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第3話「鬼没」

下校の時、神出鬼没な彼女は僕の目の前に現れた。

「やぁー! どうでした? 三ヶ月のぶりの学校は?」


「悪くはなかったよ」


「そう。それならよかったです」

 あずは遠くを見てすました顔をする。


 橋本との関係を聞こうかとも思ったが、あまり干渉的にもなりたくないので、やめておいた。


「一緒に帰ろっか」

 目線を外して、あずの頬が赤くなっていた。


 きれいな人であろうが知らない女性と一緒に帰ることに乗り気にはなれないが、断る理由も明確にはないので一緒に帰ることにした。



 翌日。僕は以前よりは軽い足取りで学校に向かうことができた。いじめがなくなったのだから当然だ。それに勉強にも集中できるうえ、ストレスで腹を壊すこともなくなった。僕はそのことを幸福に思う。


 昼休み、みんなが弁当を広げる中、僕は本を開いていた。これも僕の習慣なのだが、食事は一日に二食、朝と夜にしか食べない。なので僕がいま本を読むのは自然なことだ。もちろんお金があれば一日三食たべているだろうが、一食我慢しても僕は細身なので苦痛とまではいかない。


 そんなとき、僕の本を後ろから覗いている影を感じた。


「わたる先輩」


 耳元でそう囁かれて、首にゾワっと鳥肌がたった。振り返るとそこにはあずがいた。なんで僕の教室にいるんだろうか。


「どうした?」

 困惑を隠しながらも僕はあずを気にかける。


「ここ座っていいですか?」

 あずは隣の空席に腰をかけた。三年生のクラスに二年生がいる違和感もあってか、相当クラスの注目を浴びていた。周りの視線を顧みないあずは、人の視線に慣れているのか結構図太く見えた。容姿端麗ゆえの自信かもしれない。


 加えて言うと、あずが来てからクラスの男子たちが、どこかよそよそしくなった。


「弁当作ってきましたよ。たべてください。愛妻弁当ですよ」


 あずはなんの予告もなく好奇心を爆発させるように弁当箱を差し出す。それと愛妻弁当という表現は違うのではとツッコミたくなる。


 彼女の積極的な行動に僕は身を一歩引いた。


「いや、僕は昼はなくても大丈夫だから」


「でももっと体力つけたほうがいいですよね?」

 あずは知った口で発言する。そしてやけに僕の心にその言葉が刺さり、思わず「うん」と口が滑りそうになる。


「別に僕はなにもしてないよ。だから恩返しなんていらない」


「そんなことないよっ!」

 突然、あずは立ち上がって大きな声を出した。そしてせきが切れたように思いをこぼし始める。

「わたる先輩は覚えてないかもしれないけど、私はわたる先輩がいなかったら、いまこうして話すことも笑うことも生きることもできなかったんです。全部全部わたる先輩のおかげでわたる先輩だけが……」

 

「わかった、わかったから」

 息を詰まらせながら想像以上に拍車がかかるあずを、とりあえずなだめる。後輩にクラスで騒がれてヒヤヒヤとした。あんまり先輩に目をつけられるのもよくないし。


「受け取ってくださいますか?」


「もちろんだよ。ありがとう」

 全く理解が追いついていないが、こう言うこうとが正解であることがわかった。


 弁当を開くとグリンピースが生い茂るチキンライスであった。主役がグリンピースかと勘違いさせられるほど、たくさん入っていたが、貰い物なので、ツッコミも入れずにありがたく頂戴しようと思う。別にグリンピースが嫌いというわけでもないので。


「はい、あーん」

「何してるの?」


 さじを構えるあずを警戒する。


「あーんしてあげるから、食べたください」


「それはいいって、病人でもないし」

 周りだって見てるし。僕はお子様でもないし。


「え? どうして?」

 

 また感傷的な顔をして実質僕を困らせようとする。この状況を打破するため、今日一番に頭を使った。


「わかった。喉乾いたから、水買ってきてくれない?」

 水をお金で買う、という行為は貧乏人の僕にとってやってならない禁じ手であるが、致し方ない。


「喉渇きました? 私、買ってきますね」

「あ、お金……」


「あぁ、私が出します」

「いや……」


 早々とあずは走り出していってしまった。強引なところはあれど、僕の意見を素直に聞くし、悪気がないことだけは伝わった。


 あずがいないこの状況はむしろ、クラス内で僕を浮かした。そんなことより、また同じ展開にならないように弁当に食らいついた。普段、薄味しか食べられない僕にとって、一般家庭の料理は、味が肌にまで伝わり、活力を与えさせてくれた。おいしい。


「かってきましたよ! 命の恩人さん」

「ありがとう」


 手を伸ばして受け取ろうとする。だが、あずはキャップを開けて僕の口元までペットボトルを突き出す。


「だから病人じゃないって」

「でも、まだ頭治ってないですよね」


「それはそうだけど、水くらいは自分で飲める」

 あずは渋々といった感じで、僕に水を手渡してくれた。そして僕は水を喉に流す。冷たくてすっきりとした。


 すると、あずは僕の席の下にしゃがみ込み、僕の足の間に侵入し、いきなり僕の関節をまさぐり始めた。


 思わず、水を吐き出した。


「なにしてんの?」


「マッサージ」

 当たり前でしょといった顔をされても僕が困る。


「いいよ。やらなくて」


「でも……」


「いいってば!」

 強めな口調になってしまった。


 あずは落ち込んだ様子で、僕が吹き出した水だけテッシュで拭いて教室を出ていった。悲しそうな彼女の顔を見ると、僕が悪いことしたっけと勘違いさせられた。顔がかわいいからといってなんでも許していいものじゃない。



 授業が始まってからも冷や汗がおさまらず、しばらくは何も頭に入らなかった。これを恩返しと言っていいのか。



 学校も終了し、帰りの支度をしていたとき、接点のない女子生徒に声をかけられた。


「ねぇ」


 予想外の彼女の問いかけに、僕は数秒間、自分に向けらけた言葉だと気づかない。


「佐藤くんってさ、その……」

「あ、なに?」


 僕の身が引き締まる。僕に声をかけたのは、想い人であった影山だった。


「佐藤くんって結構女の子にモテるんだね。知らなかったよ……」


 影山は僕から目を逸らし、うつむき加減に唇を噛んだ。


「僕はべつに」

 正直、僕は全くモテないし、モテたこともない。影山はいったいなにを勘違いしてしまったのだろうか。


「そりゃあ、佐藤くん勇敢だし頭も良いもんね、当たり前か……」


彼女は何かを悔いるように、拳を握っていた。そして僕は勇敢でもないと思う。


「あたしもあの子にならってわたる君って呼んでいい?」

「え? あぁ、別にダメじゃないけど」


「ホントに? よかった。あたしあの子に負けたくないんだ」

 今度は真っ直ぐ僕の目を見つめて、その赤い唇の端をクイっとあげ、不敵な笑みを浮かべた。


 一体なにを競っているのかわからないが、やっぱりかわいい彼女の笑顔を見ると警戒も薄れる。


「あたしもさ…… 実はわたる君のことが気になってたりするんだ、なんてね」


 影山の頬ってこんなに赤らむことがあるんだな。記憶喪失前の僕のことをさげすむ表情は面影もなく消えていた。今度は僕の方が目を逸らしてしまった。


 影山は、「また声かけるね」と言い、潤んだボブヘアーの果実のような香りを巻き残して去った。初めて彼女のことを肌で感じられた気がして、優越感が沸く。


 僕は影山にもなにかしてしまったのだろうか。なにも思い出せないが。たとえそうだとして、影山に迷惑はかけていなさそうだし、それなら問題ないだろう。


 影山もどうやら変わっているようだし、やはり僕は何かしら人から褒められることをしたのかも知れない、と考えを改め始める。




 影山と話したおかげで、あずのことをどうやら待たせてしまったようだ。まあ、まだ僕にとってあずは得体の知れない人物なので、ある程度の距離は保ちたい。




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