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第7話

▼▼▼


 記憶喪失前。僕とあずが出会ってから初めて一緒にご飯を食べに行った日。


「お腹いっぱいたべましたねー」

「こんなにお腹を膨らませたの、初めてだよ」


 僕とあずは寿司屋から出て、ショッピングモール内をダラダラと歩いた。


 あずは何かに気づくと「あっちの方へ行きましょう」と小声で口ずさみ、何かから逃げるように方向転換した。


 あのスーツの男から逃げているのか? 僕には怪しい人には思えなかったが。


 それからプレゼントしたいと、僕にリュックを買ってくれた。


「流石にあのカバンは古過ぎですよ」

 あずは半笑いしながら、財布を出してくれる。


「一応、まだ使えるからさ」


「リュックのセンス、私好みになってしまいましたけど、嫌じゃないですか?」


「あぁ、僕は見た目とか気にしないから。なんでもうれしいよ」

 感謝の言葉も伝えておく。


 新しいリュックを背負って、僕も青春、真っ只中の一人であることを感じた。隣に美少女がいることでより、そう感じる。


「あずってさ、お金持ちなの?」


「え?」


「いや、こんなに気前良いからさ。そうなのかなって」


「あぁ。そうですね。私、お金持ちかもです。ただ、気前がいいのはわたる先輩にだけで……」


 後半は小声で何を言いてるのか聞き取れなかったが、あずにお金の余裕があると聞いて一安心だ。


「だから私の恩返し、全部受け取ってくださいね」


「全部受け取るかどうかはわかんないけどね。腑に落ちるものならな」


「はい!」


「じゃあ、そろそろ帰るか……」

「まって! こっち!」


 どうしたのか、また何かから逃げるように、あずは僕は引っ張り、近くの試着室へ逃げ込んだ。そのとき、周辺にかかってあった洋服を見定めもせずに、とっさに持ち込んだ。


「はぁ……」とあずが僕の胸の前で漏らす。僕の首元に吐息が掛かるように、あずはもたれかかてきた。


「どうした? 誰から追われてるの?」


「い、いや、そんなんじゃないですけど。嫌いな知人がいて、絡まれると厄介なんです」


 まぁ、あずはモテるし、男にウザ絡みされるタイプなんだろう。しかし、このまま試着室に居るというわけにもいかない。


「適当にとったけど、これに着替えてやり過ごすしかないか……」

 あずは独り言のようにつぶやく。


「みっともないですけど、わたる先輩の前で着替えて良いですか」

「は?」


「ダメ? ですよね。ごめんなさい」

「いや、別にダメじゃないけど……」


 普通は逆であずが男の人の前で着替えることを嫌がるはずなんだが、あずは僕の方が嫌がると思っていたらしい。


「え? いいんですか? それなら遠慮なく脱いじゃいますね」

 あずはシャツをおもむろに脱ぎ始めた。


「あぁ! まって。僕、向こう向いてるから」

 僕は狭い試着室の中で、壁とにらめっこするハメになった。面倒だがリュックも買ってもらったし、今回だけは我慢する。


 後方から布の擦れる音とあずの息づかいだけが聞こえる。


――すると


 ぎゅっと、僕の体に腕を回され、背中にはあずの胸を押し付けられた。


「ねえ、いま下着だけなんだ。せっかくなので見ておきますか? それとも触る方が……」


 僕は反射で男が出そうになった。


「さっさと着替えろ! 誰のために壁を味わっていると思う。あずが着替え終わるの待ってるんだぞ」


 僕とあずは特別な関係ではないので手を出したりはしない。僕もオスなので誘惑には揺らいだが、そこらへんの低俗とは違い、僕は理性的な生き物なのだ。そこのプライドは譲れない。


「結構、顔近いですね」

 あずは背伸びして僕の耳元まで、顔を寄せていた。


「早く離れろ」


「このままキスするのも、ありかもですね」

「なしだ」


「でも……」

「いいから!」


 思い悩んだのか、少し間があく。


「わかりました。今回は見送らせていただきます」


 柔軟剤とは違う、嗅いだことのない体温を感じさせる芳しくはない香りを、嗅覚が受け取った。


 正気に戻ったあずは僕の言うとおり、早急に着替えを済ませた。


 あずが着ていた方の服は僕のリュックへとしまい、会計はレジで済ませた。


「あず……」

「はい」


「いくら若いからと言って簡単に体を売るもんじゃないぞ」

「売ってるわけじゃ…… それに……」


「わかったら返事して、約束しろ」

「……はい。わかりました。わたる先輩、私なんかのために、お気遣いありがとうございます」


「そう固くなるなよ」

 僕はあずの肩に軽く手を置いた。


「はい!」

 あずは瞳が見えなくなるほど、「にひひ」と笑った。


「そういえば、そのポニーテール、髪型は変装のために変えなくてよかったのか?」

「はい、ポニーテールを外す姿は好きな男の人にしか見せないと決めているので。…なモードなんです」


 女の子にはこだわりがあるものなんだなと、感心した。それと大変そうだ。


 ショッピングを済ませ、僕らは帰路へと向かう。別れ際、僕は「ありがとう」と一応感謝の意を伝える。するとあずは「もうひとつ、小さなプレゼントがあります」と言い、僕の頬にハジけるようなキスをした。あずほどの美少女に不意に接吻されると、理性的な僕ですら否が応でも鼓動が高まり、顔を火照らせてしまう。落ち着け僕。


 その後、あずは「照れますか?」としたり顔をしたのちに、僕の赤らんだ顔を舐め回すように視覚で堪能してきた。


「あんまり調子に乗るなよ」とだけ忠告しておいた。


 僕が背を向け帰ろうと歩き出した後、「あーまって!」と大きな声を出して僕を引き止めた。これでもかと色々もらったのにまだあるのかと、唖然とする。


「今度はなに?」


「これも受け取ってください」


 あずのリュックからおもむろに取り出された、怪しげな茶封筒を渡された。恐る恐るなかを覗いてみると、そこには日本銀行が発行した札束が入っていた。十万いや二十万はあるだろうか。あずはこれをどこから仕入れて、なぜ僕に渡すのか皆目検討もつかない。


「なにこれ?」


「三十万円です!」


「じゃなくて……」


「わたる先輩、お金に困っているのですよね」


 あずの表情はなんの企みも孕んでおらず、ただただ無垢な笑みを僕に晒し続けた。百歩譲ってあずが僕を騙そうとしているわけではなさそうだ。


「そうだけど。だからといって受け取れないよ。そんな出どころのわからないお金は」


「私が稼いだお金です。それに私の実家、お金持ちなのですよ。わたる先輩は勉強が得意そうですけど、ご存知ですか? 経済格差が広がり続けていることを。お金持ちはどんどんお金持ちになれるのです。だから三十万くらいどうってことないです」


 誰かの受け売りのようにあずは言う。


 たしかに経済格差が広がっていることは知っている。あずにとって三十万が端金でしかないのも、事実かもしれない。それなら……


「たとえそうでも受け取れないよ。対価なら受け取ってもいいけど、そこまで情けをかけられるほど、弱じゃないから」


 それならいいよ、とはならない。あずにとって端金であっても受け取るべきお金ではないと僕は判断した。誰のものでもお金はお金、平等の価値だと僕はおもう。


「お願いします! どうしても、どうしてもなんです。このために私、人肌脱いだんですから…… わたる先輩は私にとって唯一の人なんです」


「そんなに頑張って集めたものなら余計に受け取れないよ」


「うーん……」


 あずはへこたれる様子を見せずに、打開策を模索するように、おごに手をおき考えを巡らせていた。僕はここらで帰ろうと、かかとを返した。すると、


「あ、わかりました。わたる先輩、私のボディガードになってください。登校のバスと下校のバスだけでいいので。私が先輩を雇います」


 ふてぶてしく一歩も引かないあず。諦めそうにもない。そこまで言うなら別にいいかもしれない。強がっていたが今の僕にはお金は必要だ。大学受験のための買いたいが買えなかった教材もたくさんあるし。ばあちゃんの誕生日に「干しブドウ」も買ってやれる。一応、働くのだから金銭を受け取ることも腑に落ちる。ここらが落とし所か……


「それならいいよ。バスの中だけでは君を守るよ」


「いやったー。元の計画より良い結果になった。ありがとうございます。一度断ってくれて」


「はいはい」


 僕は茶封筒に入った三十万を受け取った。そのことになぜかあずの方が喜んでいた。



 家に帰り、ひと段落してから自分の落ち度に気づいた。リュックの中にあずの洋服を入れたままにして、帰宅してしまったのだ。まぁ、今度返せばいいだけか。


 洗濯するために取り出してみると、強烈にあずの香りがした。外ではなく、家の中だとこんなにも他人の匂いが際立つのかと驚いた。というか、生きてるだけでこれだけいい香りを放つで女の子は未知な生物だと感じる。それともホルモンなのだろうか……



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