(アルバート視点)花のお茶会
次の日屋敷に馬車が来た。
家の紋章が入っている訳ではないが質のいい馬車だ。ウォーカー侯爵令嬢の寄越した馬車だとわかったのだろう末の妹たちは窓から見つけ大興奮で教えに来た。
先程先触れに使いが届いたから分かってはいたがありがとうと頭を撫でる。
「わかったわかった、ありがとう2人とも」
玄関に降りるとウォーカー侯爵令嬢の使いの女性が玄関で待っていた。
普通使いというと男性だ。女性では襲われたり何かあっては対処に困るし、なめられる事もあるからだが‥‥それだけ信用されているということか人手が足りないのか。
いやいくら実家を離れているといっても侯爵領内だし人が足りないということは無いだろう。ということは前者だろうか?彼女のあの嬉しそうな顔を思い出すと自分の考えはあながち間違いではないようにも思う。
「お待たせして申し訳ない」
「いいえ。お迎えに参りました、ライラ様の侍女をしておりますプルメリアと申します」
「侍女?」
侍女は身の回りの世話をするはずだが‥‥どうしてここにいるのか。
目の前に並ぶと決して低くない身長の俺と頭半分しか変わらない。女性にしてはかなり背が高いだろう。
「僭越ながら、わたくしから立候補してお迎えに参加させていただいております。ご安心ください、わたくしは御者ですので馬車にて2人きりになることもございません」
「御者?あ、貴方が?」
「ライラ様の侍女たるもの御者くらいできて当然です。ライラ様も宝物たるアルバート様をお運びするのもまた当然です」
「はあ‥‥」
この侍女はちょっと変だ。少なくともラッセル家ではありえないし、聞いたことがない。
‥‥多分、身分の高い家でも侍女が率先して御者をすることは無いと思う。
そして頼むから妹達よ目をきらきらさせるんじゃない。うちの侍女達にそれは酷だ。
目をキラキラさせた妹達をみたウォーカー侯爵令嬢の侍女は小さく微笑みウインクする
「ダリア様とデイジー様ですね、ライラ様から伝言をお預かりしております」
きゃあ!と2人は俺の横に並ぶ。侍女はしゃがみ目線を合わせた。
「おふたりが貴族院に入学する前にラッセル子爵夫人に完璧なカーテシーだと認められたら是非、我が家でお茶会を致しましょう、と」
「ライラ様とお茶会!」
「絶対に認められるようになります!」
侍女は今出来る精一杯のカーテシーをする双子を見つめ満足そうに頷き丁寧なカーテシーで返すとでは参りましょう、とその場を後にした。
馬車は王都の真ん中を突き進むのではなく大きく迂回するように走った。
真ん中を突き進むより時間は倍かかるが今の俺にはちょうど良いように思う。
我が家にある馬車より乗り心地もよいしクッションもふかふかしている。うっかり寝そうだ。
男女2人でのお茶会というのは本来はとても仲が深い関係のものが行う事だ。恋人や夫婦、長く友人関係の場合もこっそりだが、ある。だがあくまでこっそりだ。
しばし思考を手放していた頃、馬車が止まった。ローウェルにある屋敷に到着したのだ。
玄関先にウォーカー侯爵令嬢が立って待っていた。前回お会いした時より落ち着いたくすんだ桃色のワンピース姿はそれでも上品で美しかった。
「ライラお嬢様、はしたないですよ」
「あらごめんなさい。待ち遠しくて‥‥」
「他のものはどうしたのです」
「うふふふ‥‥お呼びだてして申し訳ありませんでした、アルバート様」
彼女は笑って誤魔化して俺を見やる。ハーフアップにした髪型はシンプルなのにどうしてこうも華やかに見えるのだろう。緩やかなウェーブもなければ派手な髪色でもない。
正面に向いているから髪飾りが見える訳でもないのだが‥‥
「アルバート様‥‥?」
「あ、髪がツヤツヤしているのか‥‥」
考えていたことが口に出てハッと口を押さえるも顔を見上げたウォーカー侯爵令嬢の頬がぶわっと赤くなる。
それにほんの少しだけ嬉しくなった。彼女は本当に俺のことが好きなんだな
「も、申し訳ない、飾りたてている訳でもないのに何故こんなにも華やかに見えるのかと‥‥」
「い、いえ‥‥ありがとうございます、多分なのですが今開発中の髪の香油によるものかと‥‥」
「そ、そうなのですか、サラサラだから気づかなかったです‥‥」
「は、はい、香油とは申しましたが、直接塗る訳ではなく洗い流すようなものを開発中で‥‥わたくし毛が細いので香油を塗るとギトギトしてしまって‥‥」
「ああ、ウォーカー侯爵令嬢の御髪は絹糸のように美しいですからね‥‥少し前に仕事で王都にある絹糸の工場を見たことがあります。細く並んだ糸は貴方の髪の様に美しく流れていました」
ウォーカー侯爵令嬢が震えた。顔を覗くと瞳を大きく見開き涙を浮かべている‥‥しまった、失礼だったか!?
どうしようかとオロオロしていると大きくため息をついたプルメリアが口を挟んだ。
「ライラお嬢様、お茶会の席へご案内しても宜しいでしょうか」
「は、はい!すみませんでしたわアルバート様、今日は天気もいいのでお外でお茶会にしてみました」
プルメリアを先頭に玄関を入らず庭に回ると広い庭園が広がった。
「これは‥‥美しいですね」
「ありがとうございます。前当主のエイベル叔父様は花をとても愛しておりましたの。わたくしはそのまま維持しているだけなのです‥‥エイベル叔父様が喜びますわ」
たしかウォーカー侯爵令嬢は急去なされた叔父上の代わりにこの土地を治めたと聞いている。
「この屋敷が母屋で、あちらの隣りに見える屋敷が離れの別宅になります」
うちの屋敷と大差ない屋敷の横、二回りほど小さくした屋敷が見えた。こんな立派な建物が離れなのか?王都にあるメアリの住んでいる屋敷よりも広いだろうと思う。
勧められ席に座ると侍女がお茶を淹れた。カップに注がれるところで既に香りが拡がる。とてもいい匂いだ。
お茶を淹れると2人の会話が聞こえない程度の距離を置いたところに控えたのを確認したウォーカー侯爵令嬢は改めて顔を合わせると楽しそうに離れの話を始めた。
「料理人や庭師をうちから出す準備は出来ていますから、宜しければお申し付けください」
「そんな、そこまでは」
「侍女や執事や料理人は自分の慣れ親しんだものが良いと思いますが、掃除や手入れは新しく来たもの達には大変でしょうから‥‥その、こんな話は不躾かと思いますが‥‥多く雇い入れることは難しいかと‥‥」
そこで気づいた。そもそも屋敷にいる人間は雇っているのだと。
小さい頃から周りにいた人間は雇われていたことに今更気づいた。アーノルドや身近の世話をしてくれているもの達は代々仕えてくれている一族の為に屋敷に住み込み仕えてくれてはいるが勿論タダじゃない。
自分は男ということもあるし身の回りは自分で整えてきたがメアリはどうだろう?少なくとも愛人として囲われるのだ。もともと裕福でもないあの家から援助が来るとは思えない。
「‥‥アルバート様」
「す、すまない恩に着ます」
「アルバート様、わたくしはお金で貴方を買ったも同然です。だから貴方が‥‥お二方が不自由ない程度に周りを整えるのは当然です」
結局、自分達の身の回りの世話のもの以外はウォーカー侯爵令嬢のもとから出してもらうことになった。
「代わりにもっと自分に出来ることはないだろうか。これでは借りが増えるばかりだ」
「わたくしは恩を返しているに過ぎないのですが‥‥」
「それだ、ウォーカー侯爵令嬢が抱えているその恩とはなんです?俺には覚えがない」
少し冷えたお茶に口をつけると冷えてしまったのに香りと味が広がる。渋くなく、美味しい。昔から渋いお茶が苦手だったがこれならずっと飲んでいたいな。
「‥‥ライラとお呼び頂けたら、お話します」
顔を上げると不安そうな申し訳なさそうな顔で口元だけ微笑んだ器用な顔をしていた。彼女はとても表情豊かだ。人のことは言えないが。
だがどうせ見るならあの花の咲いたような頬を染めた顔がいい。
「教えてください、ライラ」
ああ、その笑顔だ。
貴族院の生徒は皆大きな休み以外は基本帰ってこない。ということは生徒は大きな休み以外はずっと一緒の敷地にいることになる。
「わたくしがよくお茶やお食事をご一緒していたのは双子殿下でした」
「え、双子殿下ですか」
「ええ‥‥その、我がウォーカー侯爵家は侯爵を名乗っているものの本来は公爵を頂いていた所を先々代が侯爵に降格して貰えるように頼んだようで、昔から王族からの覚えが良いのです」
「何故降格を?」
「‥‥多分、うちが大きくなり過ぎてしまったのだと思います。それこそ国を二分する程に。ウォーカー家は国の為、自分達の為、身分を下げ領地を返し王に尽くして来ました」
「ああ‥‥なるほど。それで殿下方の覚えも目覚しいと」
「はい、ひっそりと友好を結んでいたのですが、しかし困ったことに何故か昔からわたくしはお気に入りだったようで」
なるほど、だから話し合いに王族である殿下方がいてこんなに早い婚姻になったのか。
「まあ、周りの子供にはそんなこと分かりませんし侯爵令嬢が周りの上位の令嬢を差し置いて王族の方々と時折こそこそと仲良くしているのです。それはそれは目障りだったことでしょう」
殿下方には分からないように嫌がらせが始まったのはすぐだったそうだ。しかも小さな嫌がらせばかり。階段から突き飛ばされたり、教科書を隠されたり、お茶会に呼ばれるが無視されたり、席をあけて貰えなかったり。‥‥小さいか?
「‥‥陰険だな」
「ですが面白かったですよ?女性からされる嫌がらせはものが無くなることが多く、男性の嫌がらせは何かが増える嫌がらせが多いことが分かりまして」
「はあ‥‥侍女はお連れにならなかったんですか?貴族院に」
「ウォーカー侯爵家たるもの、そばに着くもののありがたみと感謝を忘れてはいけないと入学して3年は1人で過ごすのがしきたりなのです。なのでわたくしは食堂でよく食事をとっていたのですが噂がたってしまったのかわたくしの周りには人が寄らなくなってしまって‥‥周りの席まで独占してはご迷惑になってしまうからとサンドイッチを用意して頂いて中庭で食べるようになったのですが‥‥」
「中庭、ですか?でしたらお顔を拝見してるかも知れません。俺は6年間ずっと中庭で食べていましたから」
うちはもともとそんなに人を出せなかったので1人で貴族院に来ていた。5つ下の妹は何かあっては困ると1人従者を付けたが男兄弟はみな1人だ。
その為昼食は基本的に自主的に作るか学食か。自分はこっそり寮の台所を借りては昼食を作り中庭で食べていた。
しかし記憶がない。そんな目立つ存在がいただろうか。
「実は、数日1人で食べているところを殿下方が気づかれまして‥‥ご一緒するようになった日にそれを知らなかった公爵令嬢と取り巻きの皆さんが窓からその‥‥石をお投げになりまして」
「は?!石?」
「はい、拳大の‥‥木々に隠れていて、殿下方が見えなかったみたいで。その石が殿下方に命中することは無かったのですがなにせ王族に石を投げたので遠くにいた騎士の皆様が駆け付け大事になりまして」
「‥‥石‥‥ちょっとまってください、その話聞いたことが」
「‥‥はい。わたくしは石と騎士の皆様のゴタゴタに巻き込まれて至る所に怪我をおい危うく死にかけるところでした。その時わたくしを庇って石を受け騎士の皆様に踏まれた御方が貴方ですわ、アルバート様」
確かに聞いたことがある。王族に石を投げたのだと確か公爵家がひとつ没落し、いくつかの家が降格したり、消えたり、追放されたりと大事になった話だ。
そうだ。その話を聞いたのは実家のベッドの上だった。
実は自分にはその時の前後の記憶が無いのだ。目覚めた時は酷い怪我で熱にうなされ確か後から自分は階段から激しく転げ落ちたのだと聞いたのだが‥‥
その事をライラ嬢に伝えると、ひとつ頷き口を開いた。
「‥‥存じております。そうですか、あの事件ごとお忘れだったのですね。あの後アルバート様は医務室に運ばれご実家のラッセル領にお戻りになりました。その時に事件を起こした侯爵家や数人の家の爵位は降格したり剥奪したりして、わたくしと殿下方はとても叱られました。その時にわたくし達はことの大きさを知りました。確かに今までこっそり友人関係を結んでいましたがこんなことになるとは誰も思っておりませんでしたから‥‥」
それはそうだろう。口にすればある意味、みな自業自得だとは思う。だが家が没落するなんて普通は思わない。
「職を失くしたものにはひっそりと王族とウォーカー家で仕事を斡旋したりしました。プルメリアも公爵家にいた人間なのですよ。ここにいる使用人達は大半はあの事件の被害者なのです」
「なんだって?」
「エイベル叔父様は積極的に使用人を受け入れてくださいました。中には虐げられていた者もいたようで‥‥安堵の声を聞いたこともあります。勿論あの場にいた方々も‥‥ですからアルバート様のお姿をご存知のものもございます。きっとよく尽くしてくださいますわ。あなたはこの事件のヒーローですから」
「なぜ私が‥‥」
「あの時、騎士の皆様よりも早く駆けつけたアルバート様は木々で守られた王族の方々よりも直接石の当たるであろうわたくしを助けてくださったからですよ。記憶がなくともわたくしを助けてくださったのは殿下方も周りの生徒も生徒についた使用人の皆さんも見ています」
「それが正しいのであれば、俺は罰則を受けているはずです、王族よりもライラ嬢を選んだということは‥‥」
本来であればいくら木々に守られているからと言って王族を見捨て他の貴族を助けるのは褒められたことじゃない。
貴族に代わりはあれど王族に代わりはないからだ。
「殿下達は感謝してくださいましたよ、あの時石に気づいたあと彼らはわたくしを庇えませんでしたから」
「え?」
「それが王族であり彼らが受けていた教育だからです。王族は何を犠牲にしても生きねばならない。その血を絶やすことなく伝え生きねばならないのだから‥‥先代の王のお言葉だそうです」
ライラ嬢は小さく微笑み、ありがとう、と呟いた。
「あのあとアルバート様はしばらく目を覚まさなかったそうです。その間に貴族院や貴族達には緘口令が敷かれました。アルバート様を守るために」
「俺を‥‥?」
「殿下方もわたくしも感謝していましたが行為自体は褒められたことではありませんでした。急でしたしあまり目につかなかったことでアルバート様だと分かるものは少なかった。だから緘口令を敷きアルバート様を守ることにしました。わたくし達が出来る唯一のことだったから」
「‥‥ライラ嬢」
「その後からはひっそりアルバート様をお慕い申しておりました。あの時貴方に守っていただいたからわたくしは傷をおうこともなく生きています。恩を仇で返すのをお許しください」
そう言って静かに目を閉じたライラ嬢を見つめる。
ああ、そうか
無性に確かめたくなり席を立ち彼女の耳の辺りに顔を寄せた。
あの懐かしい花の香りを確かめたくて