7. Überraschungsangriff (厨二的に)
■ 14.7.1
「ふふ。主はどう思う?」
と、ソファの背もたれに右肘を乗せ、しな垂れ掛かるように身体をソファの表面に沿わせるニュクスが、蠱惑的な笑みを浮かべて薄暗がりの中、翠色に光っているかのように錯覚する眼でじっとこちらを見ている。
「質問に質問で返すな」などとガキの様なことを言うつもりは無いが、しかしこれが本当に幼女の殻を被った機械知性体かと言いたくなるほどに、その姿はヒトらしく、そしてまるで客の心を手玉に取る熟練の娼婦がそこに座っているかのように、ヒトとして違和感が無かった。
なのでこちらもヒトの成人女性かつその手の職業の女を相手にしているかの様に振る舞うことにした。
「どう思おうもなにも。お前だろう。」
つまり、相手のペースに乗せられたら終わり、という事だ。
すると突然、ニュクスの笑みから毒気が抜ける。苦笑に近くなる。
「つまらんのう。もう少し空気を読んで付き合うてくれても良かろうが。会話のキャッチボールじゃぞ。」
何がキャッチボールだ。ひとをからかって面白がっているだけだ。
見た目お子ちゃま、中身機械のくせに何を言っているのか。
・・・まるで魔界でサキュバスが誘惑を仕掛けているかのように見えたが。だからこの部屋は苦手なのだ。
「今回は何が目的だ? 技術的なバックグラウンドはすでにあったから、実は思ったほど危険な航海じゃ無かった、と主張したいのは分かった。で、俺達をこんなところまで連れてきて、今度は何をさせたい?」
先ほどニュクスが、数千もの実験を繰り返して、自分達はすでに時間旅行をある程度の精度をもってコントロールできているという趣旨の発言をしていたのは、遅かれ早かれこの船のWZDシステムに仕掛けた悪戯は見抜かれるものと予想して、その悪戯が充分に安全なものであったのだと俺が気付くように主張していたのだろう。
何とも回りくどい話だが、致命的な悪戯で皆の命を危険にさらしたと俺の怒りに触れる事を避けたかったのだろう。
何せ俺は一応この船の船長だ。
派手な悪戯を仕掛けたニュクスにしてみれば、最悪ブチ切れた俺から退船を命じられる可能性も考慮したはずだった。
その回りくどい、それ自体が悪戯のような主張に気付いて、怒る気も失せたが。
何でコイツはこうギリギリのところを攻める様な悪戯をするのか。
俺の問いに対するニュクスの答えは、ソファにもたれ掛かった恰好のままこちらをじっと見て浮かべる笑みだった。
それはこの部屋に来る前に予測済みの答えだった
「また今回も言えない、という訳か? いい加減それに付き合わされてすり減らされる俺達の精神の事も考えて欲しいものだが?」
「ふふ。済まぬのう。思いも付かぬ大冒険と未知の世界に心が躍るじゃろ?」
「勘弁しろ。お前達機械の掌の上で躍らされているのは俺達だ。」
「安心せい。儂も一緒に躍っておるぞえ。何せここは儂にとっても未知の世界じゃ。」
と、現代の銀河中にセンサーとナノボットをばら撒いて、まるで全知全能のようになった機械知性体が笑う。
「オーケイ。お前も一緒に心湧き躍る未知の大冒険を楽しんでいるのは理解した。で、何がしたい? 何をさせたい? ちゃんと未来には戻れるんだろうな? (Surely be back to the future?) 」
機械達が俺達に何をさせたいかはさておき、何を置いてもまずは元の時代に戻ることが出来なければ意味が無い。
時間跳躍が技術的にある程度確立しているのは理解した。
だが同時に、ニュクスは過去の世界への干渉が過ぎると元の世界に戻れなくなるという可能性も示した。
やっていることが矛盾している。
だが、何よりも理論的な思考をする機械達がそのような矛盾を起こすはずが無い。
という事は、機械達の思惑の中で俺の眼に見えていないものが沢山あるという事なのだろう。
「言えぬよ。儂がお主の意思に過干渉することで因果律が低下する。お主はお主の思うままに行動する方が因果律の低下を免れるじゃろう。」
「俺が思うがまま? 知らずにデカい地雷を踏み抜いたらどうする。」
「大丈夫じゃ。それとのう儂が誘導してやろうぞ。お主は下手に因果律について意識せぬ方がええ。」
彼女が言っていることの内容は理解できる。
だが、意味不明だった。
俺は黙ったまましばらくニュクスの顔を見ていた。
感情に近いそれに類するものが無いわけでは無いだろうが、だが生義体の表情筋ですら完璧に制御できるのであろうニュクスの顔に、何かが読み取れるような表情が浮かぶことも無かった。
俺はデカい溜息を一つ吐いて視線を逸らし、まだ中身が半分ほど残っているゴブレットをテーブルの上から取り上げ、残りを一気に飲み干した。
甘く独特の癖のある香りの液体が、高いアルコール度数の酒特有の刺激を伴って喉を下っていって胃の中で熱を帯びる。
「分かった。上手く乗せられてやる。だが気をつけろ。三十万年も集団でぼっちだった、友人との付き合い方が下手くそなお前等に忠告しておいてやる。例えお前達にとって安全が担保されている必然であっても、あまり信義に悖る行動をすると友情を失うぞ。友人であるという事は、何をやっても良いという意味じゃない。お前達には色々な恩と借りがあるから付き合っちゃいるが、やり過ぎればどんな友人にさえ見捨てられることがある。」
そう言いながら、俺はソファから腰を上げた。
「心しておこうぞ。」
薄く笑いを浮かべたニュクスが気怠そうにしな垂れ掛かったソファの上から俺を見上げる。
その脇を通り抜けてドアに向かうとき、ちょうど良い高さにあったニュクスの頭にポンと左手を乗せる。
しっとりとしていながらもさらりとした手触り、どこまでも滑っていきそうな滑らかさ。
原子レベルで物質を形成することが出来、分解も合成も思いのままの彼女なら、トリートメントなどといった手入れも必要ないのだろう。
その気になれば傷んだ髪を全て取り除いた上で、新しいものを取り付けることさえ出来るのだろう。
その薄く上質な絹織物のような手触りを楽しんで、という訳でも無いが、脇を通り過ぎながら二・三度頭をこねるように撫でると、見た目と言動が全く一致しないこの部屋の主は、まるで猫が気持ちよさそうに眼を細めるような表情で少し首を竦めて笑った。
いつもこういう笑顔なら可愛いんだがな、と思いつつ俺はドアを開けて部屋の外に出た。
■ 14.7.2
「土星宙域には3000m級戦艦三隻、1500m級軽巡洋艦二十五隻、駆逐艦その他六十八隻が残留しています。」
「殆ど残って無いじゃないか。随分気合い入れて出撃していったな。」
「この戦いで決める気なんじゃろうよ。逆にファラゾアは絶体絶命じゃの。」
「ま、俺達には都合のいい話だ。悪くない。」
仮眠を取り終え、ニュクスによるレジーナの応急修理が終わると同時にブリッジに集まった俺達は、ブリッジ中央の空間に投映されている土星宙域のホロ映像を眺めていた。
同じ物がネットワークを通じて流れているので、アデールも自室で眺めているだろう。
応急修理中で俺達が動けない間に、土星宙域に集結していたデールンネジカ艦隊は編成を終え、木星宙域に集結しているファラゾア艦隊との交戦に向けて土星を後にしていた。
彼等にとって都合の良いことに、土星と木星は太陽の同じ側にあって比較的接近している状態だった。
それでも十億km近い距離がある。
「デールンネジカ艦隊、0.2光速に達しました。等速直線で約130分後にファラゾア艦隊と接触予定。」
そして十億kmほど離れた木星からは、数の上ではデールンネジカ艦隊を大きく上回るファラゾア艦隊がこれを迎え撃つべくすでに木星宙域を離れていた。
ニュクスの予想によると、デールンネジカ艦隊は数こそ少ないものの実力ではファラゾア艦隊を大きく上回っており、真正面から当たれば間違いなくファラゾア艦隊がボロ負けになる戦力比とのことだった。
そして俺達は、小規模ながらもとりあえず今現在のソル太陽系の所有権を巡る戦いを、太陽系外縁からさらに一光年ほど離れた場所から高みの見物を決め込んでいる。
予定としては、デールンネジカ艦隊がファラゾア艦隊と交戦状態に入る直前、土星残留艦隊の中でデールンネジカ人が直接指揮を執っていると思われる戦艦三隻にQRB(Quantum Relay Bullet)弾をブチ込んで指揮系統を混乱に陥れ、その間にエンケラドスからたっぷりと燃料をせしめて、デールンネジカの土星残留部隊が体制を整え直す前にさっさとトンズラする、というものだ。
同じ事を地球に対して行えば、もっと簡単に液体の水が手に入るのでは? と思ったのだが、ファラゾアの戦闘機械はほぼ全ての個体に生体脳が組み込まれており、指揮系統から分断されたとしてもある程度独自判断で戦闘行動が取れるのだという。
戦隊の旗艦のみが人間が操る艦で、その下に配置されている各艦は指揮艦に従う機械艦というデールンネジカ艦隊であるので、指揮系統を混乱させれば一時的なパニック状態に陥るのだ。
だがその程度の攻撃法は、長く続く汎銀河戦争の中で誰かが考えついた筈であり、なんで今まで実行されたことが無かったのか、或いは誰でも考えつきそうなこんな手が本当に上手く行くのか、訝しんでニュクスに尋ねた。
「勿論、奴等のセキュリティは強固じゃ。この時代の技術ではそう簡単に抜けるものではなかろうの。じゃが儂らにはブラソンのチームが居る。この時代には居らなんだ機械知性体のダイバーじゃ。勿論、機械知性体未満のこの時代のAIによる抵抗はあるじゃろう。じゃが、ヒトの指示がなければ何も出来ぬこの時代のAIと、自立判断で動けるノバグ等では比べものにもならぬよ。」
との事だった。
行動を起こすのにいちいちヒトの指示を待たねばならないだけで、機械知性体の実行速度は何万分の一に低下する。
戦艦のネットワークを破壊し大混乱に陥れる、という大目標さえ提示されれば、その途中の過程は自由な判断で実行できるノバグやメイエラとは較べるまでも無い速度差だろう。
機械戦争前には、銀河種族達も機械知性を造り使役していたと聞いている。
ただ彼等の機械知性は、あくまでもヒトの活動を補助するためのモノ、便利にするためのモノ程度の能力に抑えられており、何をするにもヒトが指示を出さねばならなかったのだという。
機械知性体を忌み嫌う銀河種族達の手により、当時の機械知性に関する記録は徹底的に破壊されているので想像でしか無いのだが、彼等は機械知性が完全な知性体にならない様に制限していたのではないだろうか。
幾らのんびり屋が多い銀河人類達とは言え、何十万年もの時間の中で機械知性体を生み出す事が出来ないなどあり得なかった。
辺境の星に未開の知性種族を捜し求め、それらをある程度知性化して自分達の従族として支配下に組み込み使役するのと同じ様に、ネットワーク上でも機械知性体を従僕として使役するために、彼等の能力を制限していたのではないだろうか。
機械知性体が自我を持てば、その処理能力はヒト種のそれを遙かに凌ぎ太刀打ちなど出来ない。
ネットワークやシステムと言った、社会の根幹を握られた上に、ヒト種よりも遙かに能力の勝る機械知性体が、ヒト種の従僕という位置に虐げられ甘んじているとは思えない。
地球人は、機械知性体も同じ地球で生まれた地球人であるとして共生の道を選んだ。
だが、プライドの高い銀河種族達は、自分達が創った知性体が自分達と肩を並べることなど、ましてや自分達を追い越すことなど、とても我慢できなかったのだろう。
だから、そんな事にならないよう、最初から機械知性体の能力に制限を設けていたのではないだろうか。
それが、何十万年もの長い汎銀河戦争、或いは銀河種族達の歴史の中で、自立した機械知性体が一切生まれなかった理由なのではないだろうか、と思った。
俺達はそのままブリッジに待機したまま、二つの艦隊が木星軌道と土星軌道の間で邂逅する時を待つ。
応急修理はすでに終えているので、キッチンもダイニングも既に与圧を終えており、途中コーヒーを飲みに行く程度の休憩は取れる。
残燃料が心細くなるほどに心許なく、応急修理でなんとか保たせている船体は余り無理を掛けられない事以外は、通常の生活が戻って来たと言って良い。
その気になれば中型貨物船など一瞬で吹き飛ばしてしまえるほどの、列強種族達の艦隊を前に大博打を打つ、僅かな間の平穏な時間。
その間も数十分おきにセンサープローブをホールショットで打ち出してデールンネジカ艦隊の進路上に配置し、リアルタイムの情報を得ることだけは忘れない。
「両艦隊接触まであと三百秒。デールンネジカ艦隊、艦隊編成を戦艦を先頭に据えた突撃型に変更し始めました。対向戦を仕掛ける模様。」
宇宙空間での艦隊戦のやり方には色々ある。
速度差のある状態で真正面からぶつかって互いに敵の艦隊の中を駆け抜け、向きを変えては何度もそれを繰り返す、まるで中世の騎士のトーナメントを見ているかのような対向戦。
速度を落とし敵艦隊とベクトルを揃え、真正面からの殴り合いを延々と続けるような同航戦。
大概の場合は当初対向戦で始まった戦いが、その後状況に応じて陣形を組み替え、互いに距離を取って同航しながら正面から殴り合う同航戦や、駆逐艦隊や戦闘機隊による突撃を繰り返す斬撃戦の様な形に落ち着いていくものらしい。
艦隊戦に詳しいニュクスからの受け売りの知識だ。
いずれにしても双方の艦隊が完全に戦闘態勢に入った今の時点が、俺達が行動を起こすベストのタイミングだ。
「ニュクス、両舷GRG砲撃準備。弾種QRB。ホールショット。目標土星軌道残存艦隊のデールンネジカ巡洋艦DNCC025。着弾速度は1km/s。照準は船体中央部。ブラソン、準備はいいか?」
「いつでも撃てるぞえ。」
「いつでもやってくれ。」
「GRG#1発射。#2は待機。着弾観測。」
「シュヴェルクラフトライルグン、アインス、フォイア。」
(Schwerkraft-Railgun, Eins, Feuer!)
「QRB弾体、ホールアウト。着弾。目標艦体中央部に命中。」
相手は油断しきっている静止目標だ。
例え軍艦だとて、最初の一発を当てるのは難しくない。
「ノバグ、メイエラ、やっちまえ。」
「諒解。」
「まかせて。」
一人相変わらずな奴が混ざっていたが、数百隻もの正規軍艦隊に中型貨物船一隻で喧嘩を売りつつ目の前で燃料を掻っ攫ってトンズラするという、俺達が未来に戻れるかどうかの命運を賭けた無謀かつ大胆不敵な作戦はこうして始まった。
いつも拙作お読み戴き有り難うございます。
タイトルも厨二にしてみました。ただ単に「奇襲攻撃」という意味です。
遅ればせながら世間の流行りに追い付きまして、先週末にインフルエンザに罹ってしまいました。
それで更新が一回飛んだのですが。
どうやら内臓がやられるインフルだったらしく、熱も咳も出ず、しかし腹を激しく壊して上下ダダ漏れという悲惨な状態に。(メシ食いながら読んでた人、スマヌ。)
で、これまた運悪くここ最近の大過剰な仕事量と顧客からの度重なる無茶ブリでストレスが最高潮に達していたところにピッタリタイミングが合ってしまって。
二回目に吐いた時点で胃の中は空っぽ。
その後は多分胃に開いている穴から止めどなく溢れ出る血を吐き続けることに。(笑)
流石に自分が大量の血を吐くのは結構ビビりますねえ。
途中から原因が想像ついたので案外冷静になれましたが。
でもトイレの中が13日の金曜日。
後で掃除が大変なので、飛び散った血痕はすぐに拭き取るべし、と身に染みて学習しました。
じゃないと誰か来たときに色々疑われるからねっ!w




