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お叱りとわたくしの夢

 

 わたくしは今どういう状況なのかしら

 アルバート様との出会いのお話をしていたら何故だかアルバート様のお顔がわたくしの真横に‥‥耳元でアルバート様の息遣いが聞こえる。


「あ、アルバート様」

「失礼‥‥なんとなくライラ嬢の香りが懐かしく感じて‥‥きっと初めてではなかったからなのですね」

「香り、ですか?すみませんわたくし香水の類はあまりつけないのですが‥‥」

「微かに花の香りがするのです」

「お花の‥‥?あ、きっと寝る時に枕に入れているポプリかもしれません。小さい頃からそのポプリをつかっているのです。寝る時にいい香りがするとよく眠れるので」

「ああ、なるほど‥‥だからかもしれませんね」


 すん、と髪の匂いを嗅がれるのはちょっと恥ずかしい。


「あの、宜しければポプリおわけしましょうか、お嫌いでなければ」

「え?ええ、ぜひ‥‥あいや、引っ越してから分けて頂けますか、妹達に取られそうだ」

「まあ、ふふふ。かしこまりました」


 名残惜しそうに席へつくアルバート様は困ったように笑いそういえば、と続けた。


「そういえば、どうして妹達にカーテシーのお話を?」

「ああ、アレは以前に前ラッセル子爵夫人のグレイス様にご相談されたので」

「‥‥母上に?」

「はい、実はグレイス様とは何度かお茶会をご一緒させて頂いたことがございまして‥‥」


 アルバート様のお母様であるグレイス様とは、あの事件から少し親交がある。

 主にお母様が呼ぶお茶会で度々お顔を合わせている程度なのだけど‥‥その時に末の妹達がやんちゃなのだと悩んでいたようなのだ。

 来年には貴族院に行く娘達にせめてカーテシーくらいはきちんとできて欲しい、と言っていたのを覚えていた。

 まああとはいつか仲良くなりたいな、の思いを込めてプルメリアに頼んでいたのだが‥‥上手くいったようでよかった。


「ありがとうございました。末の妹達はまだ礼も上手くできなくて‥‥周りに位の高い令嬢が余りいないのもあるのですが本人達にやる気がないのが大きくて。今回の件でライラ嬢に助けて頂いたことで婚姻が決まりライラ様ライラ様と毎日言っています」

「まあ可愛いですね」

「もう少し慎みが欲しいですが‥‥」

「あらあらよいではありませんか。貴族院に行ったら嫌でも身につきますわ、女の子の成長は一瞬ですもの。貴族院へ言ってしまう前にお茶会にお招きできれば宜しいですね」

「あの熱意は凄いものがありましたからきっとすぐですよアレは」

「あらあらでしたらお招きの時のお菓子は特別なものに致しませんと」


 お菓子ですか、と首を傾げるアルバート様に更なる淑女への道計画を教える。


「カーテシーを完璧になされたら次はダンスを1曲覚えて頂こうと思っています。学年の最後にダンスを踊るでしょう?」


 冬の大きな休み前に学年毎に行うダンスパーティーがあるのだ。貴族院にもダンスの授業はあるがあと1年あるし今から少しずつ知っておけば予習になるだろう。


「ああ、それをお菓子で釣るのか」

「ふふ。うちでしか食べられないお菓子ですよ」

「ここでだけですか?それは気になりますね」

「お勉強を頑張ったご褒美にするつもりですからアルバート様も何かを頑張ったらご褒美にして差し上げますわ」


 それまでは秘密、と子供にするように指を口元にやり、しーのポーズをしてしまいハッとなる。恥ずかしい‥‥小さい子のお話をしていたからちょっと意識がズレてしまった。


「‥‥ありがとうございます。うちは教師をつけるほどお金がなくて」

「家族が多いのですもの当然ですわ。ですが皆様成績良いですわよね」


 今も貴族院に16歳と13歳のご姉弟がいらっしゃるはずだ。


「ええ、貧乏だから勉強ができないなんて言われるのは悔しいですから」

「ふふラッセル子爵家は勤勉で努力家だと言われる所以(ゆえん)ですね。言うのは簡単ですが努力し続けることはとても難しいことですからやっぱり凄いと思います」

「ありがとうございます」


 はにかむアルバート様はなんてお可愛らしいのかしら‥‥つい夢中になって見つめていると、ふい、と顔をそむけられた。しまった見つめすぎて気を悪くしてしまったかしら


「すまない、その、あまり見つめられると恥ずかしい」

「不躾でした、ごめんなさい」

「いや、いいんだが‥‥そんなに熱く見つめられることがないから」


 いや、アルバート様を見つめる目は割と昔から多いように思う。ただそれに気づかないのだ。だからこそ近づくご令嬢も軽くあしらわれ、気づかれずここまでアルバート様に恋人もいなかったのだ。最近までは。


 ああ、いけないわ調子に乗ってしまった‥‥自分はお金でアルバート様の妻の座を買ってしまったのだ。アルバート様の心はわたくしに向かない。肝に銘じなければ。


「‥‥っくしゅ」

「大丈夫ですか、ちょっと冷えますか?」


 答える前にアルバート様が慌てて遠くにいるプルメリアを呼ぶ。プルメリアは分かっていたのか手には厚めのストールを持っていた。


「ありがとうございます、アルバート様、プルメリア」

「いいえ。紅茶を淹れ直します」

「わたくしが淹れ直しますわ、お湯の準備だけして頂戴」

「かしこまりました」


 プルメリアはひとつ礼をすると屋敷の中に戻っていった。


「アルバート様は寒くないですか?」

「ええ、大丈夫ですよ。中へ入らなくて大丈夫ですか?」

「大丈夫ですわ、その‥‥玄関の方はあの時間日が当たらないものですから‥‥」


 実はソワソワしてしばらく玄関の前にいた為、春といえど日陰はちょっと寒かったようで底冷えしたようだ。


「いつからあそこに?」

「ほんの少しですわ」


 ほほ、と笑って誤魔化すとアルバート様の顔がムスッとした顔になった。あら?


「嘘ですね?貴方さっきもプルメリアに誤魔化したでしょう」

「えっ」

「君、ライラ嬢を室内へ身体が冷えきっているから続きは中でしたいんだが」

「かしこまりました」

「アルバート様‥‥」

「いいね?ライラ、一応俺と貴方は婚約者の位置になるはずです。婚約者のお願いを聞いてください」

「は、はい」


 アルバート様は持ち前のお兄様力をフルに生かしテキパキと控えていたメイドに指示を出してわたくしをころころと丸め込んだ。

 正直この短時間でここまで顔色を読まれるとは思わなかった。確かに寒さは限界だった。つま先が冷たいのだ。

 部屋に入りほっと息をつく。思っていたより寒かったみたい。


「今日はお暇しようか?」

「嫌‥‥あ、いえ‥‥もう少しいけませんか、その、あまりお話する機会がこの先もある訳ではありませんので‥‥」


 だめかな、我儘がすぎるかしら、と向かいにいるアルバート様の顔を覗くと優しく微笑まれた。よかった、嫌がってはいないみたい


「ありがとうございます、じゃあもう少し」


 プルメリアが部屋に戻ってくると珍しく目を軽く見開きお湯をテーブルに置いてくれた。


「お待たせ致しました。めずらしいですね、ライラお嬢様が意見を曲げましたか」

「‥‥アルバート様のお兄様力に諭されただけです」

「お兄様力‥‥?なるほど。ライラお嬢様はなかなか頑固な所がございまして‥‥これからはアルバート様に頼みましょう」

「アルバート様にご迷惑をかけてはいけません」

「お嬢様が私共の言う事を聞いてくだされば」

「‥‥‥‥善処します」


 つい顔をしかめると会話を聞いていたアルバート様が堪えきれなかったのか肩を震わせて笑っていた。


「アルバート様?」

「いや、君たちは面白いなと思って‥‥ふはは」

「‥‥先の貴族院での事件のあと、わたくしに侍女がつきまして‥‥その時に一緒に居てくれたのが、うちの屋敷に来てくれたばかりの彼女でしたの」


 少し恥ずかしくなり紅茶の用意をしながらプルメリアのことを話すことにした。手元を見ながらならこの赤い顔も隠せるだろう。


 カップとポットにお湯を注ぎ温めてからティースプーンに人数分茶葉を入れる。この茶葉は大きい葉なので大盛りで。


「当時はやっかみがあったりしたでしょうに、彼女は文句のひとつなく、わたくしに仕え卒業後もこの地に着いてきてくださいました」

「当時あまりよろしくない待遇だったわたくしを助けてくださったウォーカー侯爵家の皆様には感謝しておりますし、ウォーカー侯爵家の宝であるお嬢様のお世話は大変楽しいですから」

「微笑ましいな」

「はい、私は幸運でした。とても」


 普段プルメリアは顔色も声色もあまり変化が見られないがまるで子供が自分の宝物を自慢するような声で話すから照れてしまう。


 照れ隠しをするように沸騰したお茶を勢いよくポットに注ぎ、少し蒸らす。ついいつもの癖で鼻歌を歌っていると、アルバート様がそんな私を観察していた。


「ライラ嬢は自分でお茶をいれるんだな」

「夜中まで執務室にいることもあるので‥‥よく考えてみれば淑女の嗜みとしてはお恥ずかしいことでしたね」

「‥‥いいんじゃないか?誰が見ているわけでもなし」


 肯定して貰えるとは思っていなかったのでびっくりしたが、見守ってくれている暖かい視線が心地いいので開き直ることにした。


「君は大切に愛されて育ったんだな」

「はい、好きなように伸び伸びさせていただいております。昔も今も」


 胸を張って茶こしでこしながらカップに紅茶を回し注ぎアルバート様の前に出すと、カップを手に取り香りを楽しんでくれた。


「‥‥やっぱりいい香りだ」

「実はこれそんなに高くない茶葉なんですよ」


 値段をいうと目を丸くされた。アルバート様の家で使っているものと大差ないらしい。


「うちで出る紅茶はいつも渋いんだ。俺はどうもあの渋さが苦手で」

「時間と温度にコツがあるんです。教えてくれたのはプルメリアですけど」


 ね、とプルメリアをみると後片付けをしてくれていた手を止め、満足そうに頷いていた。

 どうやら合格ラインだったようだ。

 自分でいれるとは言ったが、実は合格ラインにいくのはまだ7割だったりする。


「母屋に来る際はお入れ致します」


 一礼すると部屋を出ていった。


「朝食の楽しみが出来ましたね」


 アルバート様が何気なく言う言葉に勢いよく振り返る。食べてくれるのか、一応来なくてもいいよ、と伝えたのだが


「朝食くらいご一緒します。それにずっと聞きたかったのですが、なぜ仕事の時だけなのですか?」


 ちょっと言いにくくて紅茶を一口飲んでから目を逸らし答える。


「その、休みの前の日などはゆっくりされるでしょうし‥‥朝も早く起きることもないでしょう?」

「俺は休みの日も朝は鍛錬しますから同じ時間には起床致しますが」

「それは今までおひとりだったからですわ、これからは2人でお休みになられるでしょう?‥‥その、営むこともございますでしょうし‥‥」


 つい声が小さくなる。うう、アルバート様そろそろ気づいてくれてもいいのではないかしら‥‥


「‥‥そ、それは、ライラ嬢もそうだったという経験談でしょうか」

「なっ?!わ、わたくしにそんな経験なんてございません!あ、アルバート様一筋だって言ってるじゃないですか!」


 そもそも婚姻前にそんなことするのは、はしたないことです!


「すみません、気が動転しました」

「わ、わたくしも不躾でしたわ‥‥」

「仕事の時だけというのはよく分かりました、ですがことに及ぶ気はございません。そんな気を起こそうとしたこともございませんし、子供が出来ては困ります」


 そう言われてラッセル子爵の宣言を思い出す。だが、子供が出来たとして隠そうと思えば隠せないことはないのだ。それなりに裏道はある。


「子供が出来たとしてもわたくしは他の人にに話す気はございません。抜け道はありますし今はそんな気がなくとも気が変わることもあります」


 夜に共にあればまた違う雰囲気を味わうこともあると思う。ここら辺はお父様の受け売りだけど。


「えっと、それは経験‥‥」

「お父様のせいで耳年増なだけです!わたくしは清いままですから!」


 どうしてこんな明るい時にこんな宣言しているのですか!恥ずかしくて倒れそうです!


「‥‥アルバート様のばか!」

「はは、すみません、つい」

「次言ったら渋い紅茶をいれさせますからね!」


 頬が熱くてかっかしてる合間にプルメリアが戻ってきた。手には小さなバスケットを手にして。


「随分楽しそうですね」

「た、楽しくないです!」

「大変楽しいです」

「よかったですね、ライラお嬢様。この三日寝る間を惜しんで仕事した甲斐があったのでは?」

「寝る間を惜しんだ?」


 ポロリと爆弾を落とすプルメリアに言葉をなくしているとアルバート様がめざとく聞き直した。ちょっと聞き流してくれないかな、と思ったのに。


「ただいまお嬢様はこの土地を治めているのですが、度重なる不在に仕事が溜まり婚姻のご用意に仕事を前倒しする羽目になりその上お茶会をしたいとこの日の為に無茶なスケジュール調整となっておりました」


 全部喋るわこの侍女!


「そんなことアルバート様に仰る必要はございません!黙りなさいプルメリア!」

「僭越ながらお嬢様。わたくしは再三お休み下さいと申しましたが、聞き入れてくださらなかったのはお嬢様です。アルバート様のお言葉なら耳に入るでしょう、この際ですからご注意頂いては?」


 私は怒っていませんよ、という顔だったがやっぱり怒っていたのね‥‥プルメリアめ


 恥ずかしいところを見せてしまったことに申し訳ありません、と頭を下げるとにっこり笑ったアルバート様が手招きして隣に座るようにソファを叩く。


「え?あの」

「いいから、こちらへライラ」


 どうしてかしら、とても優しい言い方なのに背筋が寒いのは


 手を引かれ座らせられると顔を覗かれ首を傾げられた。


「ライラ、どうしてプルメリアが俺のいる所でこうして進言したか、わかるかな」

「い、いいえ」

「プルメリア、その仕事は彼女がそんなに遅くまで連日しなければいけないほど、溜まっているのかい?」

「いいえ。それにお嬢様の仕事の補佐はわたくし達の中に出来るものもいます。しかし最低限にしか頼まないのです」

「それは‥‥」

「それは?」

「それはわたくしの予定で押してしまった仕事ですから‥‥残業させてまでさせる訳には」

「ライラ」

「はい‥‥」

「彼らは頼って欲しいんじゃないか?仕事でふらふらになっている主を見て胸を痛めないほどここの人間は冷たいのか?」

「そんなことはありません、彼らはわたくしが仕事を覚えるまでずっと代わりに統治してくれていたのです。頼りにしています、でもだからこそ休んで欲しいのです。この屋敷にはやっと家族で過ごせるようになったものも多いから」


 この3年、執務に関してはほぼ働き詰めで大した休みもあげられなかったのが現状だ。

 やっとゆとりもでてきたというのにまたしばらく忙しい日々を送らせるのはあんまりではないか


「彼らは分かっているよ、君が頑張っていることを。そして頑張っている主を従者達は見捨てない」


 ね、とプルメリアを見るアルバート様を満足そうに見て頷いたプルメリアは頭を垂れた。


「先程の御無礼お許しください、ライラお嬢様、アルバート様」

「許します。貴方は正しい」

「‥‥許します、ごめんなさいプルメリア」

「どうかお休み下さい。わたくし達におまかせください。今は来るべき婚姻に備えて頂きたいのです」

「‥‥はい」

「‥‥というか、全ては俺のせいなんだけど‥‥すまない、俺はこの家の皆に何が出来るだろう」


 なにもいらないと言いたかったのに、ならば、とプルメリアの声に阻まれる。

 顔を上げたプルメリアはハッキリと言った。


「ライラお嬢様のたくさんある夢を叶えて差し上げてください」

「ライラ嬢には夢がたくさんあるのか?」

「‥‥あります、我儘な夢がたくさん」

「俺にそれを叶える手伝いはできるだろうか」


 恥ずかしい。プルメリアはわたくしの隠したいことばかり全て喋ってしまう。


「‥‥今日も叶えて頂きましたよ」

「え?」




「お花のお茶会が出来ました。わたくしの夢のひとつです」




 わたくしの夢はみんな貴方とやりことばかりなのだから。

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