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第8話

僕はあの日、スーツの男に追われているような素振りがあったことを思い出した。


 ただ、今のあずを見ても誰かに追われている様子はない。あずが今でもサングラスと帽子をしているのは僕の記憶を戻すため、当時を再現しているのだと、推測できる。


 まあ、とりあえず、いまのあずが元気ならよしとするか。


「見てもらっていいですか?」

「はぁ?」


 あずは試着室内で胸元のボタンを開け、肌を露出し見せつけたきた。


「おい! なにやってるんだよ」

「違うの、思い出して欲しかっただけです……」


「僕のとの約束、忘れたのか。安売りすんなって言っただろ」

「え? 思い出したんですか?」


 あずは飛び跳ねた。


「一部だけね。ここでのことは思い出したよ」

「やったー!」


 あずは胸を開けたまま僕に飛びついてきた。


「よかった。この調子でいけば全部、思い出せそうですね。本当によかった」

「あぁ、もうわかったから離れて。重いぞ」


「はい!」


…………………………………………

…………………………………………



 日も暮れて、僕らは帰路を歩む。


「今日の一日、充実しましたね」

「まぁ、そうかもね」


「夜の街並みはキラキラしてて綺麗ですね。こんな日に死にたいなー」

「なにを言ってるの?」


「冗談です。私にはわたる先輩がいるので」

「そうだよ」


 いじめられたって死ぬことはないし。そういえば――


「あず、ありがとな。助かったよ」

「ん? なにがですか?」


「いじめ、あずが撃退してくれただろ。思い出してさ」

「違いますよ。お礼を言うなら私です。あれはただの恩返し……」


「あの本もあずが買ってくれたのか?」

「……はい。そうです」


「僕も何か返すよ」

「いえっ、だめですよ。まだ記憶戻ってないですし、それを思い出したら、遠慮せず私の恩返しを受け取れますよ。命の恩人さんなんですから」


「じゃあ、思い出したら、そのとき考えるよ」

「はいっ! そのとき私のせいなる恩返しも受け取ってくださいね」


 聖なるって、クリスマスプレゼントか? そういえばもうすぐだしな……




後日、新しいリュックを背負って、僕は登校した。剛田の鼻もへし折ったし、僕の学校生活は明るいとまでは言わなくても、暗いものではなくなった。


 そんな僕の学校生活を後押しするような出来事がもう一つあった。それは廊下の壁に大々と貼られた紙に記されていた。


 そこには前季テストの順位が載っていのであるが、一位に輝いてたのは他でもない僕だった。


 何やっているんだ僕はと、一瞬自分にツッコんだ。だが我に帰り冷静に考えると、この結果に納得した。


 僕の今まで学力は中の上だ。だがこれは僕の学力がそのレベルだからではない。本当はもっと上に行けるが目立たないためにあえて点を取りすぎないようにしていた。それには理由がある。以前僕は授業の小テストで唯一満点を取った。そのときに橋本に目をつけられ、彼が僕を痛ぶる原因になった。だからこれ以上、関わりたくないと手を抜き始めた。


 橋本は僕が本気を出さなかったおかげで、定期テストで一位を独占できたのである。冷静に考えて成績だけを重視するなら、一位になる必要はないので、僕が譲っていただけだ。


 そもそも不節操に生きてる彼らに僕が負けるはずがないのだ。


 あずがいじめを撃退した今、橋本に気を使って僕が手を抜く理由はない。入院する前の僕は、隠していた本領を惜しみなく出して、遠慮なく一位は取ったらしい。


 仮初の王はもう死んだ。



 そしてこの時期ちょうどテスト前週間であった。

 三、四時限目は教師の粋な計らいもあって、自習時間となった。僕の学習は授業中だけでほんとんど十分なので、読書でもしようかと思う。


「わたるくん……」

 影山が僕に小声で声をかける。


「リュック買ったんだ」

「そうだけど……」


「かっこいいね」

「あぁ、ありがとう」

 

 なぜわざわざ僕にこんなことを言ってくるのか。そして彼女は僕の方を見たまま、変な間を開けた。


「なに?」

「その、もしよかったらあたしに勉強教えてくれない?」


 なるほどそのためか。とはいえ僕は読書がしたい。いくら片想いの子といえど、この有意義な時間をお粗末にはしたくはない。どうしたもんかな。


「他にも勉強できる人いるでしょ。橋本とか」

 なぜか影山は誰にあたるでもなく、真っ先に僕へと教えをこいた。以前に影山が橋本から勉強を教わっているところを何度か見たことがある。なのでそっちをおすすめした。


「橋本くんじゃもうダメ。わたるくんが一番だから……」

「一番だからって、教えるのが上手いとは限らないよ」


 授業中なので、周りに配慮し、ささやくように会話する。


「ダメだよね。こんな贅沢、許されないか……」

「まあ、少しだけならやってあげてもいいよ」


「ホントに?」

 影山は目を大きく見開かせ、体を前のみりに傾かせた。


「少しだけだよ」

 教える方が一番、学力が上がるというし、復習もかねて付き合ってやる。


「やったー! ありがとう」


 影山は机を僕のところまで寄せて、僕らだけの机が小学校みたいにくっつく形となった。


「わたるくんに教われば百人力だね」

「いや、頑張るのは君の方だよ」


「はい、あたしが頑張ります」

 影山は袖をまくった。



「じゃあこっちの問題をやろう」

「え? そっちですか? みんなそこには触れてないよ」


「いや、理科の先生はこういう一癖ある問題の方を出したがるから」

「えー。わかりました。やってみます」


 影山に物理を教えているときだった。


「ねぇ、影山だけずるいよ。私も佐藤くんに習いたい!」

 影山の友人の女生徒であった。抜けがけするように彼女は忍び足でやってきた。


「ダメに決まってるじゃない。今はあたしが習ってるだから」

 影山は大袈裟に断ろうとする。


「え? 一人も二人も一緒じゃん。いいよね佐藤くん?」


 僕は二人のやりとりを、優しい目でただ眺めていた。僕にとってはどちらでも良い。


「ダメ、絶対ダメ。美香にはあたしが後で教えるから。ほらほら」

「えー? 影山に? 頼りないよー」


 駄々をこねる友人を、必死で追い返す影山。なにもそこまでしなくてもと、やんわり思った。


「ごめんね、騒いじゃって。わたるくん、うるさいの嫌いだよね」

「まぁ、そうかもね」


「じゃあ、続き! お願いしてもいいですか?」




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