度に襲ってくる痛みに思考が中断されて音声が途切れる。
大丈夫だ。
痛いが、まだ動く。まだ歩ける。
「うーん、悪いけど、ここまで来たらもうダメね。マフィア共は当然互いに監視し合ってるでしょうから、どれかのグループが異常な動きをすれば他の組織のバックアップ部隊に読み取られる。例えこっちの姿が見えてなくても、ライバルの動きを見ていればこっちの位置を大体推測できるでしょうね。」
と、他人事のような声色でメイエラが言う。
いや、確かに他人事か。
「もうダメね、じゃねえ。なんとかしやがれ。クソ。」
額を伝った汗が眼に入る。
左脚を庇う無理な動きで脚を動かして歩いているので、さっき地上に出てきてから汗が噴き出ている。
或いは、痛みと恐怖で滲み出てくる脂汗か。
「分かってるわよ。ビークル乗り場に行くのは諦めて。その先左側に地上に降りる階段がある。降りて。地上に降りれば、デッキの陰になって上空からの攻撃はある程度防げる。」
簡単に言いやがる。
まともに動かない左足を引き摺って階段を降りるのは一苦労だ。
その苦労と、無理に脚を動かす激痛を思って絶望する。
だが止まればやられる。
「地上に降りて、すぐ脇のビルの壁面の凹んだところに隠れて。十分で何とかしてみる。」
「何とか、ってどう、するんだ。」
見れば、確かに左前方に階段がある。
そこに向かって急ぐ。
走れないのがもどかしい。
案外通行量のあるデッキの上の通行人が、足を引き摺り急ぐ俺の姿に奇異なものを見る視線をこちらに向け、距離を取る歩き方をする。
そもそも足を引き摺るヤツが珍しく、それが破れた服を着て血相を変えて急いでいる姿など、トラブルの予感しかしないだろう。
「うっさいわね。それを今から考えるのよ。言うとおりにして。生き延びる確率が一番高い行動を選んでるから。」
大量の情報を処理することに特化した機能を持つメイエラだ。
今こちらに接近している追っ手と、辺りの地形や建物の構造などの周辺状況を全て合わせて判断しているのだろう。
俺がゴチャゴチャ考えるよりはマシな解決策を思い付くはずだ。
「マサシ、大丈夫ですか?」
既に階段に辿り着いたルナがこちらを振り返る。
「大丈夫だ。先に、降りろ。下で場所を、確保しておいて、くれ。」
ルナはいつもと変わらないクールな表情だが、俺の方は息も絶え絶えだ。
階段を降りるにも時間がかかるだろう。
動ける彼女に先に降りて貰って、メイエラの言う安全地帯を確保して貰った方が良い。
「諒解。」
踵を返してルナが階段の下に消える。
エリエットがそれを追う。
ルナの姿を見送り、しんどさに思わず立ち止まる。
汗が顎から滴り落ちる。
落ちた汗が、デッキのライトベージュの地面にぽつりと染みを作った。
その瞬間、俺の左側でビルの壁面が爆発した。
爆風に混ざった埃と破片を受けて、もともと気の抜けた状態で立っていた俺の身体は吹き飛ばされ、デッキの地面に叩き付けられる。
辺りで悲鳴が上がる。
撃たれたのか?
或いはビル内部から爆破されたのか?
確認している暇などない。
両手も両足もまだ付いている。
・・・と思えるということは、頭もまだ付いていて思考できている。
とにかく動く。
引きつり悲鳴を上げる脚の痛みに構わず、倒れた身体を起こし階段に向かって走る。
脚だけじゃなく、吹き飛ばされ打ち付けた全身が痛む。
後ろでまた爆発音。
ペデストリアンデッキの床面に直径数十cmのクレーターが出来、辺りに埃と破片を撒き散らす。
「レジーナ、攻撃を受けた。」
「はい。モニタしています。状況から、携行型高出力レーザーによる狙撃と思われます。先ほど十四階の連絡通路で発見したLASからの攻撃と思われます。ただ、LASの所在が分かりません。LASが単機とも限りません。急いで地上に降りてください。」
確かに。
空中に浮いていたということは、ジェネレータとそれを支える大型のリアクタを装備したLASだろう。
大型のリアクタがあれば、レーザーガンは燃料切れまでほぼ無限に撃てる。
そしてリアクタ燃料である純水は、その辺の店で幾らでも手に入る。
もっとも、店に突然LASが入って来れば、強盗がきたと思われて通報されるだろうが。
たったの50m程度の距離が無限に遠く感じる。
また左側で何かが爆発する。
高出力のレーザーは、着弾すると同時に対象物の温度を急激に上昇させて大量に気化させることで爆発を発生する。
無論、人間の身体でも同じだ。
先ほど俺の左足を灼いた、チンピラが持っているような小型低出力のレーザーガンとは比較にならない。
また爆発が起こり、吹き飛ばされる。
更に追加の爆発。
既に俺の周りには他の通行人の姿など無いが、爆発が起こる度にあちこちから悲鳴が上がっている。
痛む身体を無理に動かして起き上がり、転んでいるのか走っているのか分からない走り方で階段を目指す。
怪我の功名というか、そんな走り方をするので狙撃者には俺の動きが予測できなくなり、そのお陰で直撃を免れているようだ。
「マサシ、大丈夫ですか?」
感情のこもっていないいつものルナの声が、なぜか切羽詰まっているように聞こえる。
「問題無い。お前はエリエットの安全を確保しろ。」
「マサシの安全が優先です。」
「駄目だ。エリエットを守って安全地帯の確保だ。」
「・・・はい。」
不服そうにルナが黙る。
進む先の階段の脇で爆発が起こり、煙と破片が飛び散る。
地上に逃げようとしているのは、バレてるよな、やっぱり。
十四階では武器を持たずに包囲してきたのだが、ここに来て随分積極的に方針転換したものだ。
ここまでやれば、後で市政府や警察から相当厳しく追及されるだろう。
つまり、エリエットはそれだけの標的ということか。
ホントに、一体何やらかしたんだあのガキは。
階段が近付く。
攻撃が止んでいる?
成る程。階段を降りるところを狙うつもりか。
俺の動きが制限されて、狙い易くなる。
階段は目の前だ。
勿論、撃たれるつもりは無い。
俺は走ってきた勢いそのままに、階段の手前で跳んだ。
階段の開口部に身体が飛び込み、落ちる。
後ろで爆発音がし、開口部を囲んでいた手摺りが吹き飛ばされなぎ倒される。
ざまあみろ。
その代償に、俺の身体は勢いよく階段に叩き付けられ、止まることなく転がり落ちていく。
そのまま俺の身体は転がり落ち続け、階段の一番下に到達してやっと止まった。
「マサシ。無茶苦茶しないで下さい。」
更に全身に打ち身を増やし、痛みに顔を顰めながら眼を開くと、赤いスニーカーを履いた細い脚が目の前にあった。
視線を上げると、無表情にこちらを見下ろすルナと眼が合う。
「・・・撃たれるより、マシだ。撃たれてないぞ。」
痛みで歪む顔で無理矢理笑う。
どうやら、階段を転がり落ちてきた俺を見て、メイエラの言う安全地帯を飛び出してきたようだ。
毎度の如く表情には出ないが、かなり心配させたらしい。
全身打ち身だらけで悲鳴を上げている身体をどうにか動かし、ルナに助けてもらいながら起き上がる。
肩を貸してもらって、メイエラの言う安全地帯に移動する。
「デンベグタの大型ビークルが交差点の反対側に着地しました。乗っていた八名全員が降車。交差点を徒歩で渡ろうとしています。逃走経路を塞ぐ形で展開。」
ルナが追っ手の増加を告げている間に安全地帯に辿り着く。
そこは、交差点に面したビルの壁面の一部が、そういうデザインの設計で大きく凹んでいる場所だった。
交差点を観察できるが、ビルの壁が遮蔽物になり、通りの反対側から以外では凹みに隠れて見つかりにくくなっている。
「東方からのリドの増援十二人も到着。デンベグタの八名に気付いた模様です。はす向かいのビルの陰に入りました。リドの増援をL2、デンベグタの集団をD1とします。」
「ここでならナノボットで治療できるか?」
レジーナが読み上げる追っ手の増加を聞きながら、俺はルナに訊いた。
十分くらい安静にする事が出来れば、左足の傷を応急治療できるという話だった。
俺の身体の中には、かなりの量のナノボットが仕込まれているらしい。
頼んだわけではないのだが、度々無茶をするおれの無鉄砲さに呆れたニュクスが提案し、同意したルナとレジーナによって、俺の同意を得ること無く日々の食事の中に仕込んだのだという。
それを聞かされた時にはかなり複雑な想いがしたものだが、彼女達がそのナノボットを使って俺に不利益な事をするとは思えず、むしろ俺の意思を無視してまでもナノボットを仕込むほどにいつも心配させてしまっているのかと、どちらかというと自省の念を強く感じたものだった。
「不可能ではありませんが、やめた方が良いと思います。またいつ移動が必要になるか分かりません。治療途中で無理に動かすと、損傷がより悪化する可能性があります。」
ルナの手から離れて背中をビルの壁に預ける。
ルナがしゃがみ込んで俺の眼を覗き込む。
表情は変わらないが、また相当心配させたのだろう。
隣に座っているエリエットが、こちらも心配そうにこちらを見ている。
「隠れてください。後方から追ってきていたブルキャルの六人が近くを通ります。」
と、レジーナから警告が飛んだ。
例えマフィアと言えども、チップを持ち、IDを持ってネットワークには接続している。
IDが無ければ、街中で飯を食うことも、ビークルを呼ぶことも出来ない。
自家用のビークルも、IDが無ければ起動できない。
非合法に書き換えたIDであったとしても、一度レジーナ達にマーキングされれば、その後はずっと追跡されることになる。
俺達はビルの壁面に張り付き段差の下に伏せて、地上の歩道を駆けてくる追っ手から身を隠した。
六人の男達は俺達に気付かず通り過ぎると、そのまま交差点に出た。
と、いきなり二人の男がぶっ倒れて地面に転がった。
撃たれたか?
残る四人は慌ててその場から離れ、どうやらこのビルの向こう側の壁にでも張り付いたようだ。
「デンベグタのグループD1が撃ちました。ブルキャル達は遮蔽物の陰に入って応戦を開始。リドのL2も発砲しています。
「交差点を挟んで撃ち合いになっています。後方からブルキャルの残り十二人が接近中。そのままそこに隠れていてください。」
息を潜めて隠れていると、バタバタという足音が近くを駆け抜けていった。
また二人ほどが撃ち倒され、残る十人はまたビルの角の向こう側に消えた。
「先ほど地下駐車場で鉢合わせしたリドのグループも来ました。ビルの反対側の通りから、今交差点に到着して、そのまま銃撃戦に参加しました。」
どうやら交差点を挟んで三つ巴の銃撃戦になっている様だ。
本格的に面倒なことになってきた。
実体弾が音速を超えて銃口から飛び出す時の破裂音や、レーザーが何処かに着弾して爆発する音、実体弾が固い建物の壁を抉り、跳弾する音が交差点の方から聞こえてくる。
随分派手な撃ち合いになっている様だ。
それらの破裂音に男達の怒声が時々混ざる。
特徴的な発砲音がしない事から、すぐに弾切れになる化学式の銃は使われていないようだ。
「・・・なあ、これ、あいつらが撃ち合いに夢中になってる間に、反対側に向かって逃げられるんじゃないか?」
「マサシ、そこから出ないでください。すぐに向かい側のリドのグループL1に見つかります。後方からさらに、ブルキャルとリドと思しき数人がやってきています。
「いまのマサシの身体の状態では、とても逃げ切れるとは思えません。それと、先ほどルナが言った理由で治療も厳しいです。」
ここで見つかるのに怯えながら縮こまっているしか無いってか?
隠れているだけってのは、どうにも性に合わんのだがな。
などと少々危険なことを考えていると突然、交差点の方角に閃光が走り、耳を聾する爆発音と爆発衝撃波が俺達の脇を駆け抜けていった。
信じられねえ、マジかあいつら。ミサイルでもブッ込んだのか?
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
済みません、遅くなりました。
とうとう平日に執筆時間をとるのが難しくなってきて。
本話はこの土日で書き上げました。
ホントはこれを書きつつ、その横で三部作の最後のシリーズについて構想まとめないといけないんですけどねえ。
ちなみに、この世界(「夜空に瞬く星に向かって」の時代)から更に三百年後です。
基本プロットはあるんですが、枝葉の構成と、落とし所がまだ考えついてない。
つまり、全然何も出来ていない。w




