表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/9

02.お人好しのルシア

 ジェイクが去って二年後、リンド国とローウェス王国の間で、戦争が始まってしまった。

 戦争は、二年が経過しても終わらなかった。ラスター達は十八歳になっていた。


「ただいま、ルシア」

「おかえりなさい、ラス」


 ラスターが家に帰ると、ルシアが迎えてくれる。二人は小さな家を借りて一緒に住んでいた。

 孤児院にいられるのは十六歳までで、そこからは働いて独り立ちしなければならなかったからだ。

 ちょうどその頃に戦争が始まり、剣や弓の整備士を必要とされて、ラスターはその職にありつくことができた。

 しかしルシアは足が悪く目もほとんど見えないため、働き口を探すのは困難を極めた。

 結局は就職できないまま孤児院を追い出されてしまったので、ラスターがルシアを引き取るような形となったのだ。


「今日は、サラミも買ってきたのよ。いつもパンだけじゃ、味気ないでしょう?」

「ああ、たまにはいいな」


 ルシアのすぐそばで、ベイリーがヴァフと吠えた。孤児院を出てからは、家で飼うことにしたのだ。

 ベイリーのリードのおかげで、ルシアは一人でも買い物に行くことができる。そしてルシアは家事を可能な限りしようと、いつも頑張ってくれている。

 ラスターの給料でルシアとベイリーを養うのは正直きついが、それでも贅沢をしなければなんとかなった。


「明日は、ジェイと連絡を取る日だな」


 ルシアが作ってくれた、硬いパンにサラミを乗せただけのものを頬張りながら話しかける。


 戦争が始まってから、手紙をローウェス王国には送れなくなってしまった。

 しかし連絡が取れなくなる直前、ベイリーを使って手紙のやりとりをすることをジェイクに提案されていた。

 二国の国境は、ベイリーを拾った森の中央にもある。

 国境沿いには基本的に兵士がいるのだが、すべての国境沿いを監視できるわけではない。あの森は狼などの動物も多い上に迷いやすいため、敵軍もそこから攻めてくることはまずないと、必要最低限の人数しか送り込まれていなかった。

 その森を利用して、月の初めにベイリーに手紙を託し、森の向こう側で待つジェイクと合流させる。そうしてベイリーは一晩ジェイクの家で泊まり、翌日には戻ってくる、というわけだ。

 狼なら、国境を超えたところで兵士に見咎められることはない。こうして戦争が始まってからも、毎月ジェイクと連絡を取っているというわけである。


 食事が終わると、ラスターは紙とペンを出してテーブルの上に置いた。


「さて、ジェイになにを書く?」

「そうね……」


 ルシアは目が見えず手紙を書けないので、いつもラスターが代筆している。


「えーっと……ジェイクもラスも、戦争の最前線で戦うことはせずにすんで、ほっとしています。いつも医療魔法の研究お疲れ様。無理はしないでね。私は今日、ベイリーと一緒にお買い物に行ってきました。前回の手紙でローウェスのサラミは絶品だと書いてくれていたので、私もサラミを買ったの。自由にお金を使わせてくれるラスには感謝ね。とても美味しかったけど、そちらのサラミもいつかぜひ食べてみたいです」


 ラスターはルシアの言葉通りに文字に起こしていく。ルシア手紙はただの日常報告だ。そして最後はいつもジェイクの身を案じる言葉で締められる。


「こちらはラスもベイリーも私も、元気に過ごしています。ジェイクも体に気をつけて過ごしてね。ルシアより」


 手紙を書き終えると、それを小さく折り畳み、小さな巾着に入れた。


「ラスは書かないの?」

「俺は特に報告することもねーし」

「もう、一言でも書いてあげて。ジェイクが喜ぶから」

「……わぁったよ」


 ルシアにそう言われると、ラスターは弱い。

 〝ジェイクが喜ぶから〟というルシアの言葉に、むっと口を尖らせながらもラスターはペンを走らせた。


 〝早くルシアの目を見えるようにしてやれ〟


 それだけを書いて紙を小さく折り畳む。


「早いのね。なんて書いたの?」

「なんだっていいだろ」

「ずるいわ。いつも私の手紙の内容を知っているくせに」

「べっつに、大したこと書いてねーよ」

「もうっ」


 そう言ってぷくっと膨らませる頬を見ると、なんともたまらない気持ちになる。ルシアの目が悪くて助かったと、こういう時だけは思いながら口元をへの字に戻した。


 ルシアにとって、俺は家族だからな。


 十八歳になったルシアは、少女から女性となった。見た目にも綺麗になって、その白さゆえ神秘的でもある。

 ラスターも男らしくなったと自分では思っているが、ルシアには見えていない。性格は変わっていないので、ルシアにとっては子どもころのままの存在だろう。

 ただ共に暮らしているだけの家族。そうしなければルシアは生きていけなかっただけで、相手はラスターじゃなくてもよかったのだ。ルシアを養うつもりのある者ならば、誰でも。


「ふふ、ジェイクからの返事が楽しみね」

「まだ出してもいねーのに気が早ぇんだよ、ったく」


 しまった、また言い方がきつかったと思ったラスターは、慌ててルシアの頭をそっと撫でた。

 言葉ではうまく言い表せないから、これが『怒っているわけじゃないんだからな』というアピールのつもりだ。ルシアに伝わっているかどうかは、わからなかったが。


「ふふっ」


 ルシアが笑ってくれて、ラスターはほっと胸を撫で下ろした。

 ラスターはルシアのことを昔から大切に思っている。それを、言葉にも態度にも出せたことはないのだが。


 親に捨てられたルシアは、その病気のために孤児院にいる者からも疎まれているふしがあった。だから余計に守らなければという思いが溢れたのだろう。

 最初に目立ってルシアを庇い始めたのは、ジェイクだった。ジェイクと仲の良かったラスターがそれに便乗した形である。

 ルシアは傷つきやすく弱くもあったが、同時に底抜けに優しくお人好しでもあった。たまに与えられるお菓子もすぐ人にあげてしまうし、掃除くらいはできるだろうと押し付けられても気にせず引き受ける。

 昔、その姿に苛立って『なんでそんなことすんだ!』ときつく言ってしまったことがあるが、ルシアはこういったのだ。『話しかけてくれるだけで、嬉しいの』と。


 ルシアの周りには、ほとんど誰も近寄らなかった。いつも周りでひそひそと言われているだけ。

 目の悪いルシアには、それがどれだけ心細かっただろうか。彼女が勇気を出して、人の輪の中に入ろうとしたのを見たことがある。

 しかし、杖をついて足を引きずりながらそちらに行こうとするだけで、人の波はさぁっとルシアを避けていた。一人ぽつんと残っていたルシアは傷ついた顔をして、それでも涙は流さず笑顔を取り繕おうと頑張っていた。

 ラスターとジェイクもずっと一緒にいられたわけではないが、それでも時間の許す限り一緒に過ごした。ジェイクが隣国に行ってからは、ラスターだけがルシアのそばにいた。

 ルシアは弱く、自分が守ってやらなければならないのだと。ジェイクにルシアを託されたのだからと。

 生活は厳しいが、ルシアを追い出すつもりなんてさらさらない。ルシアが笑ってくれるなら、なんだってする。

 湧き上がるこの気持ちがどういう名前かなんてことは、考えもしなかった。

 ただただ、ルシアが誰よりも大切だった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サビーナ

▼ 代表作 ▼


異世界恋愛 日間3位作品


若破棄
イラスト/志茂塚 ゆりさん

男装王子の秘密の結婚
せめて親しい人にくらい、わがまま言ってください。俺に言ってくれたなら、俺は嬉しいですよ!
フローリアンは女であるにもかかわらず、ハウアドル王国の第二王子として育てられた。
兄の第一王子はすでに王位を継承しているが、独身で世継ぎはおらず、このままではフローリアンが次の王となってしまう。
どうにか王位継承を回避したいのに、同性の親友、ツェツィーリアが婚約者となってしまい?!

赤髪の護衛騎士に心を寄せるフローリアンは、ツェツィーリアとの婚約破棄を目論みながら、女性の地位向上を目指す。

最後に掴み取るのは、幸せか、それとも……?

キーワード: 身分差 婚約破棄 ラブラブ 全方位ハッピーエンド 純愛 一途 切ない 王子 騎士 長岡4月放出検索タグ ワケアリ不惑女の新恋 長岡更紗おすすめ作品


日間総合短編1位作品
▼ざまぁされた王子は反省します!▼

ポンコツ王子
イラスト/遥彼方さん
ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。
真実の愛だなんて、よく軽々しく言えたもんだ
エレシアに「真実の愛を見つけた」と、婚約破棄を言い渡した第一王子のクラッティ。
しかし父王の怒りを買ったクラッティは、紛争の前線へと平騎士として送り出され、愛したはずの女性にも逃げられてしまう。
戦場で元婚約者のエレシアに似た女性と知り合い、今までの自分の行いを後悔していくクラッティだが……
果たして彼は、本当の真実の愛を見つけることができるのか。
キーワード: R15 王子 聖女 騎士 ざまぁ/ざまあ 愛/友情/成長 婚約破棄 男主人公 真実の愛 ざまぁされた側 シリアス/反省 笑いあり涙あり ポンコツ王子 長岡お気に入り作品
この作品を読む


▼運命に抗え!▼

巻き戻り聖女
イラスト/堺むてっぽうさん
ロゴ/貴様 二太郎さん
巻き戻り聖女 〜命を削るタイムリープは誰がため〜
私だけ生き残っても、あなたたちがいないのならば……!
聖女ルナリーが結界を張る旅から戻ると、王都は魔女の瘴気が蔓延していた。

国を魔女から取り戻そうと奮闘するも、その途中で護衛騎士の二人が死んでしまう。
ルナリーは聖女の力を使って命を削り、時間を巻き戻すのだ。
二人の護衛騎士の命を助けるために、何度も、何度も。

「もう、時間を巻き戻さないでください」
「俺たちが死ぬたび、ルナリーの寿命が減っちまう……!」

気持ちを言葉をありがたく思いつつも、ルナリーは大切な二人のために時間を巻き戻し続け、どんどん命は削られていく。
その中でルナリーは、一人の騎士への恋心に気がついて──

最後に訪れるのは最高の幸せか、それとも……?!
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
この作品を読む


▼行方知れずになりたい王子との、イチャラブ物語!▼

行方知れず王子
イラスト/雨音AKIRAさん
行方知れずを望んだ王子とその結末
なぜキスをするのですか!
双子が不吉だと言われる国で、王家に双子が生まれた。 兄であるイライジャは〝光の子〟として不自由なく暮らし、弟であるジョージは〝闇の子〟として荒地で暮らしていた。
弟をどうにか助けたいと思ったイライジャ。

「俺は行方不明になろうと思う!」
「イライジャ様ッ?!!」

側仕えのクラリスを巻き込んで、王都から姿を消してしまったのだった!
キーワード: R15 身分差 双子 吉凶 因習 王子 駆け落ち(偽装) ハッピーエンド 両片思い じれじれ いちゃいちゃ ラブラブ いちゃらぶ
この作品を読む


異世界恋愛 日間4位作品
▼頑張る人にはご褒美があるものです▼

第五王子
イラスト/こたかんさん
婿に来るはずだった第五王子と婚約破棄します! その後にお見合いさせられた副騎士団長と結婚することになりましたが、溺愛されて幸せです。
うちは貧乏領地ですが、本気ですか?
私の婚約者で第五王子のブライアン様が、別の女と子どもをなしていたですって?
そんな方はこちらから願い下げです!
でも、やっぱり幼い頃からずっと結婚すると思っていた人に裏切られたのは、ショックだわ……。
急いで帰ろうとしていたら、馬車が壊れて踏んだり蹴ったり。
そんなとき、通りがかった騎士様が優しく助けてくださったの。なのに私ったらろくにお礼も言えず、お名前も聞けなかった。いつかお会いできればいいのだけれど。

婚約を破棄した私には、誰からも縁談が来なくなってしまったけれど、それも仕方ないわね。
それなのに、副騎士団長であるベネディクトさんからの縁談が舞い込んできたの。
王命でいやいやお見合いされているのかと思っていたら、ベネディクトさんたっての願いだったって、それ本当ですか?
どうして私のところに? うちは驚くほどの貧乏領地ですよ!

これは、そんな私がベネディクトさんに溺愛されて、幸せになるまでのお話。
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
この作品を読む


▼決して貴方を見捨てない!! ▼

たとえ
イラスト/遥彼方さん
たとえ貴方が地に落ちようと
大事な人との、約束だから……!
貴族の屋敷で働くサビーナは、兄の無茶振りによって人生が変わっていく。
当主の息子セヴェリは、誰にでも分け隔てなく優しいサビーナの主人であると同時に、どこか屈折した闇を抱えている男だった。
そんなセヴェリを放っておけないサビーナは、誠心誠意、彼に尽くす事を誓う。

志を同じくする者との、甘く切ない恋心を抱えて。

そしてサビーナは、全てを切り捨ててセヴェリを救うのだ。
己の使命のために。
あの人との約束を違えぬために。

「たとえ貴方が地に落ちようと、私は決して貴方を見捨てたりはいたしません!!」

誰より孤独で悲しい男を。
誰より自由で、幸せにするために。

サビーナは、自己犠牲愛を……彼に捧げる。
キーワード: R15 身分差 NTR要素あり 微エロ表現あり 貴族 騎士 切ない 甘酸っぱい 逃避行 すれ違い 長岡お気に入り作品
この作品を読む


▼恋する気持ちは、戦時中であろうとも▼

失い嫌われ
バナー/秋の桜子さん




新着順 人気小説

おすすめ お気に入り 



また来てね
サビーナセヴェリ
↑二人をタッチすると?!↑
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ