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第1話「謎の美少女から愛されている」

「わたる先輩、よかった! やっと意識が戻ったんですね。はぁ、身がちぎれるほど心配してましたよ」


目が覚めると、そこは真っ白に覆われた病室であった。


誰かが僕の体に抱きついている。女の子だ。顔は僕の肩にのせてあり、見えない。ただ白いシャツと紺色のスカートが目に入り、僕と同じ高校の生徒であることはわかった。ボディークリームの甘い匂いがする。


「これでやっとせいなる恩返し、できますね」


彼女は僕の両肩に手を置き、卑猥な距離で目を合わせた。かわいらしい顔だ。ぱっちりした瞳に、幅の広い二重。自然と僕の背筋が伸びた。


しかし、わからない。この女の子が誰なのかさっぱりと記憶にない。恩返しってなんのことだ。なにか人違いではないのか。


「愛してる…… 私の命はわたる先輩に捧げます」

 そうささやき、僕の頬に彼女は唇をおいた。


 僕は頭が真っ白になった。こんなにかわいい子に好かれたことはないし、ましてはキスなど考えもしない。だからといって、無下に発情する状況でもない。まったく知らない人が僕に好意を抱いていることは、あからさまに不自然で、不思議と人を騙しているような罪悪感も湧いた。


そのとき、病室の扉が開き看護師がハッとした様子で入ってきた。僕は看護師に導かれるまま、診察室まで通された。


看護師の微かに弾んだ声は、僕の心を和らげた。


 診察を終えて、医師に言い渡された診断は「記憶障害」であった。僕が覚えていたのは、祖母と二人暮らしであることと、いまは高校生で「佐藤亘」という名前。記憶を失った部分は、高校に入ってからの大まかな出来事だ。


 どうやら僕は何らかの事件に巻き込まれて、脳を負傷し記憶障害に陥ったらしい。


「クラスの友人は覚えていますか?」

「いいえ、覚えてないです」


「背中のアザはどうやってついたか覚えていますか?」


 医師にそう言われて背中を確認すると、たしかに鉄にぶつかったような青黒いアザがあった。そのアザを見て、頭痛とともに記憶が湧き上がってくるのを感じた。


 不覚にも忘れていたい、苦い過去から思い出してしまった。


▼▼▼



 学校の僕の席にはゴミが置かれている。珍しいことではない。僕は、リュックや文房具がほころび清潔感がないことで、不潔なやつとみなされてしまう。本当は汚れているのではなく、経年劣化が激しくただ古いだけだ。それがゆえに、お前はゴミが好きなんだろと、クラスの連中に僕の机にゴミを置かれるようになった。ゴミが好きなはずはないが……


「おい!」


 後ろの席の剛田がしたり顔で、僕の椅子とついでに背中にまで当たるように足を出してくる。心がやつれる。こうやって度重なるうちにアザになったのだ。


 人間とは思えない。なんて無神経なやつなんだ。


「おらおら、汚したの掃除しとけよ」


 僕の席が汚いと言っているのだろうか。いや、そうではなく、剛田が僕の席の方向に落としたスナック菓子のことを言っているようだ。それを僕に押し付ける形で掃除しろと、命じたいのだ。


 たしかに僕は週に一回しか石鹸を使わない。普段は水洗いだ。それは僕が祖母と二人暮らしで、だいぶ貧困だからだ。正直これでも病気にかかることはないし、実際肌にも優しいものだが、毎日石鹸で体を洗う現代人にとって僕のことが汚く思えるのだろう。浅はかな人たちだ。


「そこの雑巾も捨てておけよ」


 雑巾と言われてなんのことかと頭を捻らせたが、どうやら僕のリュックのことらしい。僕が生まれる前から祖母が使っているので、ボロボロだ。


 剛田の僕に対する揶揄を聞いてケラケラと笑う周囲の人たち。そのなかに、僕の想い人である影山も僕をあざ笑う一人であった。影山は小柄で笑った時の膨らんだ頬が愛らしい子だった。だが、僕のことはミジンコ程度のようにしか思ってないらしい。みじめでやるせない。


 剛田の僕への仕打ちはクラス中が知るところではあるが、例のごとくそれについて手を差し伸べる人はもちろんいない。


 これをイジメというのだろうか。僕は砂を噛む気持ちで耐えしのんでいた。ちなみに、ゴミや菓子のクズは言われた通り僕が片付けた。


 剛田は留年していて年が一つ上だ。それゆえか、学校で偉そうにし、お山の大将を気取っている。


 こんな色のない高校生活を当たり前だと思って過ごしていた。


▲▲▲


 僕は顔を伏せて医師に、アザのことは覚えていないと答えた。


「記憶障害は一時的な後遺症だと思いますので、このまま経過を見ましょう」


「わかりました」


「おそらく、日常生活に触れるうちに回復していきます。焦らずにゆっくり治療しましょう」


 とりあえず、今日は入院して、明日退院することとなった。


 僕は自分の病室まで戻る。さっきの謎の美少女はもういなかった。幻想でも見てたんじゃないかと今に思う。


 今の僕の心には不安があった。それは記憶障害が治らない不安ではなく、さっきのように嫌な記憶を思い出してしまう、不安であった。


 どうせなら記憶なんか戻らなくていいのに。


 ぼやっとしていると病室の扉が優しく開いた。そこにはさっきの女子高生と一回り歳をとった女性がいた。そのそっくりな眉尻を見て女子高生の母であろうと推測できる。


女性はなぜか一礼し、女子高生の方は僕の方へと歩み寄る。


「ごめんなさい。急に変なこと言ってしまって。びっくりしましたよね。わたる先輩の症状は聞きました。私のこと覚えてないんですよね……」


 僕はコクリと頷いた。


「いま、私との過去をお話しすると困惑しますよね。だからわたる先輩の記憶が戻るまで待たせていただきます」


「君とのこと?」


 彼女は僕の頬に顔をよせ

「約束の恩返しは記憶がすべて戻ったときに受け取ってくださいね」

 と耳打つ。


 僕にとっては突飛な発言なので、彼女の言葉の意図が掴めない。


「あず、急かしたらダメって言われたでしょ」

 女性が女子高生をいましめる。


「ママに言われなくてもわかってるよ」


 やはり母親らしい。


「佐藤くん、この度は娘のために体を張って助けてくれて、ありがとうございます。あなたは私たちの人生の恩人です。感謝しても仕切れません」


 女子高生の母がそう言って深く頭を下げた。


 なにもしてないのにそこまで頭を下げられると、やきもきする。それとも本当に僕がそこまでのことをしたのだろうか。僕はそんな勇敢な人間ではないと思うのだが。


「ほら、ママだって困惑すること言わないよ」


 僕の右手を女子高生が両手で握った。キラキラとした目をこれでもかと僕に向けた。謎の美少女から愛されるという手違いのご褒美が、僕の心に芽生えさせたのは、興奮ではなく後ろめたさだった。


「じゃまた、明日の学校で会いましょう。もう一度思い出、作り直しましょうね」


こんなかわいい子に、愛されるほど感謝されるのは国でも救った英雄くらいだと思っていた。


 彼女は真っ赤なリボンで結ばれたポニーテールを揺らしながら、病室を後にする。




 僕はなぜか謎の美少女女子高生から愛されていた。そしてこの物語は、僕の記憶を取り戻して「せいなる恩返し」とやらを受け取るまでの話らしい。




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