第5話「美少女はモテモテ」
翌朝、日光だけが照らす部屋の中で、きのう思い出した記憶との矛盾を見つけた。剛田に破られたはずの本が、僕の本棚においてあった。確認すると、それは必要以上に綺麗で、破かれた本をどうこうできるレベルのものではなかった。つまりこの本は新しく買ったものであろう。僕なら買い直す選択肢は取らないが。
やっぱり読書をしてるときが一番落ち着く。そう思いながら何冊か本を開いた。
時間も忘れ自分の姿勢もわからなくなるほど熱中している最中、着信音が鳴り響き僕を現実に戻した。
あずからだった。
「もしもし」
「わたる先輩、大丈夫ですか? なんかありました?」
「え、別にどうもしてないよ」
「一時間待っても来ないから事故にでも巻き込まれたんじゃないかって……」
あずは思い詰めたような様子だった。
「待つって? 何を待ってるの?」
「え? デートの約束ですよ」
そのとき、また頭の中にキンとした痛みが走った。
「あ、そうだった。ごめん忘れてた」
「え? 大丈夫ですか? やっぱり後遺症がまだ……」
「いやー、平気平気。今すぐ行くから待ってて」
「無理なら後日でも……」
僕は身支度をすまして早急に家を出た。時間を破るのは好きじゃない。
あのポニーテール。駅近のベンチにあずは居た。が、おそらく厄介事に巻き込まれているようだ。ため息が出る。
「だから、こっちで一緒に遊ぼうよ、かわい子ちゃん。あの芸能人も来るんだよ」
「私、彼氏待ちなので」
ナンパのようだ。あずは肩を窄めて見たこともないくらい怯えていた。剛田の時とは大違いだ。あずにそんな顔をさせる大学生くらいの男二人には、腹がたった。鼻先でも弾いてやりたい。
「あず」
僕は当然のようにあずに近寄った。
「はぁ! わたる先輩!」
あずは僕に気づくや両手を広げて映画のようにキツく抱きしめてきた。か弱く華奢な彼女の体に触れて、自分が男の子であることを再確認できた。
「なんだよ、ほんとに男いたのかよ」
「しかも、こんな冴えない男なんて、とんだバカ女だったな」
男二人はそうダレる。
「あんた達みたいなクズになにがわかるのよ。わたる先輩は誰よりも男らしくてかっこいい人なんだから。犯罪者にだって負けるもんか」
僕の腕の中に入って安心したからか、あずはいつもの調子でナンパ男に言い返す。
「はいはい、知性のない女には興味がないのでね」
大学生二人は上から目線でものを言う。浅はかな発言であることは一目瞭然だが。
「ふふ、女の体のことはなに一つ知らないくせに、知性ってね」
あずは嘲笑って、ナンパ男を挑発する。その仕草には色気を感じた。
「はぁ? そ、そんなの知るわけねーだろ。そのガリ勉は知ってんのかよ」
あずは僕のことを一瞥し、何を思ったのか、僕の腕をあずの胸に押し付けた。
「な、何やってんだよ、この女。とんだ淫乱女だぜ」
ナンパ男はあずの行動にうろたえて気負けしたか、子鹿のような覚束ない足でどこか消えた。
「男のくせに、これくらい見ただけ平常心も保てないなんてホント情けない人たちだよ。ね、わたる先輩」
「あ、ああ」
正直、平常心というわけにはいかなかった。…………………………………………………………
だが、僕はナンパ男と違って節度を弁えているので、特段リアクションに出すことはなかった。
「自分でしておいてなんだけど、少し変なスイッチ入りそうです」
赤に染まった頬を手で隠して、あずは何かをぐんと押さえていた。
「あんまり安売りするもんじゃないでしょ」
「でも……」
あずの危うさには先輩として配慮してあげても良いだろう。相手を勘違いさせて一生モノのトラウマでも植え付けられでもしたら、報われない。
「ねえ、わたる先輩、何か思い出せましたか?」
あずはイタズラをする子供のようなしたり顔で僕に聞いた。
「何も思い出してないよ」
これで思い出すことがあっても困る。
「そっか……」
「あずも結構ビビりなところがあるんだね。剛田さんは吹き飛ばしたのに」
「そうですよ。顔見知りと違って、他人は何するかわかったもんじゃないですから。もし、拐われでもしたら、知らないおじさんに体縛られて、変な器具とか無理矢理使われて、それを撮影とかされて、…………………。怖いですよ」
ちょっと大袈裟なんじゃとは思ったけど、年頃の女の子ならこれくらい警戒しても損ではないのかもしれない。
「もう僕がいるから安心していいよ」
気を落とす彼女に気を遣っておく。本心からの言葉ではない。ただの他人行儀だ。
「ホントそうですよね。わたる先輩さえいればどこでも眠れます」
「ちゃんと、安全な場所で寝かせてあげるって」
ここからやっと、記憶復活のためのデートが始まった。
あずはリュックから、まるぶちでレンズの赤いサングラスを取り出して、帽子まで被った。韓国のアイドルっぽい。これが最近のオシャレなのかは僕にはわからない。
「まずはここー!」
「いや、ここはやめにしよう」
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