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(アルバート視点)メアリーとウォーカー侯爵令嬢

 

「‥‥話の発端は、ウォーカー侯爵令嬢だそうだ」


 俺のせいで空気が重い王宮での話し合いの後の馬車の中。数刻で歳を重ねたように老けた1番上の兄上、アーロン兄上が口を開いた。

 アーロン兄上が第二夫人にと伯爵令嬢を押し付けられそうになっていたのは三ヶ月ほど前。第一夫人意外娶る気はないと丁寧にお断りをすると小さな嫌がらせから権力を大いに使った圧力までかけてきたのは二ヶ月前。

 ラッセル子爵夫人‥‥義理の姉であるアリシア姉上は第二夫人など気にしないと領地を荒らされる方が困るではないかと兄上を説得していたが兄上が聞き入れなかった。

 アリシア姉上はもとは子爵令嬢。第二夫人とはいえ伯爵令嬢であるバートン伯爵令嬢の介入は第一夫人どころか、このラッセル領にさえバートン伯爵令嬢を媒介に他所から介入されるも同じことだ。いい噂を聞かないバートン伯爵の介入はなんとしても阻止したかっただろう。


 まあ、兄上はアリシア姉上を愛しているので他に嫁はいらないというのが本音だろうけど。

 羨ましいことだ。こんなことなら直ぐにメアリーと婚約を結ぶんだった。


「ウォーカー侯爵令嬢がお前の婚姻を望んで説得の末、手を伸ばして頂けたようだ。挙句別宅に愛人を囲わせそれを良しとするだと‥‥?いくら礼を尽くしても尽くしきれないじゃないか」

「兄上‥‥」


 ギロリと睨みつける兄上の目は険しいが眉は苦しそうに歪んでいる。自分のせいでもあると苦しんでいるのだろう。

 だが恨みたくもなるのが人間だ。俺はウォーカー侯爵令嬢と面識はないし彼女さえ言い出さなければ俺はメアリーと婚姻を結び兄のように彼女だけを愛して大事にできた。

 ‥‥領地のことを考えれば、大変助かったが。


「‥‥宣言どおり俺はこれ以上ミラー男爵令嬢のことについて何も言わない。言える立場ではない。だが‥‥このままミラー男爵令嬢を囲むことになっても家からは一銭の融資もしない。お前が勝手に囲め」

「はい」


 俺は最後にこっそりかけられた彼女の言葉を思い出す。


『アルバート様、最後のお話は約束事ではございません。反故されたとしてもわたくしは誰にも言いません。だから安心してお婿に‥‥いえ、別宅へお引越しなさってくださいませ』


 白い肌に頬を染め月をミルクに溶かしたような不思議な優しい白い色をした瞳が困惑した顔の俺を映し出す。それがしっかり見えた。

 縁取るようにすみれのような淡い髪色の真っ直ぐな髪がサラリと揺れ微かに香る花の香り。なんだか懐かしい気がするこの花はなんの香りだろう。

 それまで外面だっただろう貴族令嬢によく見る胡散臭い笑顔を浮かべていたのに朝食を母屋で彼女と取るくらいなんでもないと分かると彼女はもとより大きい瞳を更に見開き潤ませながら喜びを噛み締めていたように思う。


 そんなに嬉しいことなのか俺ととる食事は。

 メアリーはあんな風に喜んでくれるだろうかと考えハッとする。いかん、なぜメアリーと比べるのか

 確かに俺が愛しているのはメアリーだ。しかし破格の領地への補助に見返りは俺の婚姻ひとつでいいという。

 ‥‥メアリーと別れよう。ああ仰られてはいたが侯爵家の皆様は内心腸煮え返る思いだっただろうし。


 王都の北側、ラッセルの領地に戻るとすぐ文をしたためる。メアリーに話し合いの顛末を告げお別れしようと思ったからだ。普段有給をとらないので数日纏めて取れていたし明日はしっかりメアリーとの最後の時間を取ろうと決めた。




「アルバート様!」


 王都の貴族の屋敷が集まる街の端の小さな屋敷の庭に案内されしばし待つと甘い明るい声が響いた。


「メアリー不安にさせてすまない」

「いいえっアルバート様は大丈夫でしたか?王宮でのお話し合いでしたのでしょう?」


 ふわふわした桃色の髪に髪よりも濃い桃色の瞳。飛び込んでくる身体は華奢でふんわり甘い香りがした。この人口的な香水の香りは多分桃だろう。

 ちらりと昨日の香りを思い出す。彼女の香りはこんなに強く香らなかったな‥‥ちょっと待て、俺は変態か


 自分の領地のことも王宮での話し合いのことも全て話してあるメアリーは自分の行く末がどうなるか不安だっただろうに1番に俺の心配をしてくれる。

 席に座わりお茶の用意をしてもらってから周りの人間を遠ざけ事の顛末を話す。

 そして別れを告げるとメアリーは目を瞬かせ首を傾げた。


「なぜ別れなければならないの?一緒にいていいと言われたのでしょう?アルバート様のお兄様も何も言わないのだし、私は共に居たいです」

「だ、だが俺は君を嫁に出来ないし、生活の保証だってない。君だって行き遅れと言われてしまうかもしれないし、領地を助けてもらった彼女にも示しがつかない‥‥」

「生活する場はあるのです、家のメイドや侍女を連れていくし、お茶会や夜会を禁止されてる訳でも無いもの、周りになんと言われてもアルバート様と離れる方が辛いです‥‥ウォーカー侯爵令嬢だってわたくし達を離れ離れにさせるのが心苦しいから許可をくださったのでしょう?」

「メアリー‥‥」

「それともアルバート様はもうメアリーのことがお嫌いですか‥‥?」


 大きな瞳に涙を浮かべ肩が震えるメアリーをそっと抱きしめる。


「まさか!俺は君を愛しているんだ‥‥すまないこんなことになって‥‥」

「いいえ、わたくしはアルバート様のお側にいられれば良いのです」


 涙を浮かべた瞳はころりと笑みに変わり背中に手を回される。

 メアリーが傍にいてくれる覚悟を決めたならばやはり共に連れていこう。

 彼女の味方は俺だけになってしまうかもしれないから。




 あの話し合いから5日もしないうちにバートン伯爵が失脚した。


 その報せと同じくらいに王族直々に知らせが届いた。婚姻の日時が一週間後に決まったらしい。

 衣装も王宮で用意するので気にするなという。


 本来なら侯爵令嬢の婚姻ならばお披露目会も兼ねた夜会が開かれる。その準備に早くてもひと月は掛かるはずでその夜会を済ませ王族の許可が出て初めて婚姻が成立して住まいを移す。

 そのため引っ越しも婚姻もまだまだ先だろうと思っていたのだが婚姻を結ぶその夜に夜会も済ませるというのだ。

 婚姻自体は王族の許可が頂ければいいだけなので大々的には公表されないものの前後することは割とある。


 しかし話し合いから二週間と経たないうちに婚姻だと‥‥?駆け落ちするとでも思われてるんだろうか‥‥騎士団の方にも話を通してあるらしく俺が仕事復帰するのは婚姻から一週間後でよいと書かれている。話が早いことだ。

 まあ元々身軽な身である。自身の引越しなら時間はかからないし、メアリーの引越しは俺に合わすこともない。


 寧ろ大変なのはウォーカー侯爵令嬢だろう。

 婚姻も夜会の準備も別宅の準備も全てローウェルの土地の仕事と同時進行だ。

 あの儚げな令嬢が倒れたりしていないだろうかと少し心配になった。



 メアリーに話をすると目を丸くながらも嬉しそうに笑った。


「ではもうすぐアルバート様との愛のお城にお引越しできますのね、嬉しい!」


 荷物をまとめたいからと早々に屋敷を追い出され自分も用意しようと実家へ戻ると末の妹達がきゃらきゃらと笑いながら寄ってきた


 うちは8人兄妹で上に男兄2人、5つ下の妹、7つ下の妹に10こ下の弟、14こ下の双子の妹がいる。

 父と母はとても仲が良い。早々に兄に爵位を譲り、現在は王都より少し離れた土地を治めていた。


 上の妹たちのお下がりを少しリメイクしたワンピースはレースが足されひらひらと舞うものの若草色と桃色だった明るい色は少し色褪せているように思う。

 俺がウォーカー侯爵令嬢と婚姻を結んだら仕事の方も色がつく。そうしたらもう少しいい服を買ってやれるだろうか。


「ダリア、デイジー」

「お兄様お帰りなさいませ、ライラ様からお手紙ですわ!」

「恋文ですか?わたくしも見たいです!」

「きゃあ!わたくしも!わたくしも見たいです!」

「お前ら気安く名前を呼んではいけないだろう。恋文なわけあるか、手紙は?」

「でもアルバートお兄様はライラ様と結婚なさるのでしょう?」

「ライラお義姉様とお呼びして良いのですよね?」

「はあ‥‥まず手紙をくれ‥‥」

「こちらに」


 女は3人よると(かしま)しいというが2人でも十分だと思う。入り口で待機してくれていた執事のアーノルドが手紙を寄越した。

 ダリアとデイジーは事情を知らない。メアリーを家に呼んだこともないからメアリーのことも知らないはずだ。

 2人はなんて書いてあるのか予想しあって遊んでいる。

 可愛いがちょっとうるさい。


 封を開けると挨拶と別宅の用意が出来たのでいつでもどうぞと書かれてあった。

 急な引っ越しになる為運べるものは運んだ方がいいと気を回してくれたようだ。


「‥‥有難いことだ」


 兄上に相談してお言葉に甘えることにした。

 婚姻の日に同じ馬車で帰る為別宅には必要なものを運んでおかなくてはならないからだ。


「ん?」


 手紙の下の方に顔を合わせたいのでお茶会を致しませんかと書かれていた。

 そうかこのままではウォーカー侯爵令嬢と顔を合わさず婚姻になる。夜会の話もあるしすぐ返事をすると次の日には正式に招待状が届いた。領地的には王都を挟んで向かい側だが王都を通ればその日のうちに手紙は届く。実はみな割とご近所みたいな物だ。



 俺たちは初めて2人だけで話す機会が出来た。



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