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あの日のおはなし

「キース達も仕事が進まなかっただろう、すまない」

「こんなに時間が経ってるとは思いませんでしたね…」


 居間の大時計の前で二人が時計を見ながら反省会を行っている後ろでプルメリアは内心おかしくてしょうがなかった。どうしてこの家の主であるこの二人が自分たちの事を一番に考えて猛省しているのか。


「大丈夫ですよ私はアルバート様の侍従が決まるまでお側に控えている算段ですし、プルメリアは本来お嬢様の侍女ですから屋敷の仕事が進まないことはありません」

「普段お仕事している際はお傍を離れることもございますが休日にお傍にあるのは当然のことですので」


 だから本来は気にするところではないのだと伝えているのだがどうもこの二人の着眼点はずれているらしい。でも…これからは…とどう時間のやり繰りをするのか話し始めてしまったところで隣に控えていたキースが手を打った。


「よろしいでしょうか、アルバート様の侍従なのですが外まで連れていきますか?王城までの行き来を馬車で行くのであれば外まで連れて行った方が便利だと思いますが」

「いや、基本的には馬に乗っていくつもりだ…けれどそうだな雨の日や怪我をして馬を操れないときは頼むかもしれない」

「かしこまりました。それでは普段は屋敷で待機させて有事に出すように致します」

「ああ、ありがとう」


 キースは胸ポケットからメモ帳を取り出すとささっとメモをしていく。キースのメモはとても素早く美しい。私も見習いたいものだ。

 今のやり取りを聞いていたライラお嬢様はそういえば、と首を傾げた。


「そういえば、候補はもう決まっているのでしょう?実はわたくし候補が誰なのか知らないのです」

「君が采配しているわけではないのか?」

「勿論大まかには決めましたがその後の絞り込みはキースに一任しているので…わたくしの独断と偏見よりも屋敷の人間とうまく連携がとれるお方でないと仕事に支障がでますから…まあ確実にわたくしが言えることは候補に挙がった時点でキースやプルメリアに色々しごかれているんだろうなあということくらいですわ」


 それにはちょっと語弊がある。今回はアルバート様の侍従の選定、教育であるからして自分はほぼ関与していない。というか自分も誰が候補に残っているのかおおよその検討しかついていないのだ。だが聞かれているわけではないのだから黙っておけばいいだろう。

 それよりもいつまでも二人をこんなところで立たせておくのもなと思いつつどう話を持って行こうか悩んでいると食堂を片付けていたベティが顔を覗かせた。


「ライラ様、アルバート様折角ですから腹ごなしに屋敷の周りを一周してきてはいかがでしょうか?中庭以外も様々なお花が咲いていらっしゃいますよ!」

「あらそうね、いかがですか?アルバート様」

「ああ、いいな身体を動かしたいと思っていたんだ」


 ベティは一礼して場を離れていった。できれば中庭の用意も手伝いたいところだ。ふとライラお嬢様と目が合う。生来顔の表情筋が死んでいると自分でも思っているのだがどうもお嬢様にだけは気づかれてしまうようですぐ先手を打たれてしまう。


「ではキース、プルメリアわたくし達は少し散歩してきますから後で中庭で会いましょうね」


 そらみたことか。このように言われてしまえば付いていくとは言いにくい。


「かしこまりました。お戻りになった頃には中庭も整っていることでしょう」

「ではそのように」


 玄関へ向かう二人を見送りキースと二人目くばせする。どちらともなくため息をついてしまった。


「今日もお嬢様にしてやられましたな」

「ごめんなさいキース。私が顔に出してしまったようです」

「なあに君の表情筋それに気付けるものはお嬢様くらいなのだからいいじゃないか。次こそは一日お仕え出来るようにしますぞ」

「はい。キース」


 そうしていままでの遅れを取り戻すように二人は玄関を離れる。キースは屋敷全体を、私は中庭の準備をしなくては。二人をアッと言わせるために。




 内心ベティが散歩してきてはどうかと言ってくれた時は幸福で倒れるかと思った。アルバート様も快く返答してくれて今日はなんといういい日!今夜は仕事が進みそうである。


「この屋敷は本当に様々な花が咲いているんだな」

「そうですね、ほとんど毎日おじさまがお世話なさっていたそうですよ」


 屋敷と塀の間の間隔は普通の屋敷より広くとられており様々な木々が植えられており、屋敷側には花壇がぐるりと作られていて区画ごとに様々な花が植えられている。全ての花が何かまではまだ覚えられていないけれど書類ばかりで疲れた時にはよく屋敷を一周するためきれいな花がたくさんあることだけは覚えている。


「今はどうしているんだ?」

「以前はおじさまがいたので庭師の方が一人で通いでいらしていたのですがおじさまがいなくなってからは一家総出で通ってきてくださっていますよ。住み込みで働きませんかと声をかけたのですが、下町の方が性に合っているからと断られてしまいました」

「そうか、でも毎日通ってくるのは大変じゃないのか?」


 ここは見晴らしのいい丘の上にあるせいで景色はいいが通ってくるのはちょっとつらそうではある。特に昔から働いている庭師のおじさまは確かに足腰ピンピンしているがもう60も超えるお年だったはず


「それなんですよ。なにかいい方法はないかな~と思ってはいるのですが…こっちの方はうちの屋敷しかないので乗合馬車も通りませんしねえ…」

「そうか馬車を出しても採算がとれないのか」

「たまに遅くなった時に出すくらいならまだしも毎日の行き来となるとちょっときついですね」


 馬一頭育てるのにかかるお金はそうポンと出せるものでもないのだ。長年頭を悩ませていることではあるがコレの解決策はみつからないのでとりあえずまた今度考え直そうと思う。せめてここら辺に定期的に何かを運ぶ仕事があればいいのだが…


「そうだ、聞いておきたいことがあったんだ。いいだろうか」


 改まった声になんでしょうかと首を傾げると、アルバートの穏やかだった顔は少し暗いものに見えた。


「…ここの者たちには自分の事を話してあることは聞いた。反対意見は出なかったと…これは本心だろうか…普通、他の女を連れてくる夫を妻の屋敷側の人間が快く招くか?いくら君が俺を好いていてくれるからと言って早々に離れで暮らすとわかっているのに嫌悪感の一つもないわけが…」

「そうですねえ…正直反対がなかったと言えばウソになりますね。皆が皆万歳三唱とはいきませんでした。けれどその反対の殆どがアルバート様、貴方の心配でしたよ」


 数秒置いた後出てきたのはなんとも間の抜けたは?の言葉だった。

 いやでも本当に屋敷の人間にこの話をしたときにでた意見はいいんじゃないですか派が3割、アルバート様が知らない女と結婚するくらいなら…!3割、本当にわたくしに脅されたのではと心配していたのが4割である。この屋敷の人間ひどいと思う。色々。


「アルバート様はエイベルおじさまが積極的に使用人を受け入れてくださったお話を覚えていますか?」

「ああ…ここの使用人達の大半はあの事件に対してのなんらかの被害者であると」

「ええ。実はエイベルおじさまが受け入れてくださった使用人たちは王宮や実家うちで斡旋できなかった者たちが多いのです。身分が低くて他家に行けなかった者やどこも断られてしまってあわや身売りされる寸前だった者もいます。実家は貴族でも先の事件のせいで行き場をなくした元生徒も含めて」

「元生徒までいるのか?!」

「ええ…例えば先ほどお会いしたベティですが…もとはわたくしのクラスメイトでベル男爵家の三女でした。当時は生徒側としてあの場で事件を目撃していますわ。彼女は当初、学園卒業後ちょっと厄介な子爵のじじいに嫁ぐ予定だったのですが孫娘があの事件に関与しておりましてそのまま暴落、縁談は消えましたがあまりいい待遇ではなかったので私がベティを…そのちょっと強引な手だったのですけれど…お迎えさせていただき今はここのメイドをしています」

「そうだったのか…」

「ちなみにアルバート様の大ファンですよ」

「ちょっと頭の整理をつけているところだから待ってくれ」


 アルバート様は額を押さえながら木につかまっていた。いいなあ、わたくしもあの木になりたい…


「…まあ、そんな感じののっぴきならない事情をもった人が多いっていうことはですね、あの事件を目の当たりにしている人間がここには比率的には割といまして…だからこそあの話は嘘偽りなくアルバート様が王族より一人の令嬢を助けたことを知っていますし、それも結構年数がたっているのでとがった考えの方々はとうに行方はしれませんし残った者たちはみな割と柔軟な考え方をする人ばかりなので最終的には当人達が幸せならいいじゃないと結果が出たらしくて…なのでわざわざ反対する者も特にいなくて、なんならアルバート様大好きと公言していたわたくしの方がさらってきたんじゃないかと思われているくらいで…いやあながち間違ってもないんですけど…ってあのアルバート様?聞いてますか?」


 だんだん下がっていく頭に恐る恐る手を伸ばしてみる。これは触ってみたら罰があたりそうだなと考えているとぽつぽつとアルバート様の声が聞こえた。ひどく頼りない声色をひとつも取り逃さないように自分もしゃがみこんだ。


「…あのあと俺が学園に戻ると学園の様子がどこかおかしかったんだ。親しかった友人は何人か既に学園を去った後で、何があったのか聞いても皆なにも教えてくれなかった。それどころかどこか距離を置かれて…愛想はいいんだ。会話もする。けれどやはりどこか遠くて…次第に俺はひとりで鍛錬に明け暮れることが増えた。まあおかげで王宮で働けるくらい強くなれたが…そうか。そういうことだったんだな」


 …ああそうか。あの日の一番の被害者はきっとアルバート様(このひと)だ。

 皆アルバート様に真実を告げないように口を閉ざしたのだ。彼が知ったらきっと気に病むから。ひとり自分を責めるから。けれどそれのせいでこの人はひとりになってしまった。


「…ごめんなさい、私たちのせいで」

「それは…」

「ごめんなさい…」


 ずっとアルバート様を見ていたつもりだった。けれど遠くからみるアルバート様と傍で見るアルバート様はまるで違う。いままでわたくしは何を見ていたんだろう。当時こっそり差し入れや手紙を送っていた自分が恥ずかしい。

 自分の恥ずかしさと愚かさと申し訳なさでいっぱいになる。けれどここで泣いていいのは自分ではない。自分が泣くのだけは間違っている。

 わかっているのに出てくる涙を止めたくてグッと目を見開いて唇を噛む。


 ごめんなさい。でもどうか当時のご友人たちを責めないでください。

 アルバート様を守りたかっただけなんです。

 お願いです。どうかどうかあの時の衝動を後悔しないで。あの日の貴方に救われた人がたくさんいるんです。


 伝えたいのに喉が痛むだけでなにひとつ声がでない。そのくせ一端に涙だけはぼたぼた落ちて。なんて情けないの。


「あの時は理由もわからずひとりくさったこともあったけれど…それが誰かを助けた結果なんだとしたら、それはとても誇らしく思う。あの日、友を恨んだことがなかったと言えば嘘になるけど…ライラ、君が気に病むことじゃないよ」


 これでもかと頭を横に振ると小さく笑われた気配がした。

 けれどこんな顔でアルバート様の方を見ることは出来ない。


「…それに完全に縁が切れたわけじゃないんだ。隊こそ違うが今も同じく王宮で騎士をしている友も多くいる」


 大きな手が頭を撫でた。あの時のように人を守る手だ。


「…後悔、していませんか」

「しない。今、それだけははっきり言える。後悔だけはしない。今の俺がここにいるのはあの日の俺がいたからだろう?…それよりもいつか酒を酌み交わしたいなと思うよ、あいつらと」

「…きっとすぐに叶いますわ」


 ぐずぐずの私が立ち直るのを待ってもらって貰いながら手を引いてもらって歩き出す。なんだか迷子の子供になった気分だったけれどスッキリした気がする。中庭に回る前に屋敷の中に入って洗面所に寄らせてもらった。いや本当に顔がぐっちゃぐちゃだ。こんな姿を見せてしまったのかと落ち込んでいると櫛を持ったベティとプルメリアが髪から顔から立て直してくれた。


「…ありがとう、二人とも」

「いいえ」

「私たちはライラ様に笑っていてほしいので!」


 二人がバシンッと背中を叩いてくれた。え?押してくれるくらいでいいのでは…


「いっ痛いのだけど…?!」

「これくらいなんです、しゃんとなさってください」

「そうですよ~?背筋伸ばしてくださらないと折角奇麗にしたのに意味ないです」

 気合を入れて背筋を伸ばしやっと二人から合格をもらって洗面所から戻ると居間の大時計の前で憑き物のとれたような晴れやかな顔のアルバート様がこちらをむいていた。


「…おまたせしました」

「いや?そんなに待ってないよ」

「アルバート様なんだか雰囲気が変わりましたか?」

「んー…うん、すっきりした、かな。ライラがたくさん泣いてくれたから」

「へ」

「自分じゃ泣き所がわからなかったんだ。昔から。けれどあそこでライラがぼたぼた泣くから。ああ、もういいんだなあって」


 先ほどとは違う髪のひと房を掬うようにして口元にもっていくアルバート様が顔を寄せる。


「もう、泣きたい場所を探さなくてもいいんだと思ったんだよ。きっともうずっと俺は泣く場所を探してたんだ」

「…それは」


 それはあの方の場所ではないのかと、問うことは出来なかった。


「…好きな人の前では恰好つけたいものだろう?」

「…そうですね」


 そう言われてしまうと、心臓を握りつぶされそうになるけれど。

 コレを望んだのは自分だ。私は恰好つけられたいわけじゃない。ただ、この人を愛したいだけなのだから。


「私はやっぱり幸せ者ですね」

「ん?」

「いいえ、中庭に行きましょう、キースが待っていますから」


 例えばあの時、アルバート様の記憶があったままだったなら。

 箝口令も引かれず、私に声をかける勇気があったなら。

 もっと別の出会い方が出来ていただろうか。

 そんなもしもを考えるのはもうやめようとそう思った。


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