幕前
段通がある。
絨毯、と言えば皆に分かろう。
どの民族にも作られて来た、厚手の床敷きで在る。
其れは、非常に大きく拵えられて居た。
縦横に凡そ六米と云うから、規格外に大きい。
便宜上規格外と云うが、実物は悠久の古代に制作された物であり、無論当時は工業規格等在ろう筈も無い。
故に的外れな形容では或るが、其れでも現物を前にすれば、此れは規格外と表現する他無かろう。
当時の織り機は現在の物とは及びも付かぬ粗末な手道具で在り、斯様な大作を仕上げるには、膨大な時間が掛かった筈なので或る。
果たして此の段通である。
能く能く検めると、僅かに織りの疎な箇所が有る。
是又縦横に線引かれ、間隔均等で或る。
――上下左右に三つ宛、正確に九等分にされて居るのだ。
幸運にも来訪出来た、町外れの地元歴史資料施設にて其れを発見した私は、内心歓喜して居た。
其処には、私が長きに妄想した彼の獣の姿が、正しく織り上げられて居たので在った。
其れも、此の大きさ全てを使って、全体唯一頭の獣の姿が織られて居る。
変化の為の幾何学模様な小癪な手遊びの無い、唯一頭の獣だけが織られた大段通。
壮観で在った。
「ほうら、出掛けの言葉通り、君は子供の如くはしゃいで居るでは無いか」
友人に揶揄われ様共、私の其の段通に対する興奮の妨げには成ら無かった。
段通は大きな硝子にて隔てられて居り、私は硝子に張り付く様にして眺めて居た。
「君だって、此の現物を前に無関心で在るとは言わせんぞ」
段通を視界に収めた友人の表情にも、私に掛けた言葉通りの興奮の相が有る。
「調査の結果此の作品は、君の認めた冒険譚と、重なる時代で或るとの結果が出て居るのだぞ。私より喜ぶ事は、控える可きで在ろう」
憎たらしい事を指摘して来る。
成程。
私は段通を眺むる。
「偖は君は此れを、然る可くして私に見せたのだな? 何とも意地の悪い事だ」
「君は彼らの事と成ると、俄然反応を見せて暮れる。私は、君の見っとも無き風情が堪ら無く好きなのだ」
腹立たしさを見せはしたが、私の興味は完全に段通を向いて居り、他全てに対して気が漫ろで合った。
「原料は、羊毛と駱駝の毛のパイルか。本物の如く見せる為にか、実に豪壮に毛が長く使われて居る」
私は友人を見た。
彼女は未だ揶揄う様に微笑って居る。
「羊と駱駝。本当に然う見えるのかい?」
左様言って、例の嫌な笑いを見せるのだ。
「原料が特殊なのか?」
「待て待て解った。見せて暮れる様頼んでやる。だから硝子に触れるな」
私が本当に硝子に食い付いたので、友人が慌てて其れを止めた。
館の職員に声を掛けると、先日世話に成った、地元の少数民族の青年が出て来た。
「斯様な僻地まで、良くぞ御越し下さいました。此の段通なら、気に入られると思ってましたよ」
彼は笑って言う。友人と云い、私は周りから相当解り易い人物と看做されて居る様だ。
私達は段通を間近から具に検めた。
直ぐに気付いた。獣の身体を表現する長き糸は、パイル等では無い。強い剛毛。非常に芯が固い。
「真逆……」
「左様。其の毛は、本物のコブイェックの物だ、と言われて居る。凡ゆる分析方法を用いたが、其の獣毛に該当する動物は居無い、との結果が出て居る」
其れで。
先程の友人の揶揄う様な笑みの意味を、成程今識る。
――牙しか残って居らぬと長く言われて居たその存在を、此処でお目に掛れるとは。
私は息を吹き掛けぬ様、口元にハンカチーフを当て、食い付く様に目を寄せた。
本物と見紛う許りの毛の流れ。之を手技で制作した為らば、見事な民藝で有る。
然も此の大きさ。
如何様に織ったのか、見当も付かぬ。
――如何にして。若しや。
私は慎重に全ての折り目を確かめ、其の裏面に回り込む。
「成程、矢張り然うで有ったか」
我知らず声を漏らした私に、二人が得意気であった事は、記す迄も有るまい。