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夜空に瞬く星に向かって 第二部  作者: 松由実行
第十二章 トーキョー・ディルージョン (TOKYO Delusion)
6/63

6. 錦糸町シティホテル

 

 

■ 12.6.1

 

 

「アデール、聞いていたか? 試作無人機とは何だ? CU(China Union:中華連合)が何か妙なものを開発して東京に持ち込んでるのか? 知ってるか?」

 

 現実世界ではクニと会話をしながら、俺はネットワークの音声通信でレジーナのメンバーに状況を知らせる。

 

「それだけじゃ分かるわけがないだろう。何の試作機だ?」

 

「常識で考えろ。あんなところに宇宙船や戦闘機の試作機を持ち込むか。マフィアが喜んでオモチャにしそうな有人兵器で、都会のビルに格納できるときたらHASしかないだろう。CUが妙なHASを開発している話を聞いていないか?」

 

「連邦軍情報部にまで聞こえてきていたとしたら、その兵器を開発している連中は相当なマヌケだな。情報セキュリティがなってない。運悪く、連中は間抜けでは無かったらしい。悪いが、聞いた事が無い。」

 

「メイエラ?」

 

「現在情報収集中。ちょっと待って。」

 

 情報収集はメイエラに任せる。

 彼女であれば、同じ機能を持った複製を同時に数千体も並行して動かしながら、最高の効率で情報収集するという様な芸当が出来る。

 これはノバグにも、もちろんブラソンにも真似できない彼女の特技だ。

 広く網を張り、同時に幾つもの処理を並行して行うのが得意なメイエラ。

 強固なセキュリティを一点突破で瞬く間に無効化して通り抜けていくのが得意なノバグ。

 そして彼女達を取り纏め、独特な危険察知能力と感性でネットワークの海を泳ぎ渡るブラソン。

 三者三様の特技があるのだ。

 

「あの店はのう、ワシが故郷(くに)から出てきた時からずっと世話んなっとった兄貴分の店でのう。ぶち色っぽいママさん居ったじゃろ。あのママさんがのう、美姫姐さん言うて、兄貴の嫁さんじゃったんじゃ。」

 

 多少酔いが回ってきたのか、「依頼」に前向きな返事をした俺の答えに気を良くしたのか、クニは当初よりもかなり饒舌になって色々なことを喋り始めていた。

 妙に信用されたというか何というか、その無防備さはこちらが心配になるほどだった。

 もし俺が、実はクニ達の事を潰すために雇われた中華系マフィアの手先だったらどうするつもりだ。

 

「その兄貴分はどうしてるんだ?」

 

 その質問に、クニの表情が少し険しくなる。

 

「やられたんじゃ。交通事故じゃったけえど、あんなん誰もそう思うとりゃせん。絶対にあれ等ぁの仕業じゃ。」

 

「彼奴ら、とは、例の中国人共か。」

 

「おう。兄さん、『彪頭』言うて知らんか? ここ何年かで上海辺りからあぶれてこっちん逃げてきた奴等じゃ言うけえどの。」

 

「メイエラ?」

 

「『彪頭』は、もともと上海の外縁辺りを縄張りにしてた新興勢力ね。十年ほど前から上海市政府と市警が共同で力を入れてる『クリーン上海作戦』とか言う浄化キャンペーンで、徹底的にやられて逃げ出した残党の一部が日本に逃げ込んだみたいね。一部、って言っても数百人規模みたいだけど。」

 

 一部が数百人なら、もとは一体どれだけでかい組織だったんだ。

 そんな組織だから、「試作無人機」なるものの入手元と繋がりもあるのだろうが。

 

「堅気に無理言うなよ。あそこが中国人に占領されてるのも、調査を始めてから知ったんだ。」

 

 クニ達の組織を隠れ蓑にしてあのビルを襲撃し、どさくさに紛れて例のカルト野郎を確保しようと考えている。

 利用させてもらうとしても、ある程度の共同歩調と、情報の共有、作戦の摺り合わせは必要だ。

 そのためにはクニにある程度こちらのことを教えなければならないだろうと思っていたが、その時は思いの外早く訪れた。

 

「兄さん、あんましワシらをナメてもろうても困るで。KSLC。傭兵団の団長で、日本人でマサシ言うたら、一発で調べが付いたわ。傭兵団と、運び屋と、両方やっとりゃ何があってもどうにか出来るゆう訳じゃ。旨いことやりよるのう。ふふ、カタギ言うにはちぃとばっかり荒っぽい友達が多すぎりゃせんかのう? 軍とも付き合いがあるゆうトコがちぃと気に入らんのじゃけぇど、やり様によっちゃ逆にワシらにもその方が好都合かも知れん。」

 

 そう言ってクニが青あざが残り腫れた唇を歪めてニヤリと笑った。

 痛みには慣れているのか、或いは酔いが回って痛みを感じなくなったのか、あちこちズタズタに切れているだろう口で笑っても、もう痛みは気にならない様だった。

 

 そしてクニが口にした俺の個人情報を聞いて、こちらも唇を歪めて笑う。

 当然のことと言えば当然のことだが、クニの後ろにも何者かが居て、こちらのことを探っている様だ。

 当たり前の事だ。相手が何者かも分からないのに、手を組むバカなど居はしない。

 クニの名前を聞いたときに、俺も自分の名前は正司だと名乗ってある。

 ブラソンやメイエラクラスでは無くとも、少し調べれば俺の素性くらいすぐに調べが付くだろう。

 もちろん誰かに調べさせたのでは無く、こうやって話している間に自分で調べたのかも知れない。

 その場合クニは、ビルハヤートのタフさにブラソンの電子戦能力を付与した、ハイブリッドな凄い奴という事になる。

 

 いずれにしても抜け目なくバックグラウンドでこちらのことを調べていたこと、そして先ほどの発言の内容からも、汚れた派手なシャツに血を飛び散らせ、青あざだらけで腫れ上がった顔をしたその見かけに依らず、クニは頭が回りが良く、目先だけで物事を判断しない人間だという事が分かる。

 

 そしてそれはこちらも同じだ。

 だが、メイエラはまだクニと名乗る俺の前の席でビールを煽るこの男が何者であるか詳細を俺に伝えてきていない。

 とっくに分かっている筈だ。

 だが、俺とクニが友好的に情報交換をしているので、その雰囲気を壊さない様に俺から問われない限り黙っているのだろう。

 それはつまり、さしあたってクニが敵対し脅威になる可能性が低いという事も示している。

 

「そこまで分かってるなら話が早い。河岸を変えるか。ここから先の話をするには、この場所は余り適当なところじゃないだろう。」

 

 そう言って俺は後ろを振り返る。

 俺達が店に入った後、幾らか客の入れ替わりがあり、俺の後ろの方のテーブル席には仕事帰りの何処かの店の黒服と思われる二人組の男達が座り、カウンター席には相変わらず下らない話で盛り上がる二十歳前後の粋がった小僧共、反対側のカウンターには何やら深刻な話をしているらしい表情の娼婦と連れの男が速いピッチで酎ハイのグラスを空にしていた。

 そして店の真ん中辺り、カウンターの中ではまるで困難な精密作業をこなしているかの様に顰め面の女将がものも云わず、素晴らしい勢いで次から次へと客に出す料理を造り上げている。

 カウンターの向こうの端に座った、男三人女一人の、鎖を沢山ぶら下げてストリートギャング系の粋がった格好をしている小僧共の内の二人と眼が合い、二人はすぐに視線を逸らした。

 

 後ろを余り警戒していなかったのは、クニが店の一番奥の席で入口を向いて座っていたからだ。

 本当に拙い連中が入ってきたら、クニの視線がそちらに向く筈だ。

 

 いずれにしてもここは先ほどの中華マフィアの縄張りの中である可能性が高く、その敵地でこんな状態のクニを快く(?)迎え入れてくれたこの店に迷惑を掛けるわけにも行かないだろう。

 

「ほうじゃのう。ええ店、知っとるんか?」

 

 そこでクニの視線が一瞬だけ俺の後ろに飛ぶ。

 

「ああ、ちょっと歩くけどな。まだいけるだろう?」

 

「おう。まだちぃと飲み足りん思うとったんじゃ。行くか。」

 

 クニが立ち上がる。

 俺も立ち上がって、先に立って歩き始めた。

 相変わらず仏頂面の女将と、たまたまカウンターに入っていた無口な男に軽く頭を下げて出る。

 どちらも目線で軽く頷いただけで、結局二人の声を聞くことは無かった。

 AARで一瞬で支払いを済ませたか、或いはツケが効くのか、クニが二人と声を交わすことも無い。

 

 俺達二人が店を出て、前面ガラスの引き戸をクニが閉める音が後ろから聞こえた。

 近隣のマップに検索を掛けて、最寄りのタクシー溜まりを探すと、一ブロック先のホテルの前でタクシーを拾えるという事が分かったので、そちらに向かって歩き始める。

 後ろをクニの足音が付いてくる。

 50mほど歩いただろうか。

 

「マサシ。先ほど同じ酒場に入っていた四人組が後方から接近しています。同時に、前を横切る道路の左から三人、右から五人、明らかに接触する意図を持って接近して来ています。いずれも武装度不明。」

 

 レジーナからの警告が聞こえた。

 そんな事だろうと思った。

 思わず溜息を吐く。

 

「面倒臭いのう。」

 

 どうやらクニの方にも、バックアップしている何処かの誰かから警告が飛んだ様だった。

 

「右の五人は任せろ。」

 

 と、アデールの声が聞こえると同時に、視野の中、二時の方向に上方からアデールのAARタグが降ってくるのが見えた。

 俺達が店を出るのを待ってくれていたのか。

 案外に付き合いの良い奴だ、と思った。

 同時に右前方から、ビルの隙間に反響して男の喚き声が幾つか聞こえてきた。

 

「クニ、後ろを任せて良いか? 俺は左に行く。」

 

「おう。」

 

「左の三人はこちらで処理します。」

 

 と、ルナの声が聞こえてきた。

 暗くなったので船に帰る様に言いつけていた筈だが、それとも一旦戻ってまた迎えに来たのだろうか。

 確かに格闘戦ともなるとブラソンと俺が最弱の双璧なのだが、それにしてもどうもうちの船には心配性な奴が多くていかん。

 

 右側の五人をアデールに取られ、左の三人をルナに取られた俺は、やることがなくなった。

 仕方ないので、後ろを向いてクニの加勢をすることにする。

 後ろを振り返るとクニはすでに俺達を追いかけてきた四人組と向き合っていた。

 相手は男三人、女一人の組み合わせだが、むしろ女の方が他の男達よりも場慣れしているようにも見えた。

 

 男の一人が殴りかかるとクニは右手でそれを躱す。

 間髪を入れず別の男が殴りかかり、クニはステップと身の捻りでこれも躱す。

 そこに三人目の男が蹴りを放つ。

 身を捻って、クニはこれもどうにか躱す。

 が、無理に身体を捻った為に、体勢が大きく崩れた。

 そもそもしばらく前に中国人どもから袋叩きに遭っているのだ。

 ダメージが残っていて思うように動けなくてもおかしくはない。

 体勢の崩れたクニのシャツを最初の男が掴んだ。

 三人目の男がそこに蹴りを入れる。

 二人目の男が殴りかかろうとする。

 が、次の瞬間その男は俺の左腕で腹を横薙ぎにされ数mも吹き飛んだ。

 

 相手が同じ地球人であるなら、銀河種族を相手にしたときのようなアドバンテージは望めない。

 しかし俺はAEXSSを着用していた。

 HASに近い出力を誇るAEXSSは、10mほどの距離を一瞬で詰め、そのまま相手を吹き飛ばすに充分な瞬発力を持っている。

 俺はそのまま回し蹴りで、クニの腕を取ってバランスを崩させていた男を吹き飛ばす。

 充分に手加減はしているが、アバラの数本は確実に折れるだろう。

 クニは蹴りを出してきた男の足を掴み、自分の体勢を整えながら男を地面に引き倒す。

 そこに女が襲いかかる。

 暗闇の中、最下層の乏しい街灯の光を受けて握った女の右手に金属光沢が光る。

 その右手を俺が左手で払う。

 女の腕の骨が折れる感触があった。

 女の右手からナイフが飛び、震える金属音を立てて地面に跳ねた。

 悲鳴こそ上げなかったが、女は痛みに顔を歪めて右手を左手で押さえる。

 そこに右足で足払いを掛けると、女の身体はまるで人形のように回転し、頭から地面に叩き付けられた。

 地面に頭がぶつかる嫌な音がして、女が動かなくなる。

 この程度で死にはしないだろう。

 ちょうどクニも、蹴り飛ばした男を地面に叩き付け、意識を刈り取ったところだった。

 

「やるのう、兄さん。」

 

 そう言ってクニがニヤリと笑った。

 

 後ろから硬い足音が二つ近付いてきた。

 振り返ると、真っ黒なAEXSSに身を包んだ無表情のアデールがこちらに近付いてきており、そのすぐ後ろに黑メイド服のルナが続く。

 俺の後ろになったクニが、僅かに身構えるような気配を纏う。

 

「大丈夫だ。ウチのクルーだ。」

 

 そう言うと、クニの緊張も取れた。

 

「レジーナ、他に脅威は?」

 

「半径300m以内に、敵対的行動ありません。」

 

「メイエラ、タクシーの手配頼めるか。」

 

「ホテルの前に一台駐まってるわ。」

 

「オーケイ。すぐに向かう。」

 

 進行方向を向くと、「錦糸町シティホテル」と青い文字で書かれた、薄汚れた小さなビルの一階が周りより幾分明るく見える。

 どうやらその明るいところがホテルの正面玄関で、そこにタクシーが待機している様だ。

 

「これで彼に手を貸す第三者がいることが中国人にバレたわね。IDの特定は最大限妨害してるけど、保って二・三日よ。連中だってそれなりの数と腕のダイバーを用意してるはず。あのビル、やるなら早めに襲撃した方が良いわよ。」

 

 と、メイエラが頭の痛くなる様なことを言ってきた。

 それは分かっているし、そもそも最初からそのつもりだった。

 問題は、隠れ蓑に使う予定のクニ達の準備の方だった。

 

 考え事をしている内に、俺達はすぐに錦糸町シティホテルの正面玄関に着いた。

 玄関脇に小さな駐車スペースがあり、そこに八人乗りのビークルが一台駐車していた。

 

「タクシーで行くんか? 遠いんか?」

 

 ビークルに近寄り、乗客の姿を認識したビークルが扉を開くと、クニが少し疲れた様な声で聞いてきた。

 

「その代わり確実に安全で、落ち着いて話せるところだ。酒も食い物もある。何なら明日の朝まで泊まっていってくれても構わん。」

 

 俺がそう言ったところで、行き先の見当が付いた様だった。

 クニは黙って頷いた。

 

 開いた扉から、クニを含めて俺達四人がビークルに乗り込む。

 わざわざ確認する様なことはしていないが、ホテルのフロントを含め、この辺りのカメラの類はブラソン達が無効化しているだろう。

 

「北関東宙港、離着床48bまで。」

 

 俺が行き先を告げると、白いビークルは音も無く浮き上がって、滑る様に最下層の闇を掻き分けて進み始めた。

 

 

 

 

 

 



 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 300年後に現在のネイティブな広島弁が残っているか、という疑問提起ありましたが・・・

 確かに、昨今の標準語化を見ていると、三百年後にはみんな殆ど標準語の様な言葉になっていてもおかしくないですねえ。

 しかしそれでも、日本でヤクザと言えば広島弁とアノ音楽でしょ。


 ちなみに。

 以前、広島市在住の友人(※ごく一般人)から電話が掛かってきたときに

 「そう言や、二・三日前に、うちの数軒向こうの家に数発撃ち込まれてのう。」(※友人はマンション住まい)

 「は? 新聞には何も出てなかったぞ。」

 「そりゃそうじゃろう。誰も死んどらんもん。」

 という会話があったのをふと思い出しました。

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