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歴代天皇即位の軌跡  作者: じゅう
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神武天皇

 東へ行こう。

 彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)は兄である五瀬命(いつせのみこと)と相談し、そして家族と家来たちの前でそう発表した。日向(現在の宮崎県)の高千穂宮で、末っ子王子がそう思い立ったのは何故なのか。

 彦火火出見尊は後に初代天皇・神武天皇と呼ばれる人だ。若い頃の名前は狭野命(さののみこと)だが父王の鸕鶿草葺不合尊(うがやふきあえずのみこと)から正式に後継ぎとして指名されており(末子相続)、祖父の名を襲名している、

 だが当時は天皇でもなく大王おおきみでもない、日本各地にいる一豪族に過ぎなかった。

 豪族が自分たちの領地を拡大したいと考えるのは自然なことだ。だが故郷の地を離れて見たこともない土地に本拠地を求めるのにはそれなりの理由があるはず。もしかしたらその頃の日向は住み心地の悪い土地になっていたのかもしれない。そこでかつて旅の塩売りのおじいさん(塩土老翁)から聞いていた話――東の大国、出雲の国(現在の島根県東部)よりももっと東に素晴らしい土地があるという話――に思いを馳せたのかもしれない。

 ともあれ一族総出の大移動が始まった。彦火火出見尊、五瀬命、息子の手研耳命(たぎしみみのみこと)、そして家臣たち。彦火火出見尊には、五瀬命以外にも稲飯命(いなひのみこと)三毛入野命(みけいりののみこと)というの間二人の兄がいたが、彼らは古事記や日本書紀によると入水したとも海を渡って外国へ行ったともとれるような記述がなされている。ある書物には稲飯命は新羅(現在の朝鮮半島南東部)の初代王の祖となったと記されている。

 この大移動は強行軍ではなく、じっくり年単位で時間を掛けて軍備や物資を整えながら行われた。出雲の国を刺激しないよう進軍は中国地方の南部、瀬戸内海を船で渡りながら行われている。

 充分な準備をしていたことと、自分たちは日神の子孫(の国の民)であるという自負で進軍はスムーズに進むかに思われたが、そこで手痛い反撃を食らう。長髄彦(ながすねびこ)という豪族の襲撃を受け、五瀬命はこの時の怪我が元で亡くなってしまった。長髄彦は饒速日命(にぎはやひのみこと)と呼ばれる、UFO(天磐船)に乗ってきた神に仕えていた。彼らもまた神という心の拠り所があったのだ。いつの時代でも宗教は重要な意味を持つ。書物によっては饒速日命を天照大御神(あまてらすおおみかみ)の子あるいは孫としているが、これは後付け設定だろう。そうでなければ彦火火出見尊と長髄彦は同族で戦う理由がなくなってしまう。

 彦火火出見尊は撤退し態勢を整えたのち、他の地域の首長たちを討ちながら最後に長髄彦にリベンジしようと思っていたらいつの間にか長髄彦が死んでいたので戦いは終わり、彼は腰を落ち着けることにした。以前に討ち倒した磯城(しき)の邑の首長の弟にあたる黒速(くろはや)という男に、うちの近くにいい土地あるよと勧められたのが磐余(いわれ)と呼ばれる地域で、彦火火出見尊はここを本拠地とすることに決めた。そして彼が王になる前にもう一つやっておくべきことがあった。特別な身分の女性との結婚だ。単純に武力で制圧しただけでは地域の王として民を治めることはできない。精神面での支配も必要だった。そこで見つけてきたのが神と人間との間に生まれたとされる女の子、媛蹈鞴五十鈴媛(ひめたたらいすずひめ)だ。その出生エピソードからして、彼女の母は神を祀る巫女のような存在で、本来出産するはずのない女性だったのだろう。地元でも彼女は腫れ物に触るような扱いだっただろうから、ちょうどよかったのかもしれない。かくして彦火火出見尊は新天地の初代王として君臨することになった。名前も土地名を頂いて神倭磐余彦尊(かむやまといわれびこのみこと)と改めた。

 まだ「天皇」でもなく「大王」でもない。倭の磐余の王というだけだが、全てはここから始まった。

挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[一言] かの津田左右吉は、『記紀』の神武天皇の日向つまり南九州からの東遷について、潤・脚色以上にその東遷自体の事実を、確かに否定している(一方で神武天皇以降の歴代の実在は肯定)。その内容は、戦後の著…
[良い点] とりあえず参考までに……神武天皇実在論者諸氏は『記紀』の伝承の「古さ」を立論証していることが理由です。それは当該伝承が、いわゆる後世の造作ではないことを立論証していることでもあります。 つ…
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