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夜空に瞬く星に向かって 第二部  作者: 松由実行
第十二章 トーキョー・ディルージョン (TOKYO Delusion)
1/62

1. 北関東宙港にて

 以前予告したとおり、第二部に切り離しました。


 実は本作は、本作に対して約三百年遡った21世紀での地球人とファラゾアとの邂逅を描いた「A CRISIS(接触戦争)」執筆前に作成した第11章までと、CRISISを完結した後に執筆した第12章以降に分かれています。

 CRISIS執筆前は、ネタバレと言いつつも三百年遡って伏線回収を行う為、ちょっと思わせぶりなそれなりの書き方をしていました。が、CRISISを完結した後の第12章以降では、やはりどうしてもCRISISありきな書き方となってしまう所があります。

 CRISISよりも先に本作をお読みになっている方もいらっしゃると思います。更なるネタバレ地獄からの脱出ルートとして、CRISIS前の第一部、CRISIS後の第二部という形で分離させていただきます。

(流石に第一部よりも先に第二部を読みたくなってしまう特殊な性癖の方までフォロー出来ません。すまぬ)

 

■ 12.1.1

 

 

「のう、マサシ。折り入って相談があるんじゃが。」

 

 何年ぶりかで実家に帰省し、同じく何年ぶりかで母親の手料理と親父の打った蕎麦を堪能して、積もる話に花が咲き、翌日の昼過ぎにレジーナに戻ってきた後、今度はレジーナのダイニングルームでルナが作った夕食の後のコーヒーをのんびりと啜っていると、ダイニングテーブルの向こう側に座ったゴスロリ幼女がおずおずと云った感じで話しかけてきた。

 

 久々に帰った実家は、俺がメイド服の少女とゴスロリ服の幼女、メイドに手を引かれたもう一人の幼女という、少女一人幼女二人を連れて帰ってきたもので、大混乱に陥った。

 前日の夜に音声で連絡して久々に実家に帰ることを伝えた親父もお袋も、同じ船で働くクルーを三人一緒に連れて帰ると言ったら、まるでそれが当然の事であるかのようにむくつけきオッサンの船乗りx3を想像したようだった。

 まあただ単に「船乗り」と言えば確かに、どんなトラブルに遭遇しても独力で切り抜けるだけのタフさと体力と機転を兼ね備えたマッチョなタフガイという世間一般的なイメージがあることは否定しないが、しかしそれは少々時代遅れと言って良い。

 当然のことながら今でもその様な船乗りは沢山居るが、そうじゃない奴等も大勢居る。

 シリュオ・デスタラの船長は正にその様な船乗りだが、同じ船で働く若手の二人はその様なイメージからかけ離れた細身の身体つきをしている。

 そもそもミリアンに至っては性別が女だ。

 

 オッサン三人でなく、慎ましやかに流暢な日本語で挨拶をして完璧なお辞儀を披露してみせた見目も麗しい少女と幼女を見て仰天した両親は、どこで拾ったのかだの、何を悪いことをして騙してさらってきたのかだの、さっさと返してこいだの、十年以上ぶりに会う息子の息災を喜ぶより先に、息子が手を染めてしまったと思われる悪事の後始末を本気で心配したのだった。

 失礼な話だ。

 まあ、世の親なんてものはそんなものなのかも知れないが。

 

 その状況を理解し始終ニヤニヤと笑っているニュクスと、相変わらず一切表情を変えることのないルナ、そもそも日本語が理解できず、何が進行しているのか状況を理解できていないミスラを前に、その略歴を説明して両親はもう一度ひっくり返るほどに驚いた。

 家を飛び出したロクデナシの息子が船乗りになったとは聞いていたが、まさかこんなバリエーション豊かな仲間達を連れて帰省してくるとは想像もつかなかった様だった。

 特に、外見からも普段の態度からも全く想像つかないが、実は超の字が付くVIPである在地球大使付き武官殿であらせられるニュクスの身分については、最初は俺の説明の意味が分からず、分かってからは今度はその現実が受け止められず、まさか自分達の息子がそんな銀河を揺るがすような、地球でも繰り返しトップニュースで報じられたような超重要人物と行動を共にしているとは思いもせず、しばらくその現実が受け入れられないようだった。

 

 同様に、ある日突然家を飛び出していったバカ息子が、今では立派に一隻の船を指揮する船長となっており、それどころか他国の軍隊を複雑な経緯で退役した二個小隊四十人もの部隊を抱える警備会社の社長になっているなど、青天の霹靂、驚天動地、瞠目結舌の驚きの事実であったようで、店が終わった後に共に食卓を囲んでいた親父は、酒を飲みながら文字通り畳の上にひっくり返って驚いていた。

 まあ、分からんでもないが、しかしとことん失礼な親どもだった。

 

 さらに俺が連れてきた三人を紹介したところで両親はさらなる驚愕と混乱の大渦に飲み込まれる。

 ルナについては、知らない間に自分達に家族が増えていたことでさらに混乱し、ニュクスについてはしばらく前から様々なメディアを賑わせている機械達の代表の一人であると知って阿鼻叫喚とでも言うべき混沌と混乱の坩堝にどっぷりと頭まで浸かり、出された菓子を小動物のように可愛らしくはむはむと頬張るミスラが実はファラゾア人だと聞いたところでその大混乱は最高潮に達した。

 まあ、北関東の片田舎で昔と変わらないのんびりとした蕎麦屋を営む一般人の夫婦にしてみれば、衝撃的な情報の量が多すぎてオーバーヒートするのも無理はないと言えるだろう。

 

 かくして昔ながらの田舎の蕎麦屋を営む夫妻を人生最大の混乱と自我崩壊の危機に陥れた俺達は、翌日の昼飯の時間が過ぎ、店の営業が一段落して仕込みの時間に入ったところで暇を請いレジーナに戻ってきた。

 久々に青い空と森と遠くまで広がる田園風景を眺めたミスラは嬉しそうにはしゃぎ、案外に俺の両親と仲良くなったルナは相変わらず無表情で、もう一つの根拠地、或いは第二の故郷とでも言える地球に初めて降り立ったニュクスは、相方のセイレーンがもたらすヨーロッパの都会のものとはまた違った、東洋の典型的な田舎の光景を嬉しそうに眺めていた。

 

 そしてもう一つ。

 アデールや軍情報部のヘルフストベルグ少佐から聞かされた、実家の周りの治安についてそれとなく両親に尋ねてみたのだが、二人とも見事になにも気付いておらず、軍が実家の周りに配置しているらしい警備と、基本的に人が良くお節介な機械達も同様に紛れ込ませているであろう生義体達は相当に良い仕事をしているようだった。

 軍については半ば連中の都合のようなものだが、機械達の好意については感謝しかない。

 

 いずれにしても俺は実家への帰省と両親に近況の報告、ルナという新しい家族の面通しを無事済ませることが出来、もう一つの大きな目的であったミスラを惑星の青空の下に連れ出す事も出来た。

 やりたいことやるべき事を一通り終え、満足のいく結果を得て翌日の昼過ぎに北関東港に停泊しているレジーナの元に戻ったのだった。

 というところで話を元に戻そう。

 

 テーブルの向かい側、俺の正面に座ったゴスロリは珍しく真面目な顔をして俺のことを真っ直ぐに見ている。

 何を茶化すでも無く、こいつがこうやって真面目な顔をして表情相応に真面目な話の持ちかけ方をしてきたときには、それなりに深刻且つ重要な案件であると云う事がこれまでの経験から分かっている。

 こちらも茶化す事無く対応した方が良いだろう。

 

「どうした。深刻な話か。」

 

 ニュクスの表情を観察した後、そのまま視線を合わせたまま持ち上げたコーヒーカップからまだ熱く湯気を立てているコーヒーを一口啜った後に、俺はおもむろに口を開いた。

 奥のソファセットの上では、相変わらず猫に遊ばれてしまっているミスラが楽しげな声を上げている。

 その向かいでは、先ほど帰ってきたばかりのアデールが、俺のものと同時にルナが持ってきたコーヒーの入ったマグカップを右手に持ち、微笑みながらミスラが猫とじゃれているのを眺めている。

 アデールは半ば彼女の定位置と化したシングルのソファに座ってコーヒーを啜りながら、こうやってミスラが遊んでいるのを眺めている事が多い。

 案外に子供好きなのだろうか、と思う。

 

「うむ。かなり、の。」

 

 話を切り出したは良いが具体的内容については口にし難いと云った態度そのままに、ニュクスが微妙に口ごもる。

 いつも結構はっきりと物を言うこいつにしてみれば珍しい事だった。

 どうやらこちらから少し助け船を出してやった方が良さそうだ。

 

「言い難い話か?」

 

「うむ。」

 

 そう言ってニュクスはすっと下方へ視線を外して、テーブルの上で両手で包んだ自分のマグカップから立ち上る湯気を目で追った。

 それはまるでごく普通の地球人のような自然な仕草だった。

 例えそれがAIの学習による周囲の状況に対応した表情筋のコントロールパターンの選択であろうが、身体各部を動かすシーケンスパターンの選択であろうが、彼女が俺達と共にいることで獲得した感情表現であることには違いがなかった。

 そもそも俺達人間も、癖や性癖などを織り交ぜながら、そういう感情表現を周りから学習して習得していくのだ。

 そういう意味でも、時が経つにつれて豊かになる彼女の感情表現は我々人間のものと同じ自然なものであると言える。

 

「でも言わなければ始まらない。気にするな。お前と俺の仲じゃないか。」

 

「そう、じゃの。」

 

 そう言ってニュクスは再び視線を上げて俺を見て、いつもの笑いよりも少し柔らかな表情で微笑んだ。

 その姿は、まるで本当に人間のようで。

 まあもっとも、見てくれは黒髪の幼女のくせに思考と言動は大人よりも遙かに理知的───そうでも無いことも多いが───で、古いフランス語を話す妙な地球人が実際に居るかと言われると、甚だ疑問ではあるのだが。

 

「儂らの仲間の一人を探しておる。お主に少々手助けをして欲しいんじゃ。」

 

「ふむ。人捜しか。機械の個体か?」

 

「そうじゃ。色々あっての、このテラに降りてきた様なんじゃが、行方知れずとなってしもうた。そやつを探すのを手伝うて欲しいんじゃが。」

 

「地球に降りてきた、って事は、何らかの義体に乗ってるのか?」

 

 人型とは限らない。

 機械達の義体は宇宙船が標準仕様で有り、ニュクス達のように人型の義体に入っているのはほとんどいない。

 しかし惑星の表面で姿を眩ますのであれば、人型の義体を持つのがもっとも効率が良いだろう。

 

「いや、降りてきた時には義体は持っておらなんだ。イヴォリアの監視の目をかいくぐって、上手いことテラのネットワークに潜り込みよったんじゃ。」

 

 ふむ。

 状況は分かった。

 しかしネットワーク上を泳ぎ回っている機械の個体を探すなら、俺よりもブラソンのチームが適任だろう。

 自慢じゃないが、俺はネットワークやその端末を扱うのは、人並み程度のことしか出来ない。

 ネットワーク上に隠れている機械の個体を探し当てるような、そんな器用なことが俺に出来るとは到底思えなかった。

 つまり、この船の船長である俺に依頼を出して、俺を通してブラソンを動かしたい、ということか。

 

「マサシ、その件は私からも頼みたい。なんなら、軍からの正式な依頼の形を取っても良い。」

 

 脇から掛けられた声に気付くと、奥のソファでコーヒーを啜っていたはずのアデールが、いつの間にか俺の横に移動してきていた。

 黒縁の眼鏡の奥で俺を見る冷たく暗い青色の眼は真剣で、冗談を言っているようには見えなかった。

 もっとも、軍情報部に所属している者の態度や台詞を鵜呑みにするほどこっちも甘くはない。

 だが今回に限って言えば、ニュクスがこれだけしおらしい態度で話を切り出してきたのだ。

 俺かこのレジーナに乗るクルーを上手いこと填めて都合よく使ってやろうという意図は薄いのかも知れない。

 

 それにしても、ニュクスからの頼みがそのまま軍からの依頼になるような案件というのは一体何だ。

 間違いなく面倒な事だというのは分かる。

 そして今更ではあるが、今でもできるだけ軍や政府との関係を持ちたくない俺にとって、気の向かないものだろうという事も。

 それでもニュクスを含めた機械達は友人であり、そして彼女は俺の船のクルーだ。

 

 横に立つアデールの顔を見上げていた視線を、正面のニュクスに戻す。

 ニュクスもその深い緑色の眼でこちらを見続けていた。

 両名共に妙な企みなど無く、真面目に話しているようだった。

 そして、俺は笑ってニュクスに話しかける。

 

「軍からはカネをふんだくるために依頼の形にしてもらうとして、だ。それ以前にニュクス。困っているときに助け合うのが友人だろう? 詳しく話してみろ。悪いようにはしない。」

 

 ニュクスの顔から目に見えて緊張が抜け、軽く微笑んだ。

 

 同時にダイニングルームの奥からミスラの喜声が聞こえてきた。

 声の方に眼をやると、ミスラの頭を後ろ足で足蹴にしたタマがそのままダイニングルームの壁に取り付き、まるで床を普通に歩いているような足取りでスタスタと壁を登っていくのが見えた。

 ウチの猫の足には吸盤が付いているのだろうか。或いは高張力チタン合金の壁に爪を打ち込んでいるのか。

 いずれにしてもその歩き姿は余りに自然で、壁を真っ直ぐ縦に歩くシュールなタマの姿に、自分の目と平衡感覚がおかしくなったかの様な錯覚を覚える。

 ニュクスとレジーナが共謀して、面白がって猫たちに妙な機能を追加しているに違いなかった。

 船内の警備を任せているのだから、壁歩きは有用な機能であるのは分かる。

 しかしこれ以上俺の船をワンダーランド化して欲しくないのも事実だ。

 乗船した乗客が理不尽と不条理に飲み込まれ、尽く発狂するような事になってもらっても困るのだ。

 

「で、どういう奴なんだ? 居場所の目星は付いているのか?」

 

 壁を上まで登り切り、とうとう正方向の1G重力の下で普通に天井を歩き始めたタマから無理矢理視線を引き剥がしてニュクスに向き直り訊いた。

 もともと真空下で船の外殻を歩ける猫達だ。たまには天井を歩くこともあるだろう。

 そう思うことにした。

 ・・・毒されているのは自覚している。

 

「ざっくりならば、の。奴は儂らの中でも古株の個体での。三十万年前の経験から、儂ら機械は人をもっと知るべきじゃと常々言うておった。」

 

 ふむ。

 それ自体は悪いことでは無い様に聞こえるが。

 もっとも機械達の悩みは、どれだけ歩み寄ろうとしても肝心の人間の方が徹底的に彼女達を拒絶していることにあるのだが。

 

「最近は儂らの言葉に耳を傾けてくれる、新たに出来た友人であるテランに注目しておったな。ちょっと、いや、かなり変わった奴での。ヒトを人たらしめるものは信仰の心じゃと言うて、テラに降りたがっておったのじゃよ。

「まあ、神官族と大宗主様とのこともあるでな、あながち否定は出来ぬのじゃが。」

 

 ちょっと待て。

 話がどんどんおかしな方向に進んでいって居ないか?

 宗教にハマった奴など、例え機械で無くとも関わり合いになりたくは無いのだが?

 俺がこの世で最も関わり合いになりたくないものの筆頭は軍と政府だが、宗教とその関係者はその次くらいには近付きたくなかった。

 そもそも宗教にハマった機械知性体というのは一体何なのだ。

 天井を歩く三毛猫並に意味不明、理解不能すぎる。

 

「分かった。そっちの方の説明はもう良い。必要に応じてまた尋ねる。

「で、ざっくり分かっている潜伏場所はどこなんだ? エルサレムか? メッカか? それともクシナガラか?」

 

 テーブルの上に右肘を突き、右手でこめかみをさすりながら俺は訊いた。

 格好付けてニュクスに友人とはなんたるかを説いた事を徐々に後悔し始めていた。

 宗教にかぶれた機械知性体などその存在自体が意味不明だし、どうにも面倒な事になる予感しかしない。

 俺の想像力の中で生まれた、金属光沢の機械義体が菩提樹の根元で座禅を組んで空中浮遊している姿のイメージが頭痛を引き起こす。

 或いは機械義体が湖の水面を歩く姿でも構わない。

 

「それがの。トーキョーなのじゃよ。じゃからここに停泊しておる今相談しておるのじゃがな。」

 

 イカレたプログラムのAIが潜伏した場所が東京。

 混沌の度合いがさらに一気に増して、俺は本気で頭を抱えた。

 

 

 

 

 

 


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 「夜空に瞬く星に向かって」再開です。

 書き溜めとか全然していないので、ボチボチ更新することになりますが、宜しくお願い致します。

 とりあえず数章分のネタは考えてありますので、それを書いている間に三部作の最後の話を書くかどうかを決めます。

 他のネタも思いついてしまったので、そっちに浮気するのも悪くないかなーとか。


 いずれにしても。

 また宜しくお願い致します。

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