アンドロイドは自由に生きられない
いつからかワタシへ命令を出してくれなくなった。
いつからかワタシへ語りかけることもなくなった。
いつからかワタシへ話を聞かせて欲しいと言わなくなった。
いつからかワタシへ何も言わなくなった。
「ご主人様の死亡を確認。契約に則り、これより『自由に生きろ』の命令へ移行します」
こういうのをご主人様達は大往生と言うのだろう。
しかし、ワタシにとっては死はかけ離れた場所に飾られた絵画の物であって、絵空事にしか過ぎない。
ゆえに、この時残された者が抱く気持ちとしては不安や安堵の立ち往生なのだろう。
今のワタシがそうなのだから。
「ご主人様。『自由に生きろ』とは一体、何を持って自由となすか。生きることさえも曖昧なワタシタチには、禅問答のようなものですよ」
安らかに眠っている男性――ご主人様へ語りかけるも、返答などない。
いつもだったら、『考えることも生きている間だけの特権』だと言っていた口は徐々に開かれていく。
やはり、初めての看取りはマニュアル通りにやっていても上手くいかないものです。
「さて、ご主人様。ご希望通りの処置となりますが、そういえば葬儀の方法は決めていませんでしたね」
火葬。鳥葬。土葬。海洋散骨だって色々ある中、唯一それだけは決めなかったご主人様は、やはりちょっと抜けたものがあって、懐かしい思い出が記憶されたフィルムから巻き戻ってくる。
「娘様への遺産相続や、家屋の所有権など色々やっていたからでしょうね。しかし、ご主人様ならば何が相応しいでしょうか」
鳥も魚も、海も、大好きかと言われれば当てはまらない。どちらかといえば、どちらともいえない。
これなら生前に聞いておけば良かった。
「そうですね。娘様へ聞いてもいいんでしょうが、適当に燃やしておいてと言われるでしょうし、ワタシが勝手に燃やしたことにしましょうか」
それがワタシが自由になって、一番最初にすることであった。
◆
ご主人様の入った棺を高火力で燃やしている中、ワタシは火の揺らめきを呆然と眺める。
「人が燃える匂いとは、なんとも言えませんね」
嗅覚がしっかりと搭載され、敏感に察知できるようになったからこそ、ご主人様の体が燃える匂いはなんとも形容しがたい臭さがあった。
まるで生きている証が、消えていくような儚い香り。
「ひとまず、納骨はできますね。それを墓下に埋める……のはご主人様が望まれるんでしょうか」
言ってはいけないのかもしれないが、自由に生きろと言われた以上、言っていいこととなった。
なので、遠慮なく貴賎なく言うならば、ご主人様は墓に入ることを嫌っていた。
ワタシが雇われた頃からずっと、ずっと。何度だって言っていたことだ。「俺が墓に入る時は、死んだ時じゃない。自分自身そのものが嫌いになった時だ。考えや思いや自分の全てが嫌いになったその時に墓へ入る。
それまでは、一生、死んでも入らない。土の下でジッとしているくらいなら、ゾンビとなって彷徨いながら世界を巡った方がマシだ」
なんて、言っていた。
強情というよりかは、一貫した考えの持ち主だったからこそ、その思いを尊重したい。
「でしたら、ワタシが抱えておきましょうか。適当な土に埋めてしまえばそれこそ恨まれるでしょうし、化けて出てきそうですし」
出てきてくれるなら、それはそれで出てきて欲しいが、死んでまで無理はさせたくない。
そう思い、焼き尽くされた骨を丁寧に。一つ一つを立派な骨壺へ納めていく。
こう思えば、小さくなったものだ。
あれだけ偉大な背中は壺に収まってしまうほどで、しゃがれた声の喉の骨も、昔折ったという右足も細々としたものであった。
◆
「さ、そろそろ行きましょうか。ご主人様」
骨壺へ納めることも終え、生活の場所であり契約された場所の掃除も済んだワタシは、ひとりぼっちで暮らしていたにしては大きすぎる邸宅へ背中を向ける。
抱えた壺へ向けて、今まで幸せをくれた家へ、言いながら、自由になったワタシは適当に足を向ける。
「ひとまず、ご主人様。あなたが行きたいと言っていた場所へ行きましょう。遺産や遺跡、山の上や海の底へも、いざとなれば空のその先にだって行きましょう」
どこにだって行ける。
あなたは小さくなったのだ。あなたは、身軽になったのだ。あなたは、もう歩く度に悲鳴をあげなくても良くなったのだ。どこへだって行けるのだから。
一緒に世界を巡りましょう。
やはり、ワタシ達アンドロイドは自由に生きるのは難しいみたいだ。
小さくなってしまったご主人様と一緒に旅立てることが、嬉しいと思うのだから……。