11. 接触
■ 17.11.1
リフトの扉が閉まり、数階降りたところでメイエラが口を開いた。
「さっき連絡通路で襲ってきた連中の事が分かったわ。リド。これもダマナンカス裏社会の十三組織のひとつね。今居る二十八区辺りを中心に縄張りを持ってるわ。ブルキャルとは敵対的。とりあえず手を組んで包囲されることは無さそうね。」
要するに、追っ手がもう一つ増えたという事か。
手を組んで包囲されないからましなのか、追っ手が増えたこと自体で追い詰められつつあるのか。
「もう一つ悪い知らせがあるわ。三十五区辺りをシマにしてる、同じく十三組織のひとつデンベグタも動いてる。リドの動きを追ってたら、似たような動きをする集団があったから気付いた。ブルキャルともリドとも友好的じゃ無い組織だから、手を組まれることは無いけど。大手マフィアから三つ巴で追いかけられるなんて、たいした人気者ね。」
だから運賃が高くても動きの速い俺達を雇ってこの星を脱出しようとしたのか。
それは納得できる。
だがそれ以前の問題がある。
「大手マフィア三家に追い回されるとか。お前一体何やらかしたんだ?」
と、隣に立つエリエットに尋ねた。
「言いたくない。言わない。」
と、エリエットは突然幼児に返ったかのようにふくれっ面をしてそっぽを向いた。
まあ、状況から見て余程のデカいことをやらかしたのだろうが、しかしこんな何の変哲も無く見えるガキが複数のマフィアに追い回されるような事をしでかせるとはとても思えなかった。
いや、「何の変哲も無い」は間違っているか。
普通に考えれば、何の変哲も無いティーンエイジャーが、メイエラ達を向こうに回して長時間煙に巻けるような腕の良いハッカーと知り合いになるはずも無い。
人は見かけによらないと言うしな。
このちょっとだけ世間ずれしたハイスクールの学生の様な少女が、実はとんでもない才能の持ち主で、マフィアさえ震え上がらせるような何かとんでもないネタを握っているのかも知れない。
それが何かを明かしたくは無い様だが、別にそれでも構わない。
俺達の仕事が変わるわけじゃ無い。
俺達が請け負ったのは、この少女を安全にこの星から連れ出してエワソッド星系のヒルデルに逃がすという仕事だ。
三つ巴のマフィアから追い回されることで、逃走に少々困難を伴うことになってしまったが、依頼を受けてしまったからには今更という話だ。
複数のマフィアに追い回されるなんて依頼を受けたときの条件に入っていなかったし想定外だと、グロードレリに抗議して依頼をキャンセルすることも出来ないわけではないが、こちらも一度依頼を受けてしまったという意地もある。
それにこんな子供がマフィアに捕まり、その後あまり楽しい想像にはならなさそうな境遇に陥る事が分かっていて今更放り出すのも夢見が悪い。
こんな事を言って意地を張るから「荒事専門」とか言われて妙なあだ名を付けられる羽目になるのだろうな、と分かっちゃいるが、だからといって今更もう退けない所まできている。
・・・まさかこれが分かっていて、グロードレリギルドは「荒事専門」の俺達に指名依頼を出した訳じゃなかろうなと、思わず渋い表情になる。
依頼完遂の意地とは別に、この依頼が終わったら一度あの半分ポンコツなデキル女を問い詰めてやらねばならんな。
「ふん。無理に聞き出そうとは思わん。それは依頼の範囲外だ。だが無事に逃げたければ俺達の指示には必ず従え。でなければ安全は保証できない。いいか?」
「分かったわよ。」
未だ子供の様なふくれっ面のエリエットの返事がリフトの箱の中に響くと同時に、リフトが一階に到着した。
柔らかな電子音が鳴って扉が開く。
開いた扉の先は、六機のリフトが並ぶホールだった。
六機のリフトはそれぞれ低層用、中層用、高層用と分かれており、俺達が乗って降りてきたのは低層用のリフトの様だった。
俺達が降りるのと入れ替わるようにして五人ほどがリフトに乗り込んだ。
他に十人ばかりの人間がリフトの到着を待っているホールを横切る。
天井の高い作りになっているリフトホールを抜けると、広い通路が真っ直ぐビルのエントランスへと続いている。
両脇には服や食料品を売る少しばかり小綺麗でゆったりとした作りの店が幾つか並んでいる。
どうやら先ほどまで居た隣のビルが典型的な下町の雑居ビルであったのに対して、このビルは少しばかり小綺麗で格好の良い作りになっているらしかった。
なるほど、メイエラが言っていたように、隣のビルとは異なりこのビルが独自のパワープラントを持っているのも納得できる。
俺達を誘導する、AARで表示された黄色い誘導線が途中で曲がり従業員用通路の向こうへと消えている。
「こっちで合ってるのか?」
「当たり前でしょ。正面エントランスはすでにブルキャルの連中が張り込んでる。従業員用通路から地下に抜けて、地下通路を逃げるのよ。早くして。地下に入ったら一本道とは言わないけど、経路の選択肢が少なくなる。追っ手に押さえられる前に抜けなきゃ捕まるわよ。」
なるほど。
その会話を聞いていたルナが歩行する速度を上げて早足になり、そしてエリエットも聞いていたのだろう、ルナに続いて歩くのが速くなった。
黄色い誘導線に従って商店と商店の間の細い通路に入り込むと、すぐに目の前に従業員用出入口が現れる。
「ロックは解除してある。そのまま通って。」
ドア脇の壁の目の高さにあるロック解除用パネルにマジッド語で「開」と表示されているのを脇目で眺めつつ、ドアを通って所謂バックヤードに入った。
壁や床に見栄えが良くなるような材料が使われていたエントランス通路とは異なり、バックヤード通路は狭く、そして発泡セラミックの明るいグレイの素材色そのままが剥き出しの、化粧っ気の無い通路だった。
狭い通路の中に俺達三人の足音が響く。
「あ、ヤバ。ブルキャルのビークルが一台地下に入ったわ。地下の通路を抑える気ね。急いで。」
「ち。手回しの良い奴らだ。」
「今そのビルの辺りにブルキャルの連中が一杯いるから人手が割けるのよ。リドとデンベグタもすぐに増員するはずよ。」
「ブルキャルのビークル止められないのか?」
「もう止めたわ。でも中から六人出てきて地下に向かってる。足は奪ったけど油断しないで。急いで。」
「諒解。ところでどこまで逃げれば良い? どこでビークルに乗れる?」
「二ブロック先にビークル溜まりがある。そこなら目立たずにビークルに乗れる。そこら辺で適当にビークルに乗ると目立つわよ。飛び上がった途端に撃墜されたくないでしょ。相手はジェネレータ付きのLASまで持ち出してるのよ。」
つまり、二ブロック先のビークル溜まりに行くまでの間に追っ手を捲いて、且つ目立たずビークルに乗り込まなければならん訳か。
なかなかハードな要求だぞそれは。
人気の余り無い従業員通路で、急がされて駆け足になる。
すぐに階段に辿り着き、駆け下りる。
リフトは少し遠いのと、リフトの箱が到着するのを待っている位なら階段を降りた方が早いとの判断だ。
階段を二段飛ばしで駆け下り、すぐに地下二階に到達した。
手動のドアを開き、フロアに出る。
地下は倉庫と荷物搬入用のヤードと、個人所有のビークルの駐車場となっているようだった。
「フロアマップを送るわ。実際に置いてある荷物やビークルは正しく反映できてないから注意して。」
メイエラの声と共に、視野にAARのマップウインドウが開く。
地下二階の全体マップと、俺達三人が青い輝点で表示され、そして追っ手のブルキャルの連中が赤い点となって表示されている。
現実の視野にもAAR表示される黄色い誘導線が、マップ上にも表示されている。
至れり尽くせりだな。
「急ごう。追っ手と余り距離が無い。」
今の俺達の位置からフロアの1/4ほどを進めば、隣のビル或いは通りの地下道に抜けられる通路に到達する。
が、追っ手はリフトに向かってすでにビルの半分ほどをこちらに進んできている。
入り組んだ壁などで隔てられてはいるが、直線だと追っ手との間の距離は100mを切っている。
俺達を追ってくる連中は足音など気にせずに全力疾走できる。
だが俺達は、居場所を気取られないように努めて音を立てないように移動しなければならない。
当然その分速度が落ちるので、追っ手の方が有利になる。
それでも俺達は足音を立てないようにして逃げ切らねばならないのだ。
階段を離れ、できるだけブルキャルの追っ手から距離を取れるように壁伝いに逃げていたのだが、追っ手の動きを常に把握できるように視野に表示しっぱなしのマップの中で、赤い光点がひとつ集団から大きく離れて俺達が目指す地下通路の方向に動いているのに気付いた。
どうやら目端の利く奴が一人混ざっていたらしい。
リフトに向かう皆と同じ方向に進むのでは無く、この地下二階から余所に逃げ出す経路を抑えようと動いているようだった。
勿論俺達がこの階にいる事を知っている訳では無いだろう。
逃走経路となり得る通路を確認して、その方向からリフトへと回り込むことで可能性を潰しておこうとしているだけなのだろう。
だがその行動は正に上手く嵌まって、俺達の一番嫌なところを突く動きとなっている。
「拙い。一人離れて通路に向かっている。このままだとかち合う。急ぐぞ。音を立てるなよ。」
と二人に言ってさらにスピードアップを促すが、いかんせん半ば倉庫になっているこのフロアでは壁際に様々なものが積み上げてあり、その間を縫うようにして移動せねばならない。
ゴミなのか商品なのか分からない用途不明なガラクタが天井まで堆く積み上げられている山を迂回し、ガラクタの間をすり抜けるつもりが行き止まりになっていて引き返さねばならなかったり、もどかしいことこの上ない。
しかも万が一にもそのようなガラクタを蹴り飛ばして大きな音を立てたり、躓いてガラクタの山に突っ込んで雪崩を起こして追っ手に気付かれるようなことをしてはならないのだ。
ルナ一人なら軽々と飛び越えていきそうな箱の山も、俺やましてやエリエットではそんなわけには行かなかった。
それほど明かりが多くなく仄かに薄暗いこの場所で、俺達は足元に気を配りながら音を立てないようにできるだけ素早く移動し、同時に自分達の逃走経路を邪魔しようとしている追っ手の動きにも注視しなければならないという酷い離れ業を実践して、急速に精神的な疲労が蓄積していく。
運良く俺達は何に躓くことも無く地下通路のすぐ近くまで辿り着いていたが、そんな幸運というのはそれほどいつまでも続くわけは無く、俺の前を歩くエリエットがとうとう何かの金属部品のような物を蹴り飛ばした。
硬い地面の上を金属が転がる高く澄んだ音が地下の空間に響き渡る。
間違いなく気付かれた。
かと言ってこれ以上さらに音を立てて位置を特定されるのも拙い。
焦りながら通路を目指すが、音を聞いたのだろうそれまで漫然と通路の方向に向かって進んでいた追っ手の赤い輝点が、速度を上げて俺達が居る場所に向かって進んでくるのが分かった。
身を低くして、ガラクタの山やビークルの陰に隠れるように進んでいくが、追っ手との距離は見る間に縮んでいく。
音を消す必要の無い追っ手の足音が聞こえ、徐々に大きくなる。
どうせ音を立てるなら、殴り合いをして時間を掛けるよりも、より大きな音を発したとしてもハンドガンで一瞬で無力化した方が良い。
視野に浮かぶマップの赤い輝点を睨み付けながら、俺は左脇に吊ってあるホルスタに差し込まれたハンドガンのグリップを握った。
通路は俺達の左前方にもう見えている。
しかしその反対側の壁際に置かれたコンテナのすぐ向こうに追っ手が居る。
俺はホルスタからハンドガンを引き抜いた。
一瞬で動きを止める為には、狙うのは頭だ。
20m近くあるこの距離で、この暗がりの中、当てられるか?
グリップを握る掌がじっとりと汗に濡れて、プラスチックのグリップがぬるりと滑る感触がある。
相手の足音がはっきりと聞こえる。
あと数秒で、コンテナの向こう側から現れる。
俺は立ち止まり、ハンドガンを握る右手を水平に伸ばした。
追っ手が姿を現すであろう場所に銃口を向ける。
その時。
視野の端で黒い影が動いた。
いつも拙作にお付き合い戴きありがとうございます。
今年も押し詰まって参りました。
拙作にお付き合い戴いている皆様に、今年一年の御礼を申し上げます。
願わくば、面白いと思って戴けている事を。
そして、ワンパターン化、陳腐化したストーリー展開と思われて今遠洋に。
年内は、もう一回更新できるかどうかと言うところと思いますので、この場を借りてこの一年の御礼を申し上げたいと思います。
それでは皆様、良いお年をお迎えください。




