手をさしのばした彼
街の終りまで3日になっていた。今日も私は朝早くから夜遅くまで作業した。もう何も考えられなかった。何かを考えようとすると彼の姿が心に浮かび、心が強く締め付けられるのだった。だから私は黙々とハッキングをしてプログラムの書き換えを続けた。私が行っている作業の先にはこの街の壊滅があるというのに・・・。
私(心の声):どうせこの街は死ぬのだ。この心と同じように・・
もう投げやりな気持ちだった。私はもう救われることはないだろう・・・
人気のない街を私は一人、駅に向かって歩いていた。かろうじて遠隔操作と自動化された機械が動くのみ・・・。街のネオンはほとんど消え、暗く寂しい道だった。
私(心の声):この街にはもう誰もいない・・・。
だが彼だけは改札の前で私を待っていた。私はやはり昨日と同じように彼を無視してそのまま行こうとした。だが今日の彼は私を逃すまいと立ちふさがった。
私:どいて! 私に構わないで!
私は乱暴に言った。だが彼は私の肩をしっかりつかまえていた。
彼:何があったんだ! 言ってくれ! 何もかも僕に言ってくれ! 君の力になりたいんだ!
彼は必死だった。私はその言葉にたまらなくなった。私の感情を閉じ込めた殻が崩れ落ち、今までこらえていたものが急に流れ出してもう押さえられなくなった。私は泣きながらいきなり彼の胸に飛び込んだ。
彼:わかっている。君の辛さはわかる。
彼はそっと声をかけてくれた。その言葉は私の気持ちの高ぶりを少しは落ち着かせてくれた。
電灯が薄暗く照らす公園に私と彼がいた。2人で何も言わずにベンチに腰掛けた。お互いに何も言い出せず、しばらく沈黙の時間が続いた。しかしその静寂を破って彼はようやく言葉を発した。
彼:話してくれ。話すだけでも君の気持は軽くなるはずだ。何があっても僕は君の味方だ。
私を見つめる彼の目は優しかった。私はどうにもならないと思いつつも彼に何もかも打ち明けようと思った。
私:私は悪い人間なの。
私は重い口を開いた。彼はそばにいて真剣に聞いていた。
私:私は今の会社の人に脅されて、アメリカ宇宙軍のコンピューターにハッキングしてプログラムを書き換えているの。それはカーツという軍事用人工衛星を動かしているの。
彼:カーツ・・・そうか・・・。
彼は驚く様子を見せなかった。大きくうなずいて私の話を聞いてくれていた。
私:そうカーツよ。今、世間を騒がしている。それを軌道から外して地球に落下させようとしている。あと3日で。それがこの街に落ちてここは壊滅するのよ。私はそれに加担させられているの・・・。
私の目からまた涙が流れていた。自分のしていることを話しただけで私は強い罪悪感に胸が潰されそうだった。
彼:かわいそうに・・・。君にこんなことをさせるなんて・・・。
彼は私を非難するどころか、同情してくれた。
私:私のせいなの。でもどうすることもできなかった・・・
彼:君のせいじゃない。奴らはテロリストだ。こんなことは朝飯前にやってのける連中だ!
彼はまるですべてを知っているかのように私に言った。
彼:教えてくれ。奴らは一体、何を考えているんだ? この街に人工衛星を落下させて。
私:よくはわからない・・・。
彼:これは極秘のことだが、あの人工衛星には大きな原子炉を積んでいる。もし落下したらこの街が破壊されるどころか、大量の核物質で汚染され、悲惨な状況になる。
私:えっ! どうしよう・・・私・・・私はどうしたらいいの・・・。
私は事の重大さに震えていた。彼は私の震える手をじっと握って、私の目を見て言った。
彼:僕が何とかする。信じてくれ! 君のために・・・。だから君も力を貸してくれ!
その言葉は熱く私の胸に突き刺さった。私は少しうれしくなってうなずいた。それを見て彼はスマホを取り出して何やら操作し始めた。
彼:それではまず、君がまずハッキングしている場所のことから聞かせてくれ。それから・・・
彼は職場の場所やセキュリティーなどについての情報を詳しく私から聞き出した。彼は私のために何かをしてくれるつもりだ。もしかしたら私を奴らから助け出して・・・いやこの街を救ってくれるのかもしれない。
だが。それは儚い夢だ・・・。一介の普通の会社員がテロリスト相手に何とかすることはできないだろう。それから彼は明日の計画について私に話した。たとえ失敗したとしても彼とともに行動できることに私の心は満たされていた。