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05.最後の手紙

 ラスターはルシアから遠く離れてから、国境警備兵の方へと向かった。

 警備兵もラスターに気づいて剣を構えたが、そのうちの一人が顔見知りだったのが幸運であった。


「ラスターじゃないか! なんだ、どうしたんだこんなところまで」

「国境警備兵は、ここで数週間寝泊まりしてるんだろ? どんなもんか、見にきたんだ」

「なんだそりゃ、暇人かよ!」


 わははと笑ってくれたので、ピリピリしていた他の兵士の気が緩むのがわかる。


「まぁせっかくだから、武器の整備でもしてやるよ」

「本当か?! 最近手入れできてなかったんだよな。みんなの分も見てもらえるか?」

「ああ、もちろん」


 そういうと、この辺の兵士を全員呼んでくれた。わらわらと集まってきたのは八人の兵士だ。五人しか目視できていなかったので、あのまま強行突破していれば誰かに見つかっていた可能性が高い。


「すまん、俺のを先に見てくれんか。刃がガタガタなんだ」


 一人の男が剣を差し出し、それを見たラスターはピュウッと口笛を吹いた。


「こいつは派手にやったな。よほどの大物だったんだろう」

「そうともよ! 襲ってくる狼をちぎっては投げちぎっては投げ!」

「ウソつけ、枝を切るのに斧がわりにしたからこうなったんだろうが!」

「バラすんじゃねーよ!」


 他の兵士が突っ込み、わははと笑い声を上げる。

 ふと見ると、遠くの方でルシアが歩いているのが見えた。気付かれやしないだろうかと、気が気じゃなくなる。


「こいつはひどいな。打ち直したいところだが、とりあえずは研いでメンテナンスさせてくれ」

「助かった! なんかあった時のために使えないと意味ないしな! 俺はあと五日間はここにいなきゃなんねぇから、どうしようかと思ってたんだ!」

「とりあえず、みんなの剣の状態を確認させてもらっても構わないか?」


 ラスターはそう言って全員の剣を一本ずつ確認し、話しかけては時間を稼ぐ。

 和気あいあいとした雰囲気も相まって、そのたびに話が盛り上がり、八人分を見終わる頃にはルシアの姿は見えなくなっていた。無事にローウェス王国に入ったようでほっとする。

 ラスターはそれから全員のメンテナンスを終えると、リンド国側へと戻るしかなかった。


 ルシアは無事にローウェスへ行けたよな? ちゃんとジェイと合流できたのか……。


 家に帰ってからも、ルシアのことを思うと心配で心配でたまらなくなる。怪我をしていないか、狼に遭遇していないか、敵兵はいなかったのか、泣いてはいないか……。

 ルシアの儚い笑顔が思い出される。子どもの頃からそばにいたルシアがいないというのは、想像以上に胸にぽっかりと穴が空いた。


 あの日から一週間経ったが、ジェイクからの連絡はない。こちらから連絡を取る方法はないのだ。せめて、ルシアがジェイクと合流できたかだけでも知りたいというのに、それすらもわからない。

 ルシアが狼にズタズタにされている姿を想像し、ゾッと身震いする。やっぱり強行突破でも一緒に行くべきだったかと激しく悔やんでいた。


 ルシア……ルシア、ルシア!!


 寝ても覚めても、なにをしていても考えることはルシアのことばかり。

 溢れ出る悲しみとその感情に、ラスターはようやく名前をつけることができた。


 これは、愛情と呼ばれるものなのだと。


 親から虐待を日常的に受けていたラスターは、愛されることも愛するということもよくわからなかった。

 ジェイクは大切な親友で、ルシアは守るべき者だと認識してはいたが、それが愛情につながるとは思っていなかったのだ。

 ただただ、大切だった。ずっと自分の手の届くところにいてほしかった。ルシアに笑っていてほしかった。

 その色んな思いが愛情だったのかと気づいた時、ラスターの目からは涙がこぼれ落ちていた。


 ルシアに……会いてぇ。ルシアが好きだ……っ


 家で一人、味気のないパンを前に泣きそぼつ。ジェイクやルシアには絶対に見せられない姿。大の男が寂しさに一人泣いているだなどと、きっと考えもしていないだろう。

 もしかしたらルシアはすでにこの世にいないかもしれないと思うと、胸が潰されそうになる。


「ああああああっっ!! ルシアッ!!」


 想いが募り、その名を叫んだ瞬間。家の扉の向こうからヴァフッと声がした。

 ガバリと顔を上げ、みっともないくらいに足をもつれさせながら急いで扉を開ける。


「ベイリー!!」


 そこには見慣れた白い狼がいて、ラスターは自分から抱きついた。ベイリーがペロペロとラスターの涙を舐めとってくれる。


「情けねぇ姿見られちまったな……誰にも言うなよ」


 そう言いながら、ラスターは急いでベイリーの首にかかった巾着を手に取った。手紙を取り出すと、中に入る時間すらもったいなくて、その場で目を走らせる。

 二枚重なって折られたうちの最初の一枚は、間違いなくジェイクの筆跡だ。


 〝連絡が遅くなって悪い。ルシアは無事にローウェスに来たよ〟


 その文字を見た瞬間、ホッと息を漏らした。ベイリーが嬉しそうに尻尾を振っていて、ラスターは「よくやった」とベイリーの頭を撫でつけてやった。


 〝ルシアはなんとか当日中に施術することができた。そこからゆっくり視力が回復して、昨日からはもうしっかりなにもかも見えている状態だ〟


「よしっ!!」


 ラスターは思わず声を上げて、ぎゅっと拳を固める。


 〝だけど、ルシアの存在が周りに知られてしまった。リンド国から来たこともばれて、そっちに帰らせることはできなくなった〟


 喜んだのも束の間、頭が真っ白になる。霞む目を振り切るようにギュッと目を閉じ、ばくばくと鳴る胸を押さえてから、次の文字を探し当てる。


 〝ルシアは、特殊な病気を患っているため、ローウェス王国で医療魔法の被験体になることが確定した。けど心配しないでくれ。被験体といっても、純粋に医療魔法の発展のために行われる実験だ。良くなりこそすれ、悪くなることはない。危険なことがあれば、僕が反対して絶対に阻止してみせる。信じてほしい〟


 そこまで読んで、ようやくラスターはホッとした。

 ジェイクの言うことなら信用できる。被験体という言い方は気に食わないが、ルシアの足も良くなるのかもしれないと思うと、ルシアはそのままローウェスでいた方がいいのだろう。そう思いながらラスターは次の文章に目をやる。


 〝ルシアがこちらに来たことで、ローウェス王国は森にも兵士を配置することになった。もうそちらからの侵入者を許すことはしないだろう。最後にベイリーを送るが、そっちまで辿り着けるかどうか……この手紙が無事ラスの元に届いていることを祈る〟


 ハッとしてベイリーをよく見ると、ところどころに白い毛並みが乱れて赤い血がついていた。

 矢が掠った痕だと気づいたラスターはゾッとする。

 森に多く兵士が配置されたということは、狩られる可能性が上がったということだ。それも巾着をつけた狼など、怪しくて見逃してはもらえないだろう。


「ベイリー、お前よくここまで戻ってこられたな……よくがんばってくれた」


 ベイリーはお座りしたままでヴァフと言い、パタンパタンと尻尾を左右の大地に打ちつけている。


 〝もう森を通るのは、ベイリーでも危険だ。返事は必要ない。ラスがベイリーを飼ってやってくれ。頼む。戦争が終わらない限り、もう連絡は取れない。ラス、元気でやってくれ。僕とルシアも、こっちで仲良く暮らしているから心配しないでほしい〟


 脳が酸欠を起こしたように、目の前がクラクラとする。

 上手く息ができない。

 もう連絡も取れず、ルシアと会うことはない。ルシアは……ローウェス王国でジェイクと暮らしていくのだから。二人、仲良く。


 くぅんとベイリーが鼻を鳴らした。

 誰よりもルシアを慕っていたベイリーが、手紙を届けるためだけに遣わされ、そしてもう戻れなくなった。


「お前も……つれぇな」


 ラスターはぎゅうっとベイリーを抱きしめながら、一枚目の最後の文字を読む。


 〝ラス、いつかまた。ジェイク〟


「いつかって、いつだよ……!!」


 戦争が終わる気配はない。ますます激化していて、十年二十年と続きそうな気さえする。

 くしゃりと手紙を握りしめると、ずれた二枚目が顔を出した。


「これは……」


 見たことのない筆跡。まるで子どもが書いたような文字で、やたらと読みにくい。

 誰が書いたのかと解読し始めて、ドクンと胸が騒いだ。


「ルシアか……」


 ルシアは字を知らない。きっとジェイクに教わりながら書いたのだろう。書けるということは見えることの証明でもあり、ラスターの体は血管が膨張するように熱くなった。


 〝しんあいなるラスへ。

 わたしのめはみえるようになりました。

 いままでほんとうにありがとう。

 ラスがそちらでしあわせになることをねがっています。ルシア〟


 たったそれだけが書かれた手紙は、余白がないくらいにはみ出しそうなほど大きな字だった。

 一生懸命書いてくれたのだろう。その気持ちは嬉しいが。


「……俺の顔、見るんじゃなかったのかよ……!」


 これではまるで、別れの挨拶だ。再会するつもりが微塵も感じられない文面に、苛立ちと悲しみが募る。

 ルシアの目が見えるようになり、あちらで幸せになるならばそれでもいい。足も治る可能性があるなら、無理やりに連れ戻す意味はないのだから。


「けど、これで終わりなんて……あんまりだろうが……」


 ラスターは、ラスターなりにルシアを大事にしてきたつもりだった。

 口も悪く、気の利いたことなどひとつも言ったことがなかったけれど。

 一般的にいう優しさは、与えてあげられていなかったかもしれない。

 しがない武器の整備士で、稼ぎもなく、ろくな食事もとらせてあげられなかった。ローウェスで医療魔法の研究者として働いているジェイクのもとにいる方が、何倍もいい生活ができるだろう。

 それでもラスターは精一杯やってきたし、ルシアもわかっていてくれると思っていた。

 しかし現実は戻ってくるどころか、自分と離れられてせいせいしているのかもしれない……そう思うと、今までルシアにきつく当たってしまった自分を殴りたくなる。

 また涙が溢れ出すと、ベイリーがクウンと切なげな声を上げながらラスター顔に鼻を寄せてきた。


「お前は完全にとばっちりだな……わりぃ、俺のせいで……っ」


 言葉に出すと、感情が波のように溢れてきて。

 ベイリーの鼻先が頬に当たると、ラスターはうわぁっと声を上げ、白い毛並みを抱きしめて大粒の涙を流した。


 もう、おかえりと言ってくれる人はいない。

 ルシアはもう、自分が守る対象ではなくなったのだと。


 小さな家の前で、一人と一匹は夕闇に包まれるまでそうして泣いていた。

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