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獣の段通  作者: ハシバミの花
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事の裏側と始末

 賊の侵入経路をあらためると、外壁の高くに足場の穴が縦並びにいくつも穿たれていた。

 高さ一イエリキ(約3メートル)、穴は視線よりかなり上に作られており発見は難しく、侵入が昨日今日の思いつきで行われた事ではないと解ろう。

「これを用いて侵入したのだ」

 ティグルが言う。

「如何にして、あの様な高さの足場に取りついたのか。道具なしで容易に届く高さではない」

 デルギンドリが疑いを呈す。

 賊は、小刀以外の道具を一切持っていなかった。

「走りこんで、壁を蹴り高さを得たのであろう。その方法を用いれば、あの者なら、容易に取りつけるはず」

 そう答えたティグルが実演してみせ、デルギンドリはようやく納得した。


「この者の始末、如何にする」

 デルギンドリは焦燥し、困惑している。

 海千山千の施設長とはいえ、死者までは想定しておるまい。

 エラゴステスが答える。

「都市の警備を呼んでくれ。黙っていると、いらぬ疑心を招く」

「衛士たちに、商品を見られてしまうぞ。ああいうやつらが、どれほど荒くれか、商人エラゴステスも知っていよう」

 古から、民民に触れる軍は、統制が利かぬものとされている。

「ああいう者どもに美の価値は判らぬ。商隊やここの商品を適当につるして、目をくらませておけばよい」

 デルギンドリはエラゴステスの言うとおりにした。

 衛士二人がやってきて、簡単に聞き取りをし、さっさと帰っていった。

 本当に一切に気づかず、賊の正体にすら興味がないようだった。


 見分が終わった後、ティグルが言った。

「この者を、死んだ警備たちと共に埋葬してやりたい。この男、敵ながら驚くべき戦士であった」

 エラゴステスは承諾した。

 ティグルたちは、男を砂漠の戦士と同じ方法で葬った。

 “獣”の牙で作った小刀を心臓の位置に括り、膝を抱えるように体を屈曲させ、小さな竪穴に埋めた。

 手厚い弔いの後、詮議が行われた。

 警備の不備をあらためた際、施設の警備を務めるムノストリという男に疑いがあがった。

「俺ではない。俺は呼吸一つしていない」

 そう強固に言うので、これは不問とされた。

 だが負傷した警護の、ティグルと同じ部族の、カンパツェという部下が言った。

「あの男、わざと星明りに身をさらした。気をつけられよ、長ティグルよ」

 カンパツェは傷が重く、しばらく重篤な状態に陥ったが、若さもあって回復した。

 だが刺された右肩の傷が神経に達しており、護衛稼業は引退せざるを得なくなった。

 エラゴステスはカンパツェに幾許(いくばく)かの金子をもたせ、労をねぎらった。

 ティグルは、別の件で死んだ同郷の者の積み立て金と形見をもたせ、故郷に届けるよう頼んだ。

「また会えるかは分からぬが、俺はこれにて砂漠を去る」

 カンパツェはそれだけ言って、出立した。

 その後、侵入者は現れなくなった。



 騒動を片づけて、エラゴステスが旅立った夜に、砦を抜け出す者の姿があった。

 ムノストリである。

 人目をはばかって満月夜をいずこかへ進み、目印となる背の高いハコヤナギを過ぎて、少しの所にある大岩に身を隠す。

 その大岩は砂地につき立った岩盤で、封鎖と昼夜の温度差に割れており、身を隠すに程よい地形であった。

「“番人”。おられるか」

 そっと呼びかけるが、返事はない。

「“番人”よ」

「――なぜここに来た」

 重ねて呼びかけると、闇の中から男の声がする。

 太くしわがれた、砂漠ヘビの(から)みがある声だ。

「俺はもうだめだ。疑いをかけられている。あそこでは働けぬ」

「疑われて逃げたのか。愚か者め。貴様が犯人だと言っているようなものではないか」

「だが、しかし……あのままではきっと、捕まって質疑を受ける」

 失態を指摘され、ムノストリはしどろもどろに弁明する。ここで言う質疑とは無論拷問で、それがまかり通る時代であった。

「貴様はこの私をも、危険にさらしておるのだぞ。それも理解せぬか」

「慈悲を……俺はもう……」

 “番人”のノド元に、短剣がヒタリとふれる。

「動くな」

 ティグルである。

 刃は頸動脈を首の皮一枚で圧迫し、その鋭き刃を僅かでも滑らせれば、“番人”の命をうばう。

 次にムノストリの背が、激しく打擲される。

「ウッ」

 ムノストリは悶絶し、意識を失う。

「貴様は何者か」

「私を殺せば、貴様の商隊すべての者の命はないぞ」

 男の声に緊張はあれど怯えはなく、その言葉にも真実味があった。

「お前には、我々と共についてきてもらう。よいな」

「――いいだろう。貴様らが短慮な行動に出なかっただけの、よき結果があるやもしれぬ」

 ティグルはノド元からそっと剣を離し、鞘に収めた。

「その男は殺しておけ。金で雇っただけで何も知らぬし、教えておらぬ」

 “番人”がムノストリを一瞥し、無機質に言う。

 言われるまでもない事だった。ティグルたちはムノストリを静かに屠った。

 無能な裏切り者の居場所など、この世のどこにもないのだ。


 ティグルたちが“番人”を連れて帰っても、エラゴステスは特に驚かなかった。

 出立は偽装であり、ムノストリの動きは完全に把握されていた。

 デルギンドリにもひき会わせて面通ししたが、

「……いや、知らぬ。どこの誰とも判らぬ」

困惑した体でそう言うのみであった。

 実際“番人”を名乗るこの男には、凡そ個性と言えるものがない。

 一見中肉中背だが、よくよく見れば筋骨たくましい体をしているぐらいか。

 まず人種の特徴がなく、顔や表情にも印象がない。どこにいても怪しまれぬ、ある種の稀有な特性を持っている。

「どこの組合の者か、話さぬのか」

「……いずこの組合の者でもなかろう。やり口が血腥(ちなまぐさ)すぎる」

 直接の商売敵の手による暗躍の線はない、とエラゴステスも踏んではいた。

――たかが商売にしてはあの賊。腕が利きすぎた。

 砂漠の部族のあぶれ者を雇ったとして、あの腕前なら契約料は安くない。如何程になるやも知れぬ商売の為に、果たして大枚はたいてまで執拗に調べたりするだろうか。

「“番人”と呼べばよいのか。話がしづらい。嘘でもいい。名を名乗ってくれ」

「では、ヴィグラと」

 それもやはり、ここより西方の“番人”を意味する言葉であった。

「ヴィグラよ。この砦のなにが知りたい」

「言えぬ。知れば、俺もお前たちも殺される」

「我らをたやすく殺せるような者の、手先、と?」

「言えぬ。知れば同じ事」

 ヴィグラの言葉は、非常に重い質量をもっている。

 デルギンドリもその意味に気づき、真っ青な顔色で脂汗をたらす。

 “番人”を名乗る、城塞都市のすぐそばで動ける腕っこきを雇える者。

――帝か。または麾下の都市有力者の系譜、という事だ。

 その可能性に触れ、エラゴステスですら恐怖する。

 命あっての物種だ。

 いつでも命がけで商売に挑むが、死んでまで金儲けなどしたくはない。

「よかろう。すべて(つまび)らかに話す。中を見ていってくれ」

 エラゴステスは砦のすべての照明を点けさせる。

「我らは、帝への献上品を作っている」

「行商人風情が戯言(たわごと)を」

「まだ完成は遠いが、現物を見てもらえれば、それも納得しよう」

 そしてエラゴステスは、隠す事なくすべてを見せ、そして説明した。

 ヴィグラは無表情にエラゴステスの言葉を聞き、ラバを一頭所望し、それに乗って帰っていった。

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