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裏切りの街  作者: 広之新
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彼との出会い

 この街の終りまであと7日だという。あれはそんな日の出来事だった。街はあきらめの雰囲気で満たされていたが、まだ希望を捨ててはいなかった。この街の終焉は回避されるかもしれないと・・・。街で人々はまたいつものように生活を続けようとしていた。

 街は巨大な魔物だった。多くの人々を引き寄せて魅了していくが、誰もが幸せにはなるわけではない。そこは弱肉強食の社会であり、敗れし者はそこから退散するか、社会の落伍者になるしかない。そのため人々は懸命に生きていた。

 私もその一人だった。田舎から出てきて1年、この街で生きてきた。ここで違和感を覚えた時には破滅の一歩手前であったし、そこから抜け出そうと必死にあがいていた・・・。



 朝の電車はいつものように通勤ラッシュで混雑し、見知らぬ者同士が肩を寄せ合っていた。私はいつものように車両の隅で息苦しさに口元をハンカチで押さえて、手すりにしがみついていた。ようやく電車が駅に近づいてブレーキをかけた。車両がぐらっと揺れ、その拍子に横にいた男性が私に寄りかかってきた。


 彼:あっ! すいません。

 私:いえ・・・


 私は顔を上げた。それは背のやや高い、私より少し年上の会社員風の男性だった。少し寝ぐせのついた髪に日に少し焼けた顔、そしてきれいな瞳をしていた。その誠実で優しそうな雰囲気に私は何か惹かれる気がした。

 だがそれは駅に着くまでの儚い感情であるはずだった。電車から降りればすぐに消えてなくなる。シャボン玉のように・・・。

 私は電車を降りて駅の改札に向かっていた。


 彼:このハンカチ、落としましたよね?


 後ろから声がかけられた。振り返るとさっきの男性がいた。その手には確かに私のハンカチが握られていた。確かに右手に持っていたはず・・・と私は右手を見たが、そこにはハンカチがなかった。きっと彼を見た時、一瞬、気を取られて落としてしまったらしい。


 私:あっ。すいません。


 私は右手を伸ばした。すると行き交う人に私と彼は押され、その手は彼の右手をつかんでいた。その瞬間、私は時間が止まったように感じた。周囲の雑踏や騒音は消え失せ、私と彼が2人だけいるような感覚になった。わずか2,3秒だったがそれはかなり長い時間に感じられた。


 彼:あの・・・


 彼は戸惑った顔をしていた。それは私がじっと彼の手を握っていたからだった。そこで私は我に返った。


 私:すいません。ハンカチ拾っていただいて・・・


 私はあわててハンカチを取ると頭を下げた。


 彼:よかった。あなたのだったのですね。


 彼は優しく微笑みかけた。白い歯がまぶしく輝いていた。しかしそれとは逆にスーツは少々くたくたになっており、その第2ボタンは今にも取れそうに揺れていた。


 私:気に入ったハンカチだったので、失くしたらどうしようと思っていたから・・・。


 私は思わず言葉を返していた。普段ならそのまま行ってしまうはずなのに・・・。


 彼:そうですか。何か思い出があるのですか?


 彼は聞いてきた。電車から降りた人たちはもう改札から出て行って、そこには私たち2人しかいなかった。私は見知らぬ彼に話をしていた。


 私:ええ、1年前、田舎から出てくるときに母が持たせてくれて。満員電車に乗る時、不安だからずっとこのハンカチを握りしめているんです。

 彼:そうだったのですか?ところで田舎はどこですか?

 私:S県です。

 彼:え?そうなんですか!実は僕もそうなんです。S県のR市です。


 彼はうれしそうに目を輝かせて言った。私も何だかうれしくなっていた。


 私:私は隣のK市です。偶然ですね。」

 彼:K市ですか!そこにもよく行きました。確か駅前に・・・


 彼は話し始めた。その話は懐かしくて面白かった。私は相槌を打って聞いていた。都会の真ん中で心細く生きてきた私には久しぶりに楽しい時間だった。しばらくして彼ははっとして腕時計を見た。


 彼:あっ、いけない。今から会議だった。すいません。こんなに長話してしまって。つい田舎が同じだったから舞い上がってしまって。会社の時間は大丈夫ですか?


 彼は慌てながらも私を心配してくれた。私も時間が経つのを忘れるほど話に夢中になっていたのだ。


 私:いいんです。私は急ぎませんから。

 男性:また会ったら今度はゆっくりお茶でも飲みながら話しましょう。また電車で会えますよね。名前を聞いてもいいですか? 僕は関川純一です。

 私:新田香です。

 彼:じゃあ、新田さん。また!


 彼は手を振ってそのまま改札を走って抜けていった。私はその後ろ姿を笑顔で見送っていた。彼は嫌なことを一時でも忘れさせてくれた・・・。


 私はそれから改札を出てしばらく歩き、ある雑居ビルに入った。そこから複雑な通路を通って奥の階段を下りて行った。地下2階まで行くとそこには似つかわしくない頑丈な鋼鉄の扉が見えた。私は眼鏡をはずして、扉の横の装置に目を向けた。すると網膜認証されて扉が開いた。

 そこはこじんまりした部屋であったが、大型のモニターが並び、いくつかのデスクと大型コンピューターや機械や配線の束でいっぱいになっていた。私はその間を通って自分のデスクに座った。目の前には作業のための端末が置かれていた。


 私(心の声):今日もまたあの作業か・・・


 私はうんざりしていた。だがそれが私の仕事なのだ。それで私はやっとこの街で生きていける。

 私の作業は監視カメラによって監督されている。おかしなことがあればスピーカーから注意される。しかしそんなことは滅多にない。計画がうまくいっているからだし、こんなことができるのは私だけなのだから・・・。

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