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夜空に瞬く星に向かって 第二部  作者: 松由実行
第十四章 故郷(ふるさと)は遙かにありて
42/84

16. 直援戦闘機群


 

 

■ 14.16.1

 

 

 レジーナが船体の高度を少し下げると視野がまた下がり、クレバスの縁がその分さらに上がって遙か頭上に見える。

 俺はクレバスの縁ギリギリのところに表示されている戦闘機群のマーカを睨み続けている。

 戦闘機群のマーカには、通常のキャプションの他にエンケラドス地表を水平線としてそれに対する仰角の項目が追加されており、見ている間も増え続けるその数字はもうすぐ70度に達しようとしていた。

 クレバスの縁を遮蔽対として利用しているレジーナの船体はもうかなりクレバスの中に入り込んで高度を下げており、戦闘機群がもう少し頭上に近付くとクレバスの壁の陰に隠れることが出来なくなる事を示している。

 

 レジーナを目標として続けられている戦闘機からの攻撃は、クレバスの中だけではなく、レジーナを中心として周りの地表にも次々と着弾し、レーザーが着弾した爆発に抉られた地表の細かな破片がエンケラドスの微弱な引力ではなかなか地表に落下することなく周囲を漂って、まるで谷から発生した濃い霧のように辺り一帯を覆っている。

 

「重力焦点生成します。周囲の破片を集めて重力アンカーで固定します。」

 

 レジーナがそう言うと、彼女の周りを漂う氷の破片に動きが生じる。

 0.1G程度しかないエンケラドスの引力に捕まりながらもなかなか地表に墜ちることなく空中を漂っていた氷の雲の中に、重力焦点を中心にした明らかな濃淡が発生した。

 重力焦点は辺りを動き回りながら漂う雲をかき集めるように動き、レジーナの頭上クレバスの縁付近に発生させた重力アンカーの焦点に向かって掻き寄せられて、先ほどまでよりも一段と濃い氷の雲を形成した。

 レジーナを覆うように作られたその雲は案外に濃度が高く、俺の視野は真っ白な雲に包まれて、その向こうに存在する筈の星空が全く見えなくなった。

 

 その雲が忙しなく発光する。

 戦闘機の撃ったレーザーが雲に当たり氷を溶かし蒸発させる過程で、氷の中に含まれていた塵などの様々な不純物がレーザーに熱されて超高温になり蒸発する前の一瞬強い光を発しているのだ。

 レーザーが当たって蒸発した氷は気体の水となって宇宙空間に拡散していく。

 当然その分レジーナを多う氷の雲が少なくなり、小さくなる。

 レジーナは重力焦点を使って辺りからさらに氷の破片をかき集めて、自らの船体を護る雲に追加する。

 そしてまたそれをレーザーが削る。

 

 いたちごっこのような攻撃と防御だが、氷の雲は戦闘機の攻撃によって失われていく方が多く、徐々に痩せ細り、密度も低くなってレーザーを避けるには心許ないものとなっていく。

 レジーナの作る重力焦点によって地表に積もった雪のような氷の結晶が巻き上げられて多少は追加されるものの、基本的には戦闘機群の攻撃によって飛び散り空中に漂う氷の欠片を集めているだけなのだ。

 とにかく原料供給が心許ない。

 するとレジーナは、本来燃料補給のためにかき集めているエンケラドスの地下水の一部を雲の盾に注ぎ込んで増強する。

 そしてそれを再びレーザーが削っていく。

 しかし戦闘機群が近付いてくるにつれて仰角が上がっていき、その分レジーナを覆う氷のシールドへの直撃弾も増えていく。

 

「マサシ、ちょっと困ったことになりました。」

 

「どうした?」

 

 レジーナの声に、睨み付けるように見ていた戦闘機群のマーカと、レジーナが周りに展開している氷のシールドから視線を外す。

 控えめな表現をしているが、レジーナがこういう言い方をするときには、事態が案外深刻なものであることが多い。

 

「エンケラドスから吸い上げている水を船体を覆うシールドに投入して凌いでいるのですが、今よりも直撃弾が多くなると水の投入量よりも攻撃で吹き飛ばされる量の方が多くなる可能性が高いです。水をシールドにかなり振っているので、今のままでも燃料補給完了まであと900秒ほどかかりますが、シールドの水消費量が上がると当然燃料補給は完了できず、本船の損害だけ増加することになります。そして、デールンネジカ戦闘機群が接近すれば接近するほど直撃弾の数は増加するものと思われます。」

 

 確かにそれは困ったことだ。

 

「今燃料はどれくらいになった?」

 

「現在4300t、約78%補充完了しています。」

 

 80%いってないか。

 だがここが潮時だろう。

 このまま意地を張って頑張り続けても、燃料は増えず、レジーナの損害だけが増える。

 

「分かった。レジーナ、燃料補給を終了する。ホールイン用意。クレバスから出ずにこのまま・・・」

 

「ちょっと待った。」

 

 燃料補給を諦めてエンケラドスから離脱する指示を出そうとしたのをブラソンが横から遮った。

 

「何か手があるのか?」

 

「あと20秒くれ。戦闘機を無害化する。」

 

 ブラソンのチームは、木星方面に出撃して現在ファラゾア艦隊と交戦中の侵攻艦隊と、土星の補給ステーションを墜とそうとしているはずだった。

 土星宙域に駐留しているステーションの直援艦隊を短時間で墜としたのに較べて、侵攻艦隊とステーションを墜とすのに時間がかかっていた。

 何か相当手こずらされる理由があるのだろうと、特に口を差し挟んではいなかった。

 土星のステーションは直接レジーナを攻撃できるわけでもなく、侵攻艦隊に至ってはほとんどおまけのようなものだったからだ。

 

 土星のステーションは、ミサイルこそ何度か発射しているものの、現在接近してきているもの以上の戦闘機を発進させていない。

 太陽系内に他にファラゾア艦隊が居ないことが分かっていたのだろう。

 デールンネジカは土星宙域には本当に最小限の防衛戦力を残しただけで、ほぼ全力を木星方面に振り分けたようだった。

 

「レジーナ?」

 

「20秒程度なら保たせられます。全ての水をシールドに回します。60秒は無理です。」

 

「分かってる。20秒で良い。」

 

 そう言うと、ネットワーク上での作業に没頭するためか、ブラソンは再び黙った。

 

 20秒という時間は短いようでいて、反撃するでも無くただ敵の攻撃に身を曝しながら待つとなると案外に長い。

 更に接近してきて命中精度の上がった戦闘機からの攻撃を受けて、水と氷で出来たシールドが眩く光り、一瞬で爆発的に気化した水が大量の水を吹き飛ばしてシールドが削られていくのを眺め焦れながら時間が経つのを待つ。

 レーザーは次々とシールドへの直撃を出し、そのたびに大量の水が吹き飛ばされ虚空へと消えていく。

 痩せ細ったシールドにレジーナが水を補給し続けるが、その間にもレーザーは次々と着弾しており、吹き飛ばされた大量の水が再結晶化して白く輝く微粉となって辺り一面に霧のように立ちこめ、0.1Gの引力に引かれてまるで暗闇の深海に降るマリンスノーのようにゆっくりと地上に降り積もる。

 

 極低温の空間に集められた水でできたシールドは、氷混じりの白濁した巨大な塊であるが、周りが真空であるので半ば凍りながらも表面が沸騰して泡立つという不思議な状態で、凍った水飛沫を纏い白く煙りながらレジーナの頭上に横たわっている。

 シールド全体を見れば、作った最初の頃に較べて大きさや厚さが明らかに減っており、レジーナが60秒保たないと云った理由が今更ながらに分かる。

 このまま戦闘機の攻撃を受け続けていれば、そう遠くないうちにシールドはレジーナを覆いきれなくなるほどに小さくなるだろう。

 その時間が経つにつれて徐々に小さくすり減っていくシールドを見ていると気が焦る。

 もう20秒経った頃だろうと視野の隅に表示されている時計を見れば、まだ10秒ほどしか経っていない。

 たった20秒。

 陳腐な表現だが、その20秒がまるで永遠のようにも思えた。

 

 そして突然、何の前触れもなく戦闘機からの攻撃がやみ、爆発の衝撃で常に不定型で震えているようだったシールドの形状が落ち着きを取り戻す。

 半透明で盾に引き延ばされた半透明の繭のような形状のシールドが、一転レジーナの上方で大きく成長し始めた。

 

「待たせたな。もう大丈夫だ。戦闘機も土星ステーションももう攻撃してこない。墜とした。」

 

 戦果を告げる相棒の声が、まるで地獄で聞く救いの天使の清らかな歌声のように聞こえた。

 俺は無意識に詰めていた息を大きく吐き、体重をシートの背もたれに預けて全身の力を抜いた。

 

「燃料補給再開します。全噴出水を燃料に回します。補給完了まで約20秒。」

 

 レジーナの声に、もう戦闘機からの攻撃に曝されることはないのだと実感が湧き、頭をヘッドレストに預けて首の力を抜く。

 緊張の連続からか、首筋と肩が痛いほどに張っていることに気付いた。

 

「随分時間がかかったな。面倒な仕掛けでもあったのか?」

 

 自分の耳にも疲れた声でブラソンに訊いた。

 QRBを撃ち込んだとは言え、直援艦隊を墜としたときに較べれば何倍もの時間がかかっていた。

 

「ああ。クソ面倒な事してくれやがって。最初に当たりをつけた以上に面倒だった。

「土星のステーションは元々ファラゾアのものだ。間違いねえ。奴等占領するのに、ステーションの基幹システムをまるごとクラックするんじゃなくて、後付けポン付けの割り込み用ユニットかなんかを取り付けて、脇から強制的に割り込んでいたようだ。もともとの住人の生体脳からの命令をカットしながら、フィルタを通してファラゾアのシステムに適応したコマンドを垂れ流すことで、ステーションの管制システムに言う事をきかせていたようだ。

「そんなけったいなハッキングなんざやってくれたお陰で。最初にデールンネジカの割り込みユニット墜として、次にファラゾアのコマンド解析やってからタルいフィルタを消して更にファラゾアのシステムを墜とす、なんてしち面倒臭いことをやらされた。それを全部相手に気付かれないようにひっくり返さなきゃならんとか、何の拷問だ畜生め。クソ素人が。まあ、お陰でこの時代のファラゾアのシステム構成とコマンドがかなり手に入ったけれどな。あんな変なユニット使うなんざ、道理で入り口が見つけにくい訳だぜ、ったく。」

 

 苛立ちでテンションが上がったままのブラソンが罵詈雑言交じりの報告を一気にまくし立てる。

 今ひとつ理解できないが、どうやら相当面倒な作業をやっていたらしいという事は分かった。

 

「一仕事終わって疲れているところ悪いが、木星方面に出張っているデールンネジカの侵攻艦隊の方はどうだ?」

 

 俺は視野の中、無力化されたことでレジーナの頭上を素通りして行く戦闘機群のマーカを睨み付け、一応念のため警戒しながらもう一つ気になっていることをブラソンに訊いた。

 

「やってる。こっちは面倒な構成じゃなくて、ただ単に防御力が高くてヒマがかかってる。さすが旗艦、ってとこだな。自分達もAI使ってる分、電子的侵入に対して多少意識が高い様だ。まあ、どこにバレようが誰に通報されようが、増援がいきなりソル太陽系深部に現れることは無いだろうから、バレるの上等で旗艦のシステムに総攻撃食らわしてる。お陰で量子通信経由でどこかの基地か司令部から増援がやって来て、一時は旗艦の内部でお祭り状態だったんだがな。今はもうすでに主通信システムはこっちの手に落ちて、こっちがどんどん優勢になっていってる状態だ。墜ちるのは時間の問題だ。

「ふふ、奴等も大変だぜ? リアルじゃファラゾアの艦隊とマジな殴り合いしながら、中じゃとんでもない数のノバグとメイエラのコピーと必死で闘ってるんだ。キャパが全然足りねえだろ。勝てるわけが無いよな。」

 

 どうやらこちらの方ももうすぐ片が付くようだった。

 これでレジーナの周りの脅威がひとまず一掃されたことになる。一安心だ。

 ファラゾアの艦隊が土星までやって来るにはどれほど急いでも数時間かかる。

 デールンネジカの旗艦が陥落すれば、上位艦が完全に居なくなり、土星宙域に残っている命令系統が完全に消失した直援艦隊が万に一つもこちらを攻撃する危険も無くなる。

 

「マサシ、燃料補給完了しました。船体修理と消耗品の補充に最大800tの水を消費しますが、補充完了までこの場に留まればその分の水も再補充して、燃料を完全に満載した状態でタイムジャンプに臨めますが、どうしますか?」

 

 とレジーナが訊いてきた。

 当然、燃料はあればあるほど良いに決まっている。

 周囲に脅威が無くなった今、その選択肢は有りだ。

 

「ブラソン、侵攻艦隊の旗艦を墜とすまで後どれくらいかかる?」

 

「140秒。それ以上はかからん。」

 

「ニュクス、修理と補充を完了するのにかかる時間は?」

 

「60分というところじゃの。」

 

「分かった。レジーナ、船が完全な状態になるまでこの場に留まる。ニュクス、引き続き宜しく頼む。ブラソン、ノバグ、メイエラも、だ。これが終わればもとの時代に戻れるぞ。あと一踏ん張りだ。」

 

 一時はどうなるかと思ったが、やっともとの時代に帰る算段が付いた。

 俺はゆっくりと息を吐き出して、身体を深くシートに埋めた。

 

 エンケラドスが自転し、弱々しいながらも谷底まで差し込むようになった太陽光に照らされて、氷で出来たクレバスが白く目の前に広がっていた。

 不自然に空中に浮かんだ水の塊が、波打ちうねりながらレジーナの燃料タンクにゆっくりと吸い込まれていく様を眼で追う。

 ごく小規模なものとは言え、正規軍を相手に立ち回るのはもう懲り懲りだと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつも拙作お読み戴き有り難うございます。


 リアルの仕事が一山越えて、最近U/L速度を少しだけ戻せていたのですが。

 次のでっかい波がやって来て飲み込まれました。(泣

 最悪でも1回/週の更新頻度は死守したいと思ってます。

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