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裏切りの街  作者: 広之新
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この街のために

 カーツの落下プログラムを解除しようと私は懸命にキーボードを叩いていた。余計なことは何も考えないようにと・・・。だがそんな私に様々な疑問が浮かんできていた。


 私(心の声):一体、彼は何者なの?・・・。普通の会社員では絶対にない。こんなところに侵入して軍事衛星カーツの落下を防ごうとする・・・あの網膜認証を破ることなんか、普通の人ではできっこない。それにこんなことには慣れているような・・・・でも・・・。いえ、彼はただ私を助けるためだけにここに来たのよ。


 そう信じたいが心の中ではそれを否定している自分がいた。私は思い切って言ってみた。


 私:あなたは本当は何者なの?

 彼:えっ? Y商社の社員だよ。

 私:嘘! 普通の人がこんなことはしないわ。このために私に近づいたのね。


 冷静になればなるほど悲しい現実が見えてきそうだった。キーボードを叩く音だけが冷たく部屋に響いていた。


 彼:そんなことはない。僕は君のためにしたいんだ!

 私:気にしないで。私ってそういう人なの。昔から人に利用されているばかりなの。でも束の間の恋人を演じてくれて楽しかったわ。


 開き直ったように私は顔を上げて彼を見た。その言葉に彼は私に顔を向けた。


 彼:それは違う。確かに僕は公安警察の潜入捜査官の徳山昇司だ。嘘をついていて悪かった。君に接近して敵組織に飛び込んで、カーツの落下プログラムを解除させるのが任務だ。でも信じてくれ。きっかけはそうだったが、僕は君を好きになった。だから仲間を呼ばずこんな方法を取った。君を傷つけないために。それは嘘じゃない。


 だが私は心の底から信じられなかった。私の心はもう瀕死の状態なのだ。


 私:もういいの。楽しかったから。こんな彼氏がいたらいいなと思っていたから・・・。


 私はできるだけ平静を装って言った。


 彼:僕だって同じさ。君とこのままずっと一緒にいたい。だからこの関係を終わらせたくないんだ。もしカーツが落下してしまったら、多分、二度と会えなくなるだろう。


 彼は真剣なまなざしで私を見ていた。私はそんな彼を見て、その言葉を無理に信じ込もうとした。たとえ嘘だとしても。


 私:本当? もし世界が救われたらずっと恋人でいられるの?

 彼:もちろんだ。僕は今の君が好きだ。だから今度は本当の僕を愛して欲しい。


 彼の言葉に私は生きる希望の光が見えてきた気がした。この街で死にかけた私の心が蘇るだろうと・・・。カーツの落下プログラム解除まであと少しだ。これが終われば私と彼は結ばれる・・・。

 だがその時、急に天井の赤色灯が回って警報音が鳴り響いた。それは私を地獄の底に引きずり込む旋律のように聞こえた。


 彼:奴らに気付かれたみたいだ。応援を呼ぶが、間に合うかどうか・・・。とにかく君はこのまま作業を続けてカーツの落下を防いでくれ。僕は奴らがここに近づかないように阻止する。

 私:あと少しだから・・・。気をつけてね。

 彼:ああ、この街のために頑張るよ。


 彼はポケットから小型無線機を取り出して仲間と通信しながら、右手に拳銃を持って扉の外に出て行った。私は彼が「2人のため」とは言わず、「この街のため」と言ったことが気にかかっていた。もしかしてやはり彼は・・・。

 それからすぐに銃声が鳴り響いた。それも何発も・・・。明らかに外で撃ち合いが続いているようだった。私は心の中で彼に訴えていた。


 私(心の声):もう少し、もう少し時間を稼いで。あと少しで完成する。それでカーツの落下は防げる・・・


 しばらくして銃声は止み、急に静かになった。公安警察の応援が来て、奴らを追い払ったようだ。私は外にいる彼に話しかけた。


 私:もう少しよ。もう少しで終わるわ。これで私たちはずっと一緒にいられるのよ。


 私は最後の作業に入った。こちら側のコンピューターをダウンさせたのだ。するとカーツは正常に動き出し、元の軌道に戻っていった。私はほっと息をつくと、彼に知らせに行った。


 私:成功したわ! これでこの街は大丈夫よ!


 私は喜びながら扉の外にいるはずの彼に声をかけた。だが返事はなかった。悪い予感がして私は思い切って扉の外に出てみた。


 私:・・・


 私は声を出せなかった。そこに彼は血まみれで倒れていた。何発も撃たれて・・・。目の前が真っ暗になっていくように感じて、私はその場に崩れるように座り込んだ。急に彼との思い出が走馬灯のように頭の中を駆け巡った。私を優しく見守ってくれた彼、その笑顔をもう見ることはできない。

 私は横たわる彼の顔をのぞきこんだ。しかしそれは私の知っている優しい彼のものではなかった。任務に殉じた男の厳しい顔だった。


 私:嘘つきね。これが終わったら本当の恋人になると言っていたのに・・・。また私を裏切るのね・・・


 私はそっと呟いた。彼のそばには上着から外れたボタンが一つ、ポツンと寂しそうに転がっていた。

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