13. レーザーガン
■ 17.13.1
相手が武器を持ち出してくるなら、こちらもそれなりの対応をしなければ不利になる。
依頼人がいて、その安全の確保が条件に入っているなら、不利になるような真似はするべきじゃ無い。
一瞬迷ったが、近接戦であるのでナイフにする。
弾薬の節約にもなるしな。
俺はハンドガンとは反対側の右脇の下に吊ってあるホルスタからナイフを引き抜いた。
必然的に左手にナイフを持つ恰好になる。
・・・ちょっとやりにくい。
荷重が左肩に集中するのを嫌って左右に分散しているのだが、やはり利き手で無い左手でナイフを抜くのはどうにもやりにくい。
持ち替える手間も掛かる。
かと言ってヒップホルスタにすると、前屈みになったときにナイフが見えてしまう。
即応性を取るか、携帯性を取るか。
悩ましい話だ。
今度うちの武器オタクに相談してみよう。
などと余計なことを考えながら、ぶっ倒れる最初の男の向こう側で上着の下から何か武器を取り出そうとしている男に右脚の跳び蹴りを食らわす。
丁度武器を持っていた手を蹴りつけたようで、骨が折れる音がして、男が絶叫を上げて蹲る。
その顔を蹴り上げて完全に昏倒させる。
足技を繰り出している間に、ナイフを右手に持ち替える。
人通りのある地下道で、武器を持ち出した格闘戦が発生したことに気付いた他の通行人が、悲鳴を上げながら逃げ惑う。
頭を抱えてしゃがみ込む者、とにかく一目散に現場から離れようと走り出す者、パニックに陥り喚き声を上げ続けながら立ち尽くす者。
緊急通報を行った者も居るだろう。
幾らメイエラ達がカメラやネットワークを押さえているとは云っても、通報されてしまえば、そこで何か異常事態が起こっているということは警察にバレる。
直に警察がやって来るだろう。
それまでに片を付けてこの場を離れなくては。
俺のすぐ右に立っている男が武器をこちらに向けようとしている。
大きさは小型のSMGくらいだが、外見だけではどんな武器か分からない。
俺はニュクスのような兵器マニアじゃ無い。
この銀河には、多くの種族が開発した無数の携行武器の種類がある。
全部覚えていられるはずも無い。
が、とりあえずヤバイものである事は間違いない。
右手のナイフを男の右手首に突き刺す。
さらに腹を右脚で蹴り上げる。
男が堪らず取り落とした武器を空中で蹴り飛ばして遠くに追い遣る。
かなりの衝撃だが、ブーツを履いているのでそれほど痛くはない。
腹を蹴られ身体を折った男の後頭部にナイフの尻を叩き付けて意識を奪う。
「ってメエ! コロスぞオラァ!」
「ンのクソガキやぁ!」
「舐めてんじゃネエぞコラァ!」
いかにもヤクザ者らしい怒声を口々に上げて、男達が全て臨戦態勢へと移る。
多勢に無勢で、たった二人の俺とルナを囲もうとするが、当然此方もそれは想定している。
絶対に複数の相手から同時に攻撃を受けないように、素早く位置を変え、包囲を抜ける。
左の男が取り出した武器を構えようとしているのは眼に入っているが、無視して正面の男に突進する。
こっちは右手にナイフを持っている。
接近した格闘戦の最中には、余程のウデと反射神経が無ければ飛び道具は使えない。
味方を撃ってしまう危険があるからだ。
だから一瞬だけ、他を全て無視して正面の男に神経を集中する。
こちらに突き出そうとしているナイフを持った右手を左手ではたき落とす。
そのままの動きで右手のナイフを突き出し、男の右肩に突き刺した。
着衣は防刃タイプの繊維ではなく、ごく普通の衣服だったようだ。
右肩にすらりと刺さったナイフを回しながら引き抜く。
痛みに反射的に右半身を引いた男の背中に簡単に回り込んだ。
右手で男の左腕の付け根を斬り上げる。
着衣がバックリと大きな切り口を開け、そこから血が噴き出す。
男は両手とも使えなくなった。
ほぼ無力化できた。
その向こう側で俺に背を向けてルナを撃とうと武器を突き出している男に一瞬で近寄る。
此方を向いていない人間を後ろから刺すのは簡単だ。
移動中に一瞬で逆手に持ち替えたナイフを、背中を向けている男の右肩に上から突き刺す。
痛みか衝撃か、ブルリと身体を震わせた男がナイフから逃れようと右肩を大きく下げる。
左肩を掴んで後ろに引き斃しながらナイフを抜き、右手を蹴り飛ばして武器を手放させる。
俺が三人を無力化する間に、ルナは五人始末している。
一応、しばらく前に出した「殺すな」の指示は未だ有効なはずなので、殺しては無いと思うのだが。
相手側の数が少なくなり、即ち、味方を撃つ危険性が少なくなると、俺達の方の危険度が一気に増す。
ルナと俺で一人ずつ相手にして、残る一人の射線を上手く遮るように立ち回らないと、と思っていた矢先。
左股に灼け付くような熱い感覚があり、履いているパンツが火を噴き何かが弾けた感触が伝わった。
一瞬で辺りに焦げ臭い、布の焼ける臭いと、肉が焼ける臭いが充満する。
痛みに左脚から力が抜ける。
ヤバイ。
左に倒れるとマズい。
俺は右手を伸ばし、目の前で正に俺に向かってハンドガンを向けようとしている男の上着を掴んで力一杯引き寄せる。
突然の俺の異常行動に不意を突かれ、男はよろめき俺の方に倒れてくる。
その反動で俺は右に動き、男と身体の位置を入れ替える形になる。
次の瞬間、掴んでいる男の上着が火を噴いた。
さらに辺りに煙と何かが焦げる臭いが充満する。
「あっ! がっ!」
床に倒れながら男が苦痛の叫びを上げる。
煙と臭いが更に強く立ちこめ、後方で小さな爆発音が連続する。
この焼け方はレーザーか。
男の上着を掴んだ代わりに手を離したナイフが、少し離れたところで地に落ちて跳ね、高い金属音を立てる。
拾うには遠い。
しかも反対側だ。
間に合わない。
レーザーは線攻撃兵器だ。
引き金を引いたまま銃口を振り回されたら、逃げる間もなく確実に当たる。
俺は右脚から力を抜いて右に転がり、こちらに銃口を向けている男から離れようとする。
その行動はより状況を悪化させる可能性があるが、背に腹は代えられない。
傾く視界の中で、男が振り回す銃口がこちらを向くのが見える。
銃口が真っ直ぐこちらを向くということは、頭に当たるか。
マズい。
反射的に頭を反らそうとする視野の中で、真紅のスカジャンが動いた。
男の背中から近付いたルナが、右肘を蹴り上げる。
銃口が跳ね上がり、あらぬ方向を向く。
着地もせずに空中で身を捻ったルナの反対の踵が男の頭を襲う。
頭を横に蹴り飛ばされた男の身体が泳いで空中に浮く。
トドメとばかりに更にもう一方の踵が、完全に宙に浮いた男の腹に叩き込まれる。
身体を二つに折った男が背中から地面に叩き付けられた。
蛙が轢き潰されたような音を立てて床に転がった男の向こう側に、軽い音を立ててルナが着地した。
地を蹴ったルナが駆け寄ってくる。
「マサシ。大丈夫ですか。」
見れば左脚の腿の部分でパンツが焼けて大きく破れ、そこから傷口の炭化した自分の脚が見えた。
「大丈夫、だ。表面を焼いた、だけだ。まだ動く。」
痛みに顔を顰めながら、精一杯の虚勢を張る。
だが実際、動かさなければここから脱出できない。
依頼人を守りながら、レジーナまで辿り着かねば。
「ナノボットで修復しようにも、十分弱程度の安静が必要になります。落ち着ける場所に行きましょう。」
ルナが破れた部分を引き裂き、俺の左脚を露出させる。
どこからか取り出したプラスタを、傷全体を包むように貼り付けた。
プラスタのひんやりとした感触と共に、少しずつ痛みが和らぐ。
プラスタには傷口を保護するゲルが塗ってあるが、ゲルには軽度の麻酔薬も含まれている。
勿論傷が治るわけではないので、痛みが和らいだからと調子に乗ればその内大変なことになる。
「歩きながら治せないのか?」
ルナの肩を借りて立ち上がりながら尋ねる。
ルナから渡されたナイフをホルスタに戻す。
「動かしながら機械は直せません。最低限直す部分は止めなければ。それと同じです。」
「成る程な。」
逃げるのを優先すれば速度が落ちる。
治せば速度は上がるが、その間に追い付かれる。
とりあえず今は、どうであろうがこの現場を離れなくては。
地元のマフィアだけで無く、警察までやってきて面倒なことになる。
「エリエットは?」
「そこの通路を曲がった先にいます。メイエラが場所を掴んでいます。」
「オーケイ。行こうか。」
「さっきのビルから脱出するために地下に降りたけど、やっぱり地下はダメね。追い詰められたときに逃げ場が無い。地上に出るわ。」
と、メイエラが割り込んで来た。
「ああ、それで良い。引き続き頼む。」
そう言って俺は足を引き摺りながら歩き始めた。
灼けて引き攣るような痛みはあるが、歩けないほどじゃない。
速くエリエットに追い付いて、さっさとビルの中に紛れ込まなければ。
警察と鉢合わせするなんてまっぴら御免だ。
最後に倒した男からレーザーガンを奪ったルナが、反対の手で俺を支える。
「え? やられたの? 大丈夫なの?」
地下道から薄汚れた脇の通路に逸れ、道沿いのビルの地下と思しき広い空間に出たところで、物陰に潜んでいたエリエットが姿を現した。
薄暗い空間だが、足を引き摺る俺を見れば負傷したとひと目で分かるだろう。
「問題無い。歩ける。先を急ぐぞ。すぐに警察が来る。追っ手も集まってくるだろう。」
「分かったわ。」
そう言ってエリエットが後ろを向いた。
その先には逃走経路を示す黄色い誘導線が続いている。
「ルナ、先頭を。」
「はい。」
俺を気遣い脇にいたルナがエリエットの前に出て、黄色い誘導線を先に向かって進み始める。
左手には襲撃者から奪ったレーザーガン。
SMGよりひと回り大きい程度の大きさで、街中で使う事を考えて選ばれている。
何も言わずにエリエットがその後を追う。
足を引き摺る俺は、その後ろを懸命に付いていく。
移動速度は落ちている。
それでも出来るだけ早くここを離れて、僅かでも落ち着けるところで足を修復しなければ。
薄暗い中を真っ直ぐに伸びるAARの黄色い誘導路は、その内壁際の構造物に辿り着き、スライド式のドアの向こうに消えている。
リフトだろう。
上向きの三角形が書かれたスライドドアが開いた先に、柔らかな白い光で明るく照らされた縦坑が現れた。
「重力リフトだけど、安心して。コントロールは掌握してるし、この建物も非常用のバッテリを持ってる。階段登るのはしんどいでしょ。
「三階に行って。この辺りの建物は三階の歩道で繋がってる。地上ほどゴチャついてないから、歩きやすいはず。その分、空中のビークルから見つけ易いから、注意して。」
リフトの前に来るとAARで眼の前に広がるウィンドウで行き先を地上三階に指定し、そのまま進んでリフトの縦坑に足を踏み入れる。
床も無い、何も遮る物無く上下に伸びる縦坑は、これが重力リフトだと知っていても、足場も床も何も無い空間に踏み込むことに一瞬躊躇いを感じる。
が、足を踏み入れた瞬間上向きの緩い重力に身体を包まれ、身体が上昇を始める。
壁面から発せられる弱い反発力で身体は縦坑のちょうど中心に保持され、するするという感じで上昇して行く。
三階が近付いて来ると三階出入り口のスライドドアが開き、縦構内上方の出入り口の縁が淡いオレンジ色にゆっくりと明滅しているのが見える。
俺の上に居たエリエットが、ちょうどその出入り口に踏み出すのが見えた。
出入り口が近付いて来ると上昇する速度は急速に低下し、三階の床面と足の位置が合ったところでピタリと静止した。
ごく普通に足を踏み出し、三階の床を踏んでリフト縦坑から外に出た。
黄色い誘導線が眼の前からフロアの奥へと続く。
俺よりも先に到着していたルナとエリエットが、俺が到着するのを確認すると踵を返してその誘導線に沿って歩き始めた。
どうやらこのフロアは、一般客を相手にする各種オフィスが並んでいるようだった。
法律関係の業者、医療関係、建築関連から果ては警備会社まで。
一般客が入りやすいように配慮しているのだろう、入口を開け放ったそれらのオフィスが並ぶ人通りの無い廊下を進む。
やがて通路の先に明るい陽光が差し始め、愛想の無いシンプルなデザインのガラス戸を抜けると建物の外に出た。
外は明るいベージュの地面が広がる歩道だった。
地上約15mほどの高さに作られたその歩道は、地上の大通りに沿ってビルを繋ぎ、所々で大通りを横切って通りの反対側の同様の歩道と繋がっていた。
正確に云うと、大通り沿いの建物を高さ15mで繋ぐように通りに沿って作られており、大通りの上空はビークルの昇降を妨げないように空間が空いているが、数百mおきに通りを横切って橋が渡されて歩道を歩く者が自由に行き来できるようになっている。
先ほどまで地上を移動していた通りは、広いとは云えども主要道では無く、このような歩道は造られていなかった。
多くの層状構造の都市のような造りにするのではなく、主要道にだけ空中に歩道を造って、雑然としがちで移動しにくい地上とは別に歩道を設けているのだろう。
俺達はその歩道に歩み出し、引き続き黄色い誘導線に沿って移動し始めた。
「マサシ、大丈夫ですか?」
先頭を行くルナが振り返って気遣ってくれる。
「大丈夫だ。急ごう。あと少しだ。」
視野に表示される平面マップ上では、あとほんの数百m進めば目的のビークル溜まりに到達する。
追っ手を引き離せている今の内にさっさと移動して、ビークルを捉まえて脱出するべきだ。
痛いのなんのと言っている余裕など無かった。
船に戻れば治療は幾らでも出来る。
俺はプラスタの麻酔薬でも誤魔化しきれない痛みに歯を食いしばり、やせ我慢では取り繕えない左脚を引き摺るようにして歩き始めた。
いつも拙作にお付き合い戴きありがとうございます。
地上を歩いて、追跡者と殴り合いの格闘戦をすると、SFって感じが全然しませんねえ。
まあ、宇宙船に乗っていようが、星系間を飛び回っていようが、やっぱり最後に決め手となるのは己の肉体、と言えばまあその通りなのですが。




