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夜空に瞬く星に向かって 第二部  作者: 松由実行
第十二章 トーキョー・ディルージョン (TOKYO Delusion)
7/63

7. 第三伊島ビル

 

 

■ 12.7.1

 

 

 ビークルがレジーナの脇に駐まったのは、朝の早い東日本ではもう少しすれば東の空が白み始めるという時間だった。

 

 大体どこの惑星でも、ビークルなどの公共交通機関の車輌は、離着床に停泊した船のすぐ脇まで進入して乗降できる規則で運営されていることが殆どであり、それはここ北関東宙港でも同じだった。

 公共交通機関であるビークルは、各都市の交通管制システムにより制御されており、その交通管制システムが宙港の管制システムとI/Fすることで、宇宙船が離発着する宙港内でも安全に運用できるのだ。

 そして大概の船乗りは、船がどこかの港に接岸或いは着陸しても、自分の家である船から離れて宿を取るなどという事はせず、船を中心に活動する。

 飛び立てばそのまま国外へと自由に行き来できる船舶の乗員だからと言って、いちいち港湾管理局の出入国管理(イミグレーション)を毎回通過していたのでは煩雑で仕方が無い。

 大体どこの港でも、ローカルな交通機関は船に横付けでき、船が出航する場合は乗員乗客をまとめて申告して出入国審査を行う事になっている。

 

 勿論そのルールは、虚偽申告による密入国をされ易い穴の多いやり方であるのは事実だったが、その様な事をした船は次回から寄港を拒否されてしまうので、まっとうな船が虚偽申告をすることは無い。

 もっとも、この穴だらけの運用ルールに付け入り、ブラソン達のクラッキングの腕を利用して、船籍ごと虚偽申告して危険を回避する様なこともしばしば行うので、そういう意味ではレジーナも船長の俺も、まっとうとは言えない存在であるという自覚はある。

 個人経営の運び屋などやっていれば、その様な非合法なやり方で危険を回避、或いは乗客の安全を確保せねばならないような事態に少なからず直面することがある。

 そういう意味では、個人で船を持って商売している船乗り達は、大概多かれ少なかれ脛に傷を持っていると言い切っても過言ではないだろう。

 完全な遵法運行などと言う綺麗事だけで船を動かせるのは、大手の運送会社の船くらいのものだ。

 

 地球人であるクニをレジーナに迎え入れるにあたっては、船内に機械知性体が存在することを説明する、乗船のための半ば儀式化した例の手順を踏む必要も無い。

 ビークルを降りた俺達四人は、短い距離ではあるが離着床をゾロゾロと並んで歩き、レジーナ船腹に開いた人員用搭乗口のタラップを上って船内に足を踏み入れる。

 保安上の理由から常時閉となっているエアロックの内扉を開けて船内に入れば、そこは旅客エリアの主通路だ。

 落ち着いた色合いの赤いカーペットの敷かれた主通路をほんの数m歩けば、すぐにダイニングルームだ。

 

「はー。凄えのう。コレがおまあの船か。こりゃあたまげたわ。」

 

 船内に入ったクニが周りを見回し、感嘆の声を上げる。

 他の銀河種族に較べて目の肥えた地球人に褒められると、ちょっと誇らしい。

 

「宇宙船の中言うたら、狭うて暗うて、汚れとって配管でぐちゃぐちゃいうイメージじゃったんじゃがのう。はー、猫までおるんか。」

 

 確かにクニが今言った通りの船も多い。

 主にアステロイドベルトなどで運用されている採鉱船などは、まさにクニのイメージそのままの船で有る事が多い。

 銀河種族達が所有する船も、メンテナンスなど行わず船を消耗品のように扱うため、汚れや破損の目立つ船が多い。

 しかしレジーナは金持ちの乗客を乗せることもある、半貨物半旅客船だ。

 内装の見た目と居心地にはかなり気を遣っている。

 その甲斐あって、最近では金持ちの乗客がしばしばレジーナを指名してくることもある。

 

 クニとアデールと俺がダイニングテーブルに着き、ルナは黑メイド服のまま厨房へと歩き去った。

 ブラソンとニュクスは自室だろうか。ミスラは自室で寝ているだろう。

 

「さて、まずは相談だ。皆疲れているだろうから、とりあえず睡眠を取ってもいい。だがいずれにしても、あのビルの事は数日中にカタを付ける必要がある。時間が経てば経つほど中国人は守りを固めるだろう。ベストは今夜だ。どうする。このまま話を続けるか?」

 

 俺を傭兵団の団長だと誤解して、中華マフィアの持つ何やら物騒なオモチャの排除を依頼してきたくらいだ。

 クニも仲間を募って、あのビルに居座る中国人どもに対して何らかの実力行使を行うつもりの筈だ。

 当然、俺達が追っているカルト野郎の事もある。

 どっちを向いても、手を付けるのが早いに越したことは無いはずだ。

 

「ワシはこのままで構わんで。話を決めるんなら、早い方がええじゃろう。」

 

 クニもそこの所をよく分かっているようだった。

 

「分かった。このまま話を決めてしまおう。ところでクニ、アンタの目的は何だ?」

 

 あの中華マフィアが巣食っているビルの中に何か目的のものがあって、今日はそれを確認する為に吶喊したのだろうというところまでは予想が付いている。

 だが、まだクニの明確な目的や目標物を聞いていなかった。

 

「ワシ等か? そりゃ一番はあのビルを取り返せりゃええんじゃが、そうまで贅沢は言わん。美姫姐さんだけでも救い出したいんじゃ。」

 

 いや待て。クニの台詞に理解が追い付かない。取り返す?

 

「ちょっと待て。ビルを取り返す、ってのはどういうことだ?」

 

「あのビルはのう、もともとウチの組のもんじゃったんじゃ。ワシらはの、伊島組ゆうて、昔からあの辺りを仕切っとる組じゃったんじゃがのう。ここ何年かで中国人がぎょうさんやって来よってのう。情けない話じゃけえど、やられてしもうたんじゃ。

「ワシらはのう、自慢じゃないけえど昔からある硬派な極道じゃったんじゃ。(ヤク)は触るんも御法度じゃったし、(チャカ)を持つんもええ顔されんほどじゃった。

「それがのう。中国人等ぁは無茶苦茶やりよるんじゃ。あれらにゃ仁義も何もありゃあせん。事務所にいきなり車突っ込ましたり、大勢で短機関銃持っていきなり襲いかかったりのう。そこら辺のチンピラの小僧ようけ捕まえて来てヤク漬けにして、ほんで皆に手榴弾持たして突っ込ましたりのう。

「で、組の頭じゃった叔父貴と若頭じゃったワシの兄貴分が事故に見せかけて一度にやられてのう。ビークルが高度5000mでいきなり制御不能のエラーとか、ありえんじゃろう。

「ほんで親と兄貴やられてワヤんなっとるところを、一度にまくられて仕舞いよ。」

 

 そこまで一気に喋って、クニはルナが置いていったコーヒーを一口啜った。

 

「あそこにはのう、伊島組の事務所があって兄貴と姐さんが住んどったんじゃ。あれらぁがカチコんで来て若いんが何人もやられてのう。こっちも喧嘩の準備が出来とらんかったけえ、姐さん人質に取られてどうしようものうなって、明け渡したんじゃ。で、姐さんは取られたまんまで、あの店をやらされようんじゃ。じゃけえ本当のトコ言やビルも全部取り戻したいんじゃけえど、こっちも兵隊がおらんけえのう。取り返したところで、兵隊がおらんのじゃあまたやられるしのう。じゃけえ、みな世話んなった姐さんだけでもどがあにかして取り戻したいんじゃ。」

 

 なるほど。

 で今日はその目標である姐さんの様子を見に行って、ああいうことになった、と。そんなところか。

 

「目的は分かった。で、手段は?」

 

「それなんよ。来週にゃワシの故郷(くに)の伝手から二十人くらい兵隊を借りれる事になっとるんじゃが、今すぐ言うたら十人も集まりゃええとこじゃ。早うせにゃいけんのは分かっとるんじゃが、どがあにもならんけえ。」

 

「加えて、例の試作無人機の問題か。で、俺達の手が欲しい、と。」

 

「おう。KSLC言うたら、そっちの方面じゃちぃと名の売れた傭兵団言うじゃろ。渡りに船じゃ思うたんよ。」

 

「ちょっと待て。ウチの社名は『霧谷警備輸送』だ。警備員の派遣と運送業だ。どこから傭兵団なんて話が出てきた。」

 

「ほうなんか? ワシが聞いたのは、最近急速に伸びよる新興の実力派傭兵団云う事じゃったんじゃが。」

 

「誰だそんな根も葉もない事を言ったのは。」

 

「ワシが昔から馴染みにしとる情報屋じゃ。名前は言えんど。」

 

 当然そうだろう。

 そう簡単に名前を明かすようでは信用などしてもらえない。

 

「メイエラ?」

 

「日本を中心に活動している『源五郎』という名前のダイバーがいるわ。その男が連絡を取ったIDが、源五郎が昔から使ってる馴染みの顧客向けの隠しIDの一つだったわ。かなり腕の良いダイバーね。情報収集能力はあたしには負けるし、突破力はノバグに負けるけれどね。」

 

 メイエラが少し得意げに、クニが使っている情報屋の情報を渡してくる。

 銀河随一の人工知能集団が本気で造った人格フレームに、元々情報収集専門と、ハッキング専門のAIを乗せたのだ。

 お前等に勝てるやつなんてそうそういるわけがないだろう、と頭の中で軽く溜息を吐く。

 

 ちなみにダイバーというのは、義体を持たずネット上だけで活動している機械知性体のハッカーやクラッカーを指す最近流行りの言葉なのだそうだ。

 俺などからしてみれば、もともとネット上に居るのだからダイブもなにも無かろうと思うのだが、正にそのダイバーであるノバグやメイエラに言わせれば、ネットワーク上で通常の活動を行うのと、ハッキングを行うのとでは、陸上の生活と海に潜るほどに差があるのだそうだ。

 俺達からしてみれば同じネットワーク世界と思えるのだが、逆に彼女達からしてみれば、海も陸も同じ物質世界、ということらしい。

 通常の生活では赴くことも無いようなネットワークの深部に潜り込み、広い海の中で必要な情報を見つけて拾い上げ、それを通常の生活の空間にまで持ち帰ってくる。

 確かにそれは、ネットワークの海に潜るダイバーなのだろう。

 

「その十人、今日の夜までに集められるか?」

 

「うーん、まあ、何とかなるじゃろう。」

 

 ビルを取り返し再占領するのが目的ならばともかく、あのバーのママさんだけを連れ出すだけならば、十人も居れば俺達があのビルを襲撃するどさくさに紛れてどうとでもなるだろう。

 

「アデール、暴れ始めるのは夜中の零時でいいか? 最下層とは言え、早すぎても人目が多い。遅すぎれば朝までの時間が無い。」

 

 この時期、東京ならば日の出は四時過ぎになる筈だ。四時前から明るくなり始めるが、最下層であれば太陽が出るまでは暗いはずだ。

 余程面倒なことになっても、数時間あれば目的は達成できるだろうと、アデールやブラソンと話は付いていた。

 クニの方も、ママさんを見つけさえすれば、必要な時間は僅かだろうし、あの狭いビルの中で彼女を見つけるのにそれほど時間がかかるとは思えない。

 

「妥当なところね。ところで、肝心の試作無人機の情報は手に入った?」

 

「多分これだと思う。馬鞍山機械科技集団製の『炎狼』改造4型。また妙なもの持ち込んだわね。」

 

 メイエラの声がダイニングテーブル脇のスピーカから聞こえると同時に、ダイニングテーブル上の空間にホロ画像が浮かび上がった。

 

「なんだこりゃ。機械義体? 多脚戦車? とも違うな。」

 

 ダイニングテーブルの上に浮いて回転する映像は、人間の上半身を四本足の台座の上に据えて、背中にゴチャゴチャとしたバックパックを背負わせた様な、奇妙な形をした物体だった。

 背中に何らかの砲弾のランチャーらしい筒状の物体や、小型ミサイルランチャーと思しき箱が車体後部に取り付けられていることから、明らかに軍事用の機械である事が判る。

 

「『炎狼』なら知っている。確か中華連邦の兵器開発部が連邦軍と共同で開発を行ったHASの一種だ。色々取り込もうとして、結局どっちつかずの性能になってしまい、開発が中止された機体の筈だ。

「開発コンセプトは、ヒトと機械知性体が共に搭乗することで役割分担して戦術・戦技レベルでの性能向上を目的とする、だったか。

「結局、処理能力がヒトより遙かに速いAIの乗った機械義体の方が色々な面で有利という事になり、ヒトが乗る必要性に疑問が有るという事で計画中止になったはずだ。当たり前の話だな。

「・・・成る程。それで無人試作機、という訳か。」

 

 アデールが眼鏡の奥の眼を細めて回転するホロを見ながら、言った。

 

「そう。改造4型はヒトもAIも搭乗せず、機体内の低レベルプログラムだけで動く様に改造開発されたものらしいわ。ただ、素体の炎狼の機能がまだ残ってるので、ヒトもAIも搭乗可能だって。調べられたのはここまで。これ以上は短時間じゃ無理。」

 

 短時間とは言え、軍事関係でそこまで調べられるのは大したものだと思う。

 さすが本職(プロフェッショナル)のチームと言うべきか。

 

「で、『多分』これがあそこにあるだろうという根拠は?」

 

 CUの企業が開発した兵器が、中華マフィアの根城とは言え、東京のど真ん中にあるのはいくら何でも異常な話だ。

 

「三年ほど前、馬鞍山市花山区の聯農パースを出た水上貨物船から降ろされたコンテナが、上海外高橋港のパースでデータ操作されて幾つか行方不明になってる。その中に馬鞍山機械科技集団からインドネシア自治区にある連邦軍のスラバヤスクラップヤードに送られる筈だった炎狼改4型のコンテナが含まれてるわ。

「その時に行方不明になった一つと思われるコンテナが、半年ほど前に東京の新木場のヤードに水上貨物船から荷揚げされてるわ。そこでまた巧妙にデータ操作されて再度行方不明になってる。

「件の第三伊島ビルが中華系マフィアに襲撃された三ヶ月前、襲撃の一週間後に大きな木製梱包が幾つも運び込まれてるのだけれど、監視カメラ画像を遡って追跡すると、木製梱包は全て新木場ヤードの同じ小型コンテナから取り出されてたわ。ちなみにその小型コンテナのタグは大型調理用設備になってるわね。もちろん適当に書き換えられてるのだと思うけど。

「上海で行方不明になったコンテナの形状と、新木場のコンテナの形状が同じ。カメラ映像を確認したら、外塗装を塗り替えたりして色々誤魔化してるみたいだけど、コンテナの台座部分の損傷が完全に一致する。馬鞍山機械科技集団でトレーラーに積むときにコンテナを落っことして付いた傷よ。第三伊島ビルを占領してる中華マフィアが、あそこで新しく本格的中華料理店でも開くつもりじゃない限り、馬鞍山から来たコンテナで間違いないわね。」

 

 メイエラの得意げな声がダイニングに響いた。

 よくこれだけ調べたものだ。

 ノバグの突破力と、メイエラの情報収集能力の成せる技というところか。

 

「諒解。理解した。よく調べたな。たいしたもんだ。」

 

 俺は素直に感想を述べた。

 ギャル姿のメイエラのドヤ顔が見える様だ。

 

「しかし奴等、こんな大層なものを東京に持ち込んで、何がしたいんだ?」

 

 それもまた、素直な感想だった。

 暴力団どうしの抗争の為に街中で使うには、余りに過剰戦力だった。

 また今回も碌でもないことになりそうな匂いがプンプンして来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 いつも拙作お読み戴き有難うございます。


 いやあ、300年後の世界は楽で良いですねえ。

 変な技術的バックボーンの解説なしで、トンデモ兵器を幾らでも作れる。(笑)

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