表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜空に瞬く星に向かって 第二部  作者: 松由実行
第十二章 トーキョー・ディルージョン (TOKYO Delusion)
10/69

10. 錦糸町市街戦

 

 

■ 12.10.1

 

 

 俺は反射的にライフルを構え、引き金を引いた。

 分間200発に設定されているライフルから大量の9mmメタルキャップ弾が発射され、大柄で不格好なHASの装甲の表面を叩いて、火花を散らして辺りに散っていった。

 しまった、また弾種の切替を忘れた。

 撃ったあとで気付いて慌てて弾種を徹甲に切り替える。

 が、この手のヘビー級HASは徹甲弾だろうがメタルジャケット弾だろうが、どのみち跳ね返してしまうので余り関係が無いことが多い。

 弾種も弾種だが、それよりも弾速を上げて侵徹を狙わねばならないのだが、辺りに無防備な人間がこれほど存在する中で10km/sを越える速度で徹甲弾を連射して、発生する強烈な衝撃波でクニと仲間達を傷つけるわけにはいかなかった。

 

 弾速を上げられないなら、AP弾だろうとEX弾だろうと豆鉄砲と変わりが無かった。

 どれだけ弾丸を叩き込もうと、慣性制御(IR)機能で打ち消され、落下中の魔改造HASの姿勢を崩すことさえ出来ないのだ。

 俺はライフルを捨て、両腰に差してある振動ロングダガーを引き抜いて地面を蹴った。

 当然HASは俺にも、クニ達にも気付いている。

 全身を艶消し黑に塗られた不格好な四脚のHASは、空中の姿勢制御で、アデールが警告を発していた右肩に担ぐ形のGRGをこちらに向けつつあった。

 大丈夫だ。間に合う。

 そう思った次の瞬間、HASは俺から遠ざかる様に急激に軌道を変えた。

 そして、地面にたむろする生身の人間よりも高速で空中を飛んでくる俺の方が脅威度が高いと判断したのか、GRGの砲口をこちらに向けた。

 速い。

 銀河種族の駆るHASを相手にしているのとは訳が違う。

 地球人の、AIが操るHASだ。

 反応速度は生身のヒトである俺よりも速い。

 こちらも慌てて空中で軌道を変える。

 一瞬前まで俺の身体があった空間を高速で何かが通過し、発生する超音速衝撃波の唸りが聞こえた。

 HASはさらに加速して俺から遠ざかる。

 再びこちらに砲口を向けた。

 拙い。

 重鈍そうな見た目の割には、思ったより動きが速い。

 ジェネレータキャパシティがデカいのか。

 これでは距離を取られたまま撃ちまくられる事になってしまう。

 逃げ回ることしか出来ないが、逃げる方向を間違えるとクニ達を巻き込む。

 生身の人間の集団の中を30km/sもの速度で実体弾が通過することで発生する惨状を想像したくは無かった。

 と、顔を顰めるのと、HASから無数の火花が飛び散るのが同時だった。

 暗闇の中をアデールのAEXSSのマーカが横切った。

 四脚HASが見た目の印象を裏切り、空中で軽やかに軌道を変えてそれを避ける。

 ルナのマーカと、暗闇にも目立つニュクスの銀髪が、地を蹴り、壁を蹴ってそれを追う。

 HASは二度三度と急激に方向転換し、彼女達の猛追を避ける。

 畳み掛けるようにアデールが突っ込む。

 HASは再び急激な方向転換で上に逃げる。

 その間もHASは彼女達を狙ってGRGを発射する。

 射線予測で回避された実体弾が、ビルに着弾して轟音と共に大穴が開く。

 俺はナイフをケースに戻し、空中を飛んでクニ達の近くに戻り着地した。

 

「大丈夫か?」

 

「勘弁せいや。女もおるんじゃ。おどりゃあワシらのヤサあぶちめいで(ぶっ壊し)くれたのう(やがって)。」

 

「済まんな。やったのはあのクソHASだ。それより安全なところに移動した方が良い。もうすぐビークルも来る。」

 

「おう、おまあら、行くど。こっちじゃ。」

 

 クニがカチコミ隊と、奪還したママさん達を連れて歩き始める。

 HASはアデール達と追いかけっこをしながら、かなりビルから離れているが、そう遠くないところから断続的な破壊音がビルの間に反響して伝わってくる。

 幸いにもクニ達が移動するのとはほぼ反対の方角だ。

 ゾロゾロともどかしい速さの歩みでクニ達が移動していくのを見送って、俺は地を蹴りアデール達を追いかける。

 

「ブラソン、ビークルは?」

 

「あと90秒ほどで三台、予定の地点に到着する。」

 

「予定通りとりあえずレジーナに収容してやってくれ。多分重傷者が数名居る。シリアスな奴から調整漕を使わしてやってくれ。」

 

「諒解。」

 

 長い航海の間に怪我や病気は付きものだ。

 旅客を迎えることもあるレジーナに、医療用の調整槽は必須のものだ。

 今、レジーナには三つの調整槽が設置してある。

 ニュクスの部屋にある彼女専用のものと、ルナの部屋にある彼女のもの、そしてゲストエリアの部屋に置いてある一般用。

 元はといえば、カルナヴァレのアステロイドレースの時に俺がお世話になったものをシャルルの好意で譲り受けたものだ。

 

「ニュクス、状況は?」

 

「あまり宜しくは無いのう。周りに余り被害を出さんようにこっちは手加減せねばならんのじゃが、向こうはお構いなしじゃ。近付く事も出来ぬわ。ちいと開けた所に誘導せねばならんかのう。」

 

 俺も東京の地理にそれほど詳しいわけじゃない。

 どっちに行けば開けた場所に出るのか分からない。

 多分、海の方か?

 余り南下しすぎると、今度はメガフロートに接近してしまうことになるが。

 

「ニュクス、ルナ。北側に回り込め。新木場の倉庫街に誘導する。誘導目標地点はマップのP4。こんな狭い所じゃ埒が明かん。」

 

 アデールも同意見のようだった。

 どうやらアデールはこうなることも想定して、開けた場所に最初から当たりを付けていた様だった。

 この手の荒事の段取りを考えるのは、プロである彼女に任せている。

 

「ノバグ001から100、待機中。」

 

「メイエラ0001から1000、待機中。いつでも良いわよ。戦術誘導も引き続きこっちで引き受けるわ。」

 

「ネットワークブラックのエリアから出ると同時に、目標はネットワーク上に大量のコピーを展開しようとするだろう。迎え撃つ準備は出来ている。返り討ちにしてやる。存分にやってくれ。」

 

 と、ブラソン。

 

「北側回り込んだぞえ。ルナや、やりにくければちいと下がっておれ。奴が通過してから、後ろから押し込めば良いわ。」

 

「諒解です。少し下がって通過を待ちます。」

 

「目標がネットワークブラックエリアを完全に逸脱。ノバグ、メイエラ、警戒しろ。」

 

「南に押し込むぞ。目標は牡丹橋通り最下層を南下中。馬車通りを通過。マサシ、少し離れている。そろそろ合流しろ。」

 

「諒解。」

 

 左眼の視野に投映される東京下町の最下層のマップの中を、目標のHASを示す赤色の輝点がかなりの速度で南下していくのが見える。

 その後ろを追うように、アデール、ニュクス、ルナそれぞれの位置を示す青色の輝点も南下する。

 俺も進行方向を変えて南に向かう。

 

 AEXSSの重力ジェネレータを使って地上15mほどの高さを維持して南に向かって飛ぶ。

 最下層はビークルなどほとんど飛んでいないため空中で衝突事故を起こす危険は少ないが、その分好き勝手かつ乱雑に張られた違法な電源ケーブルや配管、建物から突き出したよく分からない構造物などが邪魔をする。

 通りの幅が広くなればそのてのものも多少ましになり、道幅もあるので避け易くなる。

 俺は空中の障害物を上下左右に避けながら、200km/hほどの速度で目標を追いかける。

 時々避けきれなくて、接触した配管やエアコンの熱交換器の部品などを辺りに撒き散らしてしまうのはご愛敬だ。

 目標のHASは、時々方向転換しようとして速度を落としたり、そこをアデール達に襲われて反撃したりしながら移動しているため、案外に移動速度が遅い。平均で100km/h程度しか出ていないだろう。

 

「目標は旧四ツ目通りに出た。通りが広くなる。脇に逃がすなよ。」

 

「そっちに行ったぞえ・・・ち。脇に入り込みおったわ。ルナ、押し出せるかや?」

 

「可能です。突入します。目標は第二層底部に張り付いて停止中。弾種徹甲。ミス。目標は二層底部に張り付いて移動中。扇橋閘門方面に抜けます。」

 

「俺が近い。西側から抑える。」

 

「気をつけろ。運河の上は所々二層に抜けている。上に出られると面倒だ。上手く押さえろ。」

 

 目標の輝点に対して他の皆と逆方向の西側から接近する俺に、アデールからの注意が飛ぶ。

 最下層に較べて人も多く治安も良い上層にこんな奴が飛び出したりすれば大騒ぎだ。

 スラム街の様な最下層だからライフルを乱射してあちこち破壊しまくっても渋々目を瞑っているであろう警察も、上層で人的物的被害など出そうものなら瞬時にぶっ飛んでやって来るだろう。

 依頼主のニュクスも、共謀者であるアデールや軍情報部、或いは連邦政府も、そんな事態だけは避けたいに違いなかった。

 

「諒解。大門通を南下中。もうすぐ小名木運河・・・小名木運河に到達した。目標を視認。まだ天井に貼り付いていやがるぞ。ゴキブリみたいな奴だな。色も。」

 

 煤けて黒ずみ、もとの色が分からなくなっている程に汚れた二階層の底部裏側に居てなお黒く、逆さ向きに貼り付いて進む多脚HASのその姿は、まさに全人類の不倶戴天の敵と目の敵にされるかの嫌われ者の昆虫によく似ていた。

 最下層という場所も、その印象を強くする恰好の舞台だ。

 

「・・・バカヤロウ。思ってても言わないようにしてたのに。」

 

「目標を絶対抹殺対象として認識しました。」

 

「あらゆる命は等しく尊いものじゃぞ?」

 

 一部とぼけたことを抜かしている地球外機械知性体が混ざっているが、地球人としての認識は概ね一致しているようだった。

 厨房を預かる身としては、まあ確かにそんな反応になるだろう。

 ネットワーク越しの音声でも、ルナの殺気の圧が上がったことを感じられるほどだ。

 

 冗談はさておいて、俺は小名木運河を覆う暗渠の蓋のように被さる第二層底部を移動する黒い多脚HASを追って、小名木運河上空を様々な立体障害をかいくぐりながらライフルを構え、落ち着かないガンレティクルに目標を捉えてトリガーを引く。

 二層底部をぶち抜くわけには行かないので弾速は相当控えめにして3km/s、弾体径は30mmに設定してある。

 

 着弾した徹甲弾が二層底部を形成する発泡セラミックを削り、白い煙のように粉塵を撒き散らす。

 HASはそのライフル掃射の中を器用にかいくぐり、直撃を避けて逃げ回りながら東に進む。

 さすが地球人類の反応速度を遙かに凌駕する機械知性体は、トロい銀河種族達とは違う。

 狙いの精度が低下する飛行中の射撃では当たりもしない。

 と、目の前に真っ赤な警告サインが点滅(フラッシュ)した。

 反射的に身を捻って右に避ける。

 今まで俺が飛んでいた空間を、白熱した何かが一瞬で通り過ぎ、小野木運河に着弾して派手に水飛沫を上げる。

 水面に浮かんでいた船なのか或いは浮遊していた大型の粗大ゴミなのか分からない物体が一瞬で粉砕され、辺りに破片をばら撒く。

 上がった大量の水飛沫は天井のように覆い被さる二層底部を濡らし、周囲を水浸しにする。

 着弾の瞬間に運河の底が見え、衝撃で両岸を覆う発泡セラミックの構造材が粉砕された。

 

「冗談じゃないぞ、なんだあれは。艦砲の小型質量弾並の破壊力があるぞ。」

 

 俺はとっさに手近な建物の影に身を隠すが、今の威力の実体弾だと建物のひとつやふたつ軽く吹き飛ばすだろう。

 

「右肩のGRGは最大80から100mm径の実体弾を撃ち出せるようだ。気をつけろ。もらうと流石にタダじゃ済まんぞ。」

 

「クソッタレが。こんなアホな兵器街中で使うんじゃねえ。」

 

「まあ、それについては我々のAEXSSもあまり人のことは言えんがな。まあ常に全力で撃ってくるわけじゃない。向こうもかなり気を遣っているようだ。案外善人だな。」

 

「HASで市街戦やらかして善人もクソもあるか。」

 

「そっくりそのまま我々に返ってきそうな台詞だぞ。」

 

「良いんだよ、俺は小悪党で。」

 

 そう言ってマップ上でHASの位置を確認しながらビルの影から飛び出す。

 20mm程度の実体弾と思われる至近弾の火球が身体を幾つも掠めて飛んでいく。

 確かに常に全力で撃ってくるわけでは無いようだ。

 奴とて無限にチョコバー(ブレットタブ)を持っているわけでもあるまい。

 大口径弾を撃ちまくれば、その分弾切れも早まる筈だ。

 だからといって油断して良いわけじゃない。

 こちらの足が止まれば、確実にさっきの大口径弾を撃ち込んでくるだろう。

 

 俺が西側から接近したので、こちらの思惑通りHASは東に向かって進み始めた。

 北側にはニュクスとルナが居る。

 適当なところで二人が押し出してくれば、狙い通りHASは新木場の開けたエリアに向かって進むだろう。

 俺は建物やよく分からない違法建築の構造体など様々な遮蔽物を伝いながら飛んでくる小口径の実体弾を避け、目標を視野から逃さないように追跡を続ける。

 遮蔽物は実体弾を避けるためではない。

 HASの光学系センサからこちらの姿を隠し、少しでも狙いの精度を下げることが目的だ。

 

 また数発、白熱した弾丸がすぐ目の前を通り過ぎる。

 空中で身を捻った俺は、有り得ない体勢でビルの壁面に脚を着き、壁面でニーリングの姿勢からライフルを指切りで数発撃ち、すぐに壁を蹴って通りの反対側に身を隠す。

 俺が飛んだ軌跡を追いかけるように実体弾の火球が薙ぎ払い、硬質セラミクスの路面に火花を散らして跳弾する。

 真夜中の市街地最下層で延々と追い込み漁の真似事をしている俺達だが、目標のHASを示す赤い輝点がまた狙い通り何かし始めて俺はAEXSSのヘルメットバイザーの下、僅かに口を歪めて嗤った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 いつも拙作お読み戴き有り難うございます。


 現代と同じ地名がバンバン出てきますが。

 基本的に、町名は余り変わらず、現代のものとかなり一致しているものとしています。

 一部、小名木川が小名木運河になってたりしますが。

 地上車の数が少なくなり、通りは用無しとなって潰されるかと思いきや、通りの上空にはビルなどの構造体が無く、ビークルが飛行するのにうってつけの空間です。

 なので、道路も現代のものが比較的多く残っており、残っている場合は現代の通りの名前をそのまま受け継いでいるものとしています。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ