第4話「【ざまぁ】ないじめっ子」
僕を待つために校門でたたずんでいるあずを放っておくわけにもいかないので、彼女の相手をする。
「はぁ! やっときた! どこで油売ってたんですか? まさか女?」
はっと明るい表情をしたのかと思ったら、すぐに頬を膨らませ不満げな顔をする。
「そんなんじゃないよ」
「もぉー、目移りしないでくださいよ」
目移りって、そもそも僕には他に好きな人がいると言うのに。どちらかというと、君に目移りしそうと言うのが正しそうだけど。あずは顔はめちゃくちゃかわいいし。ただ僕は、いまのあずに心を許すほど、楽観的ではない。
「よし、一緒に帰りましょう。ちょっと寄りたいところあるんです」
そう言ってあずは僕の袖を引っ張ってズケズケと歩き始めた。
その進行方向には、ずうたいのデカイ男が立っていた。剛田だ。あずは剛田に目もくれず、真っ直ぐに突き進む。かすってでもしたら剛田は難癖をつけてくるというのに。近寄っていいことはない。
そしてついに剛田が振り向いてしまう。ヤキモキした。しかし結果は逆だった。
剛田はあずは見るや体をのけぞり、一歩を身を引いた。その所作は正真正銘、あずに臆しているようだった。なぜ腕力のある剛田が、華奢な美少女におののくのか違和感でしかない。
その異様な光景を見て、頭の中がぶくぶくと沸き立つような感覚に襲われた。そしてそこから、フィルムを巻き戻したように、記憶の一部が蘇った。
▼▼▼
記憶喪失以前の日。この日すでに僕はあずに恩を売っていたらしい。登校中、僕の腕にあずがしがみついていた。
「ねぇ、わたる先輩はクラスでどんな人なんですか? やっぱりモテモテなんですか?」
馴れ初めのあずにそう聞かれたが、全くモテモテではない。もしろイジメられてるなどと、醜態を晒したくもない。
「そんなんじゃないよ」
「え? ホントですか? 勘づいてないだけじゃないですか?」
「ホントだよ。僕は鈍感ではないから」
「へぇー、でもそれはそれでラッキーかもです」
「ラッキー?」
「はい。ラッキーです」
質問と答えが若干すれ違う。あずとの会話は話半分にしか聞いていなかったから、深堀はしなかった。
学校の正門をくぐって僕は憂鬱になる。なんでもこのときはまだ、いじめがある。
「じゃあ、教室違うし……」
「うん。ここでお別れですね。また放課後いいですか?」
目を見開いて、必死に懇願する彼女に情けをかけて「うん」と返事しておいた。
そしてこの日はやっぱり、僕の机が汚されていた。パンの袋や溢れた牛乳まで、僕の一日は掃除から始まるのだ。別に掃除をするのが大変なわけじゃない。四面楚歌からくる疎外感が臓器を蝕むのだ。
昼休み。僕は例のごとく本を呼んでいた。ほんとは平和の時間のはずだが、この日は違った。後方から何かが飛んできて、後頭部にどしんと当たった。それだけじゃなく、そこから冷たい液体がダラダラと流れ、頭部と手に持っていた本にまでかかった。
僕は頭をぽりぽりと掻いて、冷静であろうとする。
「剛田さーん。ゴミはゴミ箱ですよ」
「え、なんか間違えたか?」
「いや、ビンゴでしたね」
などと、ベラベラしゃべり合う剛田組がバカ笑いしていた。
ぎゅっと唇を噛み締める。
僕はまず、本の救済にかかった。僕にとって本なんていつでも買えるものではない。この本も亡き母から送られ五年も大事に扱っている、特別な本だ。タオルで見開き1ページずつ処置する。液体は水やお茶ではなく、ベトベトする甘いジュースで嫌気がさした。
「おいおい、なにを雑巾で拭いてんだ。そうか佐藤にとってゴミは捨てるものじゃなくて、お持ちに帰えられるものなんだなー」
たわごとを言いながら、剛田が僕の席まで近づく。
僕は萎縮する。ちらりと周囲を見渡すと、瞳に表情がない影山と目があってしまい、自制心が崩壊しそうだった。くやしい。
「毎日、同じ本を持ち歩いてキモいな。お前」
がしっと剛田が僕から本を取り上げた。それには僕も立ち上がる。
「返せ!」
「はぁ? 返せだ? 誰に向かって言ってるだ!」
そのとき、剛田が僕の本を真っ二つに破り捨てた。全てが崩れる感覚があった。正直、ぶん殴ってやりたい。だけど僕にはどうしようできない。力で勝てる相手じゃない。
「ゴミ掃除手伝ってやったんだ。感謝しろよ」
剛田はヒーローのようにそう言った。剛田組のゲラゲラとした笑い声はまだ鳴っている。女子でもニアニアとしてる人も。
噛み締めた僕の唇からは血が出ていた。
そしてなにがそんなに面白いのか、グジャグジャに破いた本を今度は踏みつけ始めた。よく飽きずにやっていられるものだ。
「悔しかったらやり返してみろよ! ドベ」
「くっ……」
――そのときだった。
けたたましい音と共にクラスの空気が転覆し、皆の瞳孔が拡張された。
振り返ると、そこには勇猛果敢にたたずむあずの姿があった。剛田は顔を押さえて放心状態だ。
まさかだったが、あずはその華奢な体で、巨体な剛田の顔面に一撃をを喰らわしたのだった。クラス中が身を引き締める。
「いったいなんのつもり? わたる先輩をバカにして!」
あずは剛田に怒鳴る。
「はぁ? 誰に手出してるんだよお前。ぶっ殺すぞ」
剛田はあずの胸ぐらを掴んで、今にも手を出しそうな形相をしている。誰もが危険だと感じた。
「謝りになさい」
「ゴミ掃除は当然だろ? 俺がみんなのためにこいつを……」
――平手打ち
あずはこの瞬間、二発目を喰らわした。その打撃音はクラス中に美しく響く。
「わたる先輩はあんたみたいな弱虫じゃない。あんたは群れて人をイジメるただの強がり。わたる先輩は人の痛みに寄り添い、孤高で社会の空気に逆らえる、本当に強い人だよ。だから私はわたる先輩に助けられたし、わたる先輩を頼る。あんたみたいな獣じゃない」
図体だけがデカイ剛田は、あずの精神に押されて腰を抜かした。いざ責められると女の子にも対抗できない心の弱い奴で、なんて哀れなんだと思った。
「謝って」
「……」
「謝れっ!」
「……ごめん」
その小さな体から出るとは思えない、気迫のこもった怒号に誰もがおののく。
クラス中は凍ったまんまで、誰一人として物音も立てなかった。
剛田は鼻水を垂らし顔を身震いさせ、子豚のように醜く逃げていった。ださい。
疫病神を狩猟したような爽快感があって、背伸びをしたくなった。
「他のみなさんも私の恩人に手出したら許さないからね。絶対許さないから」
あずは一学年上の僕のクラスに釘を打った。なんて果敢なのだろう。僕は目を奪われる。
「わたる先輩、平気ですか?」
あずは僕のベトベトの髪に躊躇なく触れて、心配してくれる。あずが僕のために身を張って案じてくれていることに心から理解できた。
「こっち来て、体洗いましょう」
僕は導かれるまま教室を後にする。なんだか今日は主役のようだ。みんなが僕から目を離せないらしかった。
僕らは多目的トイレに入った。僕は上着だけ脱いで、手洗いの用の蛇口から水を手に汲み髪を流した。その間、あずはタオルを取ってきてくれた。
「君のタオルで拭くと汚れるよ?」
「そんなわけないでしょ。使ってください」
そう言われてピンク色のふわふわとしたタオルを手に取った。髪を拭いてる最中、タオルから女の子らしい柔軟剤の匂いが鼻先を通り、やっぱりあずは女の子なんだなと肌で感じた。
「あず、大丈夫? よく剛田さん殴れたね。あそこまで僕のためにしなくていいのに。報復とかされたら……」
「一応、剛田さんとは顔見知りで女の子に手出すタイプじゃないことは知ってましたから。それにこれくらいじゃ全然、恩返しになりませんよ。もっともっとわたる先輩のために……」
あずに危害が及ばないとわかり、一安心した。
「あずはやっぱり学校の人気者だっただな」
「え?」
「だってクラスのみんな顔知ってる感じだったし、男も全く太刀打ちできないようだったりでさ。百戦錬磨って感じだったよ」
「そうなんですかね。一応、学年のミスに選ばれてしまったので、そのときに顔をみんなに覚えられたみたいです。お恥ずかしながら……」
「そうなんだ。それは大変だ」
僕が髪を吹き終え、制服を来たとき、あずは何か言いたげな表情をしていた。
「どうかした?」
「……」
「気分でも悪い?」
「気分が悪いと言いますか…… 良いと言いますか……」
おぼろげな言葉ではっきりと聞き取れない。
「なんだかトイレに男女でふたりっきりって、…ですね」
あずは、赤いリボンを解いて、ポニーテールをなだからに流した。髪を編んでないロングヘアーの彼女は、昼には見せない隙だらけの顔に見えた。
「ここでしてみよっか……」
僕の背中に抱きついて、低い声であずは言葉を漏らす。人気者で、それも影山よりも正直かわいい彼女に言い寄られて、理性が崩壊しそうだった。僕が孤独ということも相まってか、女の子に抱きつかれると、こんなにも心が温まるんだなと、ある意味で驚愕させられた。
「なに言ってるの。授業に戻るよ。あず」
僕は紳士に対応する。いっときの感情で女の子を弄ぶようなことはしない。それでは獣とおんなじだ。
「ええ?」
振り返ると、あずの顔は真っ赤に染まって、瞳をうるうるとさせていた。
去り際、あずは冷静になったのか「私、変なこと言ってないですよね?」とせがむ。
僕は「言ってないよ」よ答えておいた。
あずはああ見えて感情が止まらなくなってしまう慌てん坊タイプのようだ。
▲▲▲
記憶を取り戻して、なぜ剛田のいじめが止んだのか、腑に落ちた。そりぁみんなの前で、美少女に殴られれば、バカでもまともになるということだ。滑稽だったが。
ただ肝心なのはその前だ。あずと出会った日、その日に僕はあずを助けたのだろうけど、僕が何をしたのかあと一歩のところで思い出せない。
もうひとつ、小さな疑問ではあるが、記憶の中のあずは少し顔が違うというか、化粧が濃いめに思えた。
今晩、あずから電話があった。明日の休日、デートしようとのこと。面倒だと思った。だが僕はもちろん承諾した。記憶を取り戻すためなら仕方なし。いつまでも寝ぼけていてはならん。それから少し与太話をして、日を越した。
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